解説者のプロフィール

大川孝浩(おおかわ・たかひろ)
1986年久留米大学医学部医学科卒業。1990年久留米大学大学院医学研究科修了。済生会二日市市病院整形外科部長、米国ベーラー医科大学への研究留学を経て、久留米大学医療センター整形外科・関節外科センター教授。2019年より同医療センター病院長。日本整形外科学会専門医・スポーツ認定医・リウマチ医。主な著書に『変形性股関節症は自分の骨で治そう』(共著、メディカ出版)などがある。
▼久留米大学医療センター(公式サイト)
[▼専門分野と研究論文](CiNii)
軟骨の再生をレントゲンで確認
足を小刻みに揺らす「ジグリング」は、久留米大学名誉教授の故・井上明生先生が提唱された変形性股関節症の保存療法です。
の動きが、いわゆる「貧乏ゆすり」に似ているため、「貧乏ゆすり健康法」といった俗称で、一般の方には呼ばれることもあります。
井上先生がジグリングを最初に始められたのは、2002年の8月のこと。どうしても「人工関節の手術は受けたくない」という患者さんの希望で、関節温存手術の一つであるキアリ手術を行いましたが、手術後も関節の隙間がどうしても開きません。
そのとき、井上先生が「関節に負担をかけない、持続的な摩擦運動ができれば、軟骨は再生できるのではないか」と思いつきました。
ヒントになったのは、カナダの整形外科医・ソルター博士の研究です。
「呼吸のために24時間休むことなく働き続ける肋椎関節と胸肋関節(胸郭を構成する関節)には、生涯、関節症が起こらない」ことから、ソルター博士は、関節を外部から自動的に小刻みに動かすことで軟骨が再生するのではないかと考えました。そして、CPMという医療機器を用いて、ウサギのひざの関節軟骨が再生することを証明しています。
しかし、CPMは大型で高額な医療機器で、自宅で続けるのは困難です。もっと手軽にできる方法として考案されたのが、ジグリングだったのです。
井上先生も患者さんも最初は半信半疑だったとは思いますが、根気よくジグリングを続けたところ、なかなか開かなかった関節の隙間が少しずつ開いていき、1年もたつと見事に関節軟骨が再生しました。

内科的合併症が重篤で、人工関節の手術ができず、ジグリングを指導した71歳女性。2年後に関節の隙間(軟骨の再生)を確認。
それまで股関節軟骨の再生をレントゲン写真で示した例はなく、世界初の症例でした。当時、井上先生の下で数多くの手術を手がけていた私も、この結果には非常に驚かされました。
しかも、その後、ジグリングで変形性股関節症の痛みの軽減、軟骨の再生、関節裂隙(股関節間の隙間)の拡大など、改善例が多数出てきたのです。
関節軟骨には、血管やリンパ管(体内の老廃物や毒素、余分な水分を運び出す体液が流れる管)がありません。そのため、関節内にある関節液が、運動によって循環することで、栄養が補給されています。
そのため、関節が動きにくくなり、その運動が減ってしまうと、関節軟骨に栄養が届きにくくなり、栄養不足から関節症が進むと考えられます。
ジグリングのように関節に負担をかけずにできる持続的な摩擦運動は、関節液の分泌を促して関節軟骨に栄養を補給し、状態をよくするのではないか、と推定できます。
私たちは現在、全国の9施設と共同で、ジグリングの研究と、その正しい評価を進めています。疼痛に大きな改善が認められる一方、寛骨臼が浅い場合は効果が出にくいなど、不適なケースも明らかになってきました。
変形性股関節症の治療は症状や患者さんの年齢などを多角的に判断し、専門医と相談しながら、最適な方法を選択するのが基本です。ジグリングはあくまでも、その中の選択肢の一つと考えてください。
ジグリングをする上でのポイントの一つは、股関節のリラックスです。いすなどに座った状態でジグリングを行えば、股関節に負荷がかからず、リラックスした状態で行うことができます。
やり方は、まさに貧乏ゆすりの動作そのもの。症状がある方の足で行います。足の裏が床につく高さのいすに腰かけ、つま先は床から離さないようにかかとを小刻みに上下させることをくり返します。スピードは、無理のない、疲れない範囲で行います。
時間の目安は、1日合計で2時間以上、毎日続けることが大事です。2時間続けてではなく、細切れで何度もこまめに行う方が効果的です。患者さんには「癖になるくらいまで続けてください」とお伝えしていますが、痛みが出たら、すぐにやめてください。
ジグリングそのものは簡単な動作ですが、電動式の「自動ジグリング器」を使えば、足を乗せておくだけなので、もっとらくにできます。
まずは、専門医でしっかりとした診断を受けてから、ジグリングをするようにしてください。
ジグリング(貧乏ゆすり様運動)のやり方
●症状のある側のみに行うのが基本。予防のために両方の足に行ってもよい。
●1日に合計で2時間以上行うのが目安。一度にまとめて行うよりも、何度かに分けて、こまめに行うほうが効果的。
●毎日続けることが重要。「貧乏ゆすりが癖になる」くらいまで取り組むのが、効果を出すカギ。
●人工股関節の人は行わない。
●股関節に痛みが出たり、痛みが悪化したりした場合は、すぐに中止する。
●専門医でしっかりした診断を受けてから実践する。


ひざの角度は90度以内。ひざよりもかかとが前に出ると、股関節に力が入ってしまうのでNG。
❶足の裏がきちんと床につく高さのいすにひざを直角に曲げて座り、手で座面をつかむ。
❷股関節が痛む側の足のつま先を床につけたまま、股関節が小刻みに動くイメージで、かかとを小刻みに上下させる。かかとは2cm程度上がっていればOK。
※リラックスして行う。股関節周辺に力が入ると、股関節に負担がかかる

自力で継続しにくい人は……
自動ジグリング器を使うと便利

この記事は『安心』2021年10月号に掲載されています。
www.makino-g.jp