股関節痛の原因疾患の大半を占めるのが、「寛骨臼形成不全」による「変形性股関節症」ですが、最近、原因として注目されている症状が、「関節唇損傷」です。通常のエックス線ではなく、CTやMRIで精査する必要があるため、一般の整形外科では異常なしと診断されてしまうケースがあります。【解説】高平尚伸(北里大学大学院医療系研究科長)

解説者のプロフィール

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高平尚伸(たかひら・なおのぶ)

1989年、北里大学医学部卒業。2007年、北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻教授および北里大学大学院医療系研究科整形外科学教授。20年、北里大学大学院医療系研究科長。医学博士。日本股関節学会理事、日本人工関節学会評議員。北里大学病院整形外科では、さまざまな股関節手術・リハビリテーション、スポーツ医学、ロコモティブシンドローム、姿勢など、多くの分野の治療に従事。著書も多数。
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▼専門分野と研究論文(CiNii)

女性を中心に300万~500万人の患者がいる

股関節は、腰と両足を繋ぐ大きな関節で、非常に重要な役割を担っています。

例えば、体重50kgの人が、片足立ちをした場合、股関節には150kg近い負荷がかかります。歩行時には約240kg、走ったときには260~350kgにも達します。

ひざ関節や足関節(足首)も体重を支えてはいますが、そうした負荷を主に受け止めているのが股関節なのです。

こうした大きな負荷を支えられるように、股関節はいくつもの筋肉や靭帯などで全体を覆われていて、安定性を保ちながら動かせるようになっています。

また、股関節は大きく屈曲させたり、足を前後・左右に動かしたり、外側や内側にひねったり(外旋・内旋)など、多様な動作が可能な、可動域の大きな関節でもあります。

このような複雑な動きができるのは、股関節の独特な形状によるものです。

画像: 股関節の構造

股関節の構造

股関節の骨盤側にはおわん型のくぼみ(寛骨臼)があり、そのくぼみに、直径4~5cm程度のピンポン玉のような形状の大腿骨の先端部(大腿骨頭)が収まる形で繋がっています。

正常な股関節では、寛骨臼が大腿骨頭の約8割をしっかりと包み込むことで、関節を安定させています。

寛骨臼と大腿骨頭のどちらの表面も、弾力のある関節軟骨で覆われていて、骨同士が直接ぶつからないようにクッションの役割を果たしています。

また、関節を包む滑膜からは滑液が分泌され、潤滑油となって関節がスムーズに動けるようになっています。

しかしながら、可動域が大きく負担がかかりやすい部位だけに、関節がしっかりかみ合っていなかったり、引っかかったりぶつかったりする部分があると、次第に軟骨が削れ、すり減っていきます。

軟骨自体には痛覚はありませんが、すり減った軟骨のかけらが関節内部を傷つけて炎症を起こして、痛みなどの違和感や動かしにくさが生じます

さらに悪化すると、軟骨がすり減っていき、エックス線(レントゲン)では、寛骨臼と大腿骨頭の間にあった隙間(関節裂隙)が狭まっていくのが確認できます。

さらに、骨同士が直接ぶつかるようになると、骨自体にとげのような変形(骨棘)ができるなどの変形が起こり、最終的には関節の隙間が完全になくなって関節の役目を果たせなくなります。

これが変形性股関節症です。股関節痛の原因疾患の大半を占め、日本には300~500万人の患者さんがいると推定されており、その多くが中高年の女性です。

加齢や運動不足でも軟骨がすり減っていく

変形性股関節症の原因のおよそ80%が、「寛骨臼形成不全」によるものです。

寛骨臼(臼蓋とも呼ぶ)とは、大腿骨が骨盤にはまり込む部分で、この骨盤のくぼみがしっかりと深く発達せず、浅い状態であることを指します。以前は「臼蓋形成不全」と呼ばれていました。

寛骨臼形成不全だと、大腿骨頭がきっちりはまり込むことができないため、不安定になりがちで、部分的に軟骨に負担がかかりやすかったり、ずれて亜脱臼(関節から外れきってはいないが、本来の位置からずれた状態)を起こしやすかったりします。

寛骨臼形成不全は多くの場合、遺伝的な要因や胎児期の姿勢、出生後の生活習慣(おむつの当て方や抱き方)などが原因として生じます。

寛骨臼形成不全でも、乳児期や幼児期には大きな症状が出ることが少ないため、成人になるまでには、自分が寛骨臼形成不全であることに気付いていない人も多くいます。

しかし、成人以降、長時間の立ち仕事や重たい荷物を運ぶなど、股関節に負担がかかったときに股関節に痛みや動かしにくさを感じる人が出てきます。

寛骨臼の形状が正常な人と比べて、大腿骨頭と寛骨臼がこすれ合うリスクが高いため、変形性股関節症に進みやすいのです。

変形性股関節症が女性に多い理由として、女性はもともと骨盤のつくりが華奢なうえ、妊娠・出産を経験すると、股関節への負荷がどうしても大きくなりがちであることが考えられます。

寛骨臼形成不全で軟骨の一部に大きな負担がかかりやすい状態で、妊娠期に体重が大幅に増えたり、子育てで子どもを抱っこする生活が続いたりといった負荷が積み重なっていくことで、40~50代くらいから、痛みをともなう変形性股関節症を発症するケースが非常に多いのです。

一方、男性が変形性股関節症を発症しにくいのは、骨盤の形状がしっかりできており、もともと寛骨臼形成不全を起こしにくいからです。

男性の場合、変形性股関節症を発症するのは、幼少期の大腿骨すべり症(股関節の近くの骨端線がずれるため、痛みや関節の動きの異常、歩行の障害が現れる病気)や、骨頭壊死(大腿骨頭の一部の骨組織が、血流の低下で死んだ状態)を経験している人、交通事故やスポーツによる外傷のある人が多くなっています。

また、変形性股関節症の発症には、加齢も関係するといわれています。実際、高齢者の約5%は、股関節の痛みや動かしにくさに悩んでいるとされています。これは、加齢や運動不足により、骨盤周囲の筋肉が衰えて、関節を支えきれなくなることで、軟骨がすり減っていくからです。

また、動かさないことで滑液の分泌が少なくなるために、軟骨に充分な栄養が届けられなくなり、軟骨がもろくなることも関係すると考えられます。

画像: 軟骨がすり減って股関節の隙間が狭くなり、骨どうしがこすれ合うと骨の変形につながる。

軟骨がすり減って股関節の隙間が狭くなり、骨どうしがこすれ合うと骨の変形につながる。

関節の変形が進んでいなくても痛む場合がある

また、特に関節の変形は見られないけれども、股関節に痛みが出る症状について、簡単に説明しましょう。

最近、股関節痛の原因として注目されている症状が、「関節唇損傷」です。

股関節の骨盤側の寛骨臼の縁の部分には、関節唇と呼ばれる柔らかい線維性軟骨組織があります。リング状のゴムパッキンのように大腿骨頭を包み込んで、衝撃を吸収し、関節を安定させています。

大腿骨や寛骨臼に異常があると、股関節を大きく動かすときに、この関節唇が骨の間に挟みこまれて傷がつきます。関節唇の一部には神経が通っているため、損傷によって痛みが出るのです。

関節唇の損傷から軟骨にダメージが広がって変形性股関節症に進行することもあり、変形性股関節症の初期段階と見ることもできます。

関節唇は軟骨なので、通常のエックス線ではなく、関節唇が造影されるCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(核磁気共鳴画像法)で精査する必要があるため、一般の整形外科では異常なしと診断されてしまうケースがあります

勘違いされやすいのですが、関節の変形が進んでいないからといって、痛みや生活への支障が少ないとは限りません。にも関わらず、通常のエックス線で見つかるような変形がないから、精神的な問題から起こっている痛み(心因性疼痛)だと誤診された患者さんもいました。

現在、関節唇損傷は、関節鏡視下手術で適切に治療ができるようになってきています。

グロインペイン症候群」(そけい部痛症候群)も、股関節を含めたそけい部周辺に、明らかな器質的な原因が見つからないにも関わらず、痛みやしびれ、動かしにくさが起こる病態の一つです。

サッカー選手に多いことで知られ、ランニングや起き上がる、ボールを蹴るなどの動作の際に、腹部に力を入れたときに痛みが出ます。悪化すれば、歩いたりくしゃみをするだけでも痛みが出るようになります。

画像: サッカー選手に多く見られるグロインペイン症候群

サッカー選手に多く見られるグロインペイン症候群

激しいスポーツなどで酷使するために、股関節周辺の筋肉や腱、関節の柔軟性が低下するなど、複合的な要因で起こると考えられています。
 
下半身の動きの要である股関節の不調が進行してしまうと、日常的に体を動かすことが困難になって人生そのものを楽しめなくなる上、各臓器に悪影響を及ぼしたり、寝たきりや要介護になったりするリスクが跳ね上がります。

特に変形性股関節症は進行性のため、できるだけ早い段階から関節を守る対策を取ることが重要です。股関節に痛みや違和感を覚えたら、早めに専門医を受診してください。 

画像: この記事は『安心』2021年10月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年10月号に掲載されています。

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