解説者のプロフィール

高平尚伸(たかひら・なおのぶ)
1989年、北里大学医学部卒業。2007年、北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻教授および北里大学大学院医療系研究科整形外科学教授。20年、北里大学大学院医療系研究科長。医学博士。日本股関節学会理事、日本人工関節学会評議員。北里大学病院整形外科では、さまざまな股関節手術・リハビリテーション、スポーツ医学、ロコモティブシンドローム、姿勢など、多くの分野の治療に従事。著書も多数。
▼北里大学病院整形外科(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
[別記事:変形性股関節症とは?中高年の女性に多い進行性の病気→]
正座やあぐらを避けて座面が高いいすを使う
立ち上がったときや歩き始めに、足の付け根で「コリッ」「パキッ」といった音がしたり、鈍い痛みが生じたりする。長く歩いた後に、足の付け根やお尻、太もも、ひざなどに重だるさや張りを感じる。
けれども、歩いたり動いたりしているうちに気にならなくなるので、そのままにしてしまっていないでしょうか。実は、これは変形性股関節症の特徴的な初期症状です。
これを放置して、変形が進行すると、歩行時や動作時に股関節の痛みが強くなるだけでなく、持続痛(常に痛む)や夜間痛(安静に寝ていても痛む)になってきます。
痛みのために、立ち仕事や台所仕事が困難となります。足が上がりにくいので、階段や車・バスの乗り降りが手すりなしではできなくなり、つえや車いすの補助が必要になります。
そして、日常生活においては、股関節の動く範囲が制限されるため、足の爪切り、靴下を履く動作、和式のトイレ使用などが難しくなります。
このように、変形性股関節症が進行すると、著しく生活の質(QOL)の低下が起こるのです。
変形性股関節症の治療には、大きく分けて保存療法と手術療法があります。手術は最低でも1週間~6週間の入院と、長期のリハビリが必要なため、まずは生活習慣の改善や運動、薬などの保存療法から始める患者さんがほとんどです。
①日々の生活の中での股関節への負担をかける動作を減らす。
②炎症や痛みを抑えながら、できる範囲で運動を行い、股関節を支える筋肉をつけたり、軟骨の潤滑剤である滑液の分泌を促す。
この2点が保存療法の基本的なコンセプトです。
①について、肥満や、重い荷物を持つような荷重は、股関節への直接的な負荷になります。適正体重を維持しましょう。歩くときにはつえをつくと、股関節にかかる負担が緩和されます。足の長さに差がある場合は、靴のインソール(中敷き)で調整しましょう。
荷物は最小限にし、片側にばかり負荷がかからないよう、リュックサックのようにバランスよく荷重が分散できるカバンがお勧めです。
また、深く腰を落として座った状態から立ち上がろうとするとき、股関節に大きな負荷が掛かります。正座やあぐらなど、床に座る姿勢はできるだけ避けましょう。風呂いすやソファーも座面が高いものを使うほうが、股関節がらくです。
股関節を守るための生活の工夫

荷物は最小限にして、リュックサックのように荷重がバランスよく分散するカバンがお勧め。

深く腰を落とした姿勢から立ち上がるとき、股関節に大きな負荷がかかるので、床に座る姿勢はできるだけ避ける。風呂いすやソファーも座面が高く、沈み込まないものを選ぶとよい。
運動は無理のない範囲でこまめに行うのが大事
②の運動療法では、股関節に負荷をかけずに、痛みのない範囲で、できるだけこまめに動かすことが重要です。
股関節に痛みがあると、動かすのがつらいため、どうしても筋力が衰えやすくなります。しかも、筋肉は使われないと拘縮(縮んで硬くなること)するので、余計に股関節の隙間を狭くして痛みや骨の変形を進めてしまうからです。
お勧めは、痛む側の足を前後左右、8の字に、力を入れずにブラブラと揺らす動的ストレッチです。筋肉が温まり、やわらかくほぐれて、滑液が分泌されて、自然に可動域が広がります。ただし、無理に可動域を広げようとするのは禁物です。
股関節の外転に働く中殿筋(お尻の横に膨らむ筋肉)、内転に働く内転筋(太ももの内側にある筋肉)、太ももを持ち上げるときに働く腸腰筋(背骨と大腿骨をつなぐ筋肉)などをバランスよく刺激できます。
動的ストレッチ
いすの背などで支えながら痛みのある側の足を軽く浮かせ、力を入れずに前後・左右・8の字にブラブラと揺らす。1回1~2分、1日数回に分けて行うとよい。

立っているだけでも痛む人は、座って行えるジグリング(貧乏ゆすり様運動)を行いましょう。浮力を利用できる水中ウォーキングもお勧めです。
生活の工夫や運動療法、鎮痛剤などでも改善しないけれども、どうしても手術に抵抗がある場合、関節の潤滑剤として働くヒアルロン酸とジクロフェナクという消炎鎮痛薬を混ぜた薬剤や、ステロイドを股関節内に注射する方法もあります。

この記事は『安心』2021年10月号に掲載されています。
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