解説者のプロフィール

野ツ俣和夫(のつまた・かずお)
福井県済生会病院副院長・肝疾患センター長。1982年、医師免許取得。肝疾患診療連携拠点病院である福井県済生会病院の副院長、肝疾患センター長を務める。専門分野は肝臓病、消化器内科、消化器内視鏡、総合内科。日本内科学会認定総合内科専門医、日本消化器病学会認定消化器病専門医、日本肝臓学会認定肝臓専門医、日本消化器内視鏡学会認定消化器内視鏡専門医・指導医、福井県肝炎医療コーディネーター。
肝静脈の周囲が最もダメージを受けやすい
肝臓は、約2500億個の肝細胞で構成される、人体で最大の臓器です。
その働きは、大きく分けると、
❶吸収した栄養素を体が必要とする形に変える「代謝」
❷人体に不要な物や有害な物を分解して排出する「解毒」
❸食物の消化吸収を助ける胆汁をつくる「胆汁合成」
の三つです。
さらに肝臓は、細菌やウイルスなどの有害物質から自分を守る免疫も有しています。肝臓には、全身の臓器から血液が集まってきます。類洞(るいどう)という肝臓内の毛細血管には、肝臓への血液に混ざって流れ込んでくる有害物質や、細菌を処理する細胞が存在するのです。
このように、肝臓は生命維持に欠かせない多くの働きをしていますが、夏の暑さは肝臓にとって大敵です。
以前に私は、マラソン大会中に熱中症で倒れ、意識障害になり救急搬送された人を一度に6人くらい診療したことがあります。その大会は9~10月ごろに行われましたが、当日は非常に高温多湿で、レース中に熱中症で倒れる人が続出したのです。
熱中症で倒れた当日、患者さんたちの肝機能の検査値は全員、正常値でした。ところが、2~3日後に中等度の肝障害が出現したのです。
肝機能を示すAST(GOT、40U/L以下が正常値)の数値が、数百~千を超えるほどに急上昇したので、肝生検(肝臓の組織を採取して顕微鏡で調べる検査)を行いました。すると、肝静脈周囲に広範な壊死が確認されました。
一歩間違えば、重症肝障害から死に至る可能性もあり、たいへん危険な状態でした。
こうしたことから、肝臓へのダメージは検査値にはすぐに現れず、数日後に遅れて出ることがわかります。
なぜ、熱中症が肝障害を引き起こすのか。その理由は二つ考えられます。
まず、熱そのものによるダメージです。肝臓を含む臓器は、高温にさらされると、熱を放散するなどして自身を守ります。しかし、あまりに高い熱が続くと対処しきれず、組織が破壊され、臓器障害が引き起こされるのです。
また、熱中症になると、虚血といい、臓器への血流量が少なくなります。これは、体の熱を冷ますために骨格筋など末梢部位に血液が流れ込むことで、臓器への血流量が減るのです。
こうした熱ストレスと血流悪化の問題が相まって、肝臓を含む内臓の細胞が、熱中症で壊れるわけです。
肝臓には、腸や脾臓から血液が送り込まれる門脈、腹大動脈から分岐した肝動脈、下大静脈へつながる肝静脈という大きな血管があります。栄養素が門脈から、酸素が肝動脈から血液とともに運ばれて、それぞれが肝細胞に行き渡ります。そして最後に、肝静脈から心臓へ血液が送り出されるのです。

肝臓と門脈、肝動脈、肝静脈
肝臓のなかでも、最もダメージを受けやすいのは、血液の供給が最も遅くなる肝静脈の手前です。実際、肝生検で確認しても、この辺りが壊れていることが多いものです。
肝障害が起こると、体のだるさ、疲労感、食欲不振、吐き気、頭痛、発熱などの症状が現れます。熱中症などはこうした症状から始まるケースが多いのですが、これは重症のほんとうに一歩手前の状態です。
さらに深刻化すると、前述のマラソン大会の患者さんたちのように、意識障害が起こり、最悪、死に至ることもあります。
肝臓は非常に再生能力が高い組織で、通常はある程度障害を受けても、しばらくすれば元に戻ります。しかし、あまりにもダメージが大きいと、回復にも時間がかかります。ふだんから、肝臓をいたわる生活を心がけていただきたいと思います。
筋トレが熱中症の予防や肝臓の負担軽減に役立つ
夏の肝臓ケアで、まず気をつけたいのが、高温を避けること。ウォーキングやランニングなど屋外での運動を日課にしている人は、暑い日中を避け、早朝や夕方以降に行うようにしてください。室内も高温多湿になるので、冷房を適切に活用することが必要です。
水分補給もたいせつです。暑いと、体は汗をかいて体温を下げようとします。ところが、発汗が続くと、体はそれ以上水分を失わないようにするため、発汗にストップをかけます。すると、体温が下げられなくなるので、体温が上昇し、熱中症の引き金になります。
水分補給のコツは、のどの渇きを感じる前に、こまめに水分をとること。現在のコロナ禍ではマスクを着用する機会が多いものですが、マスクを着けているとのどの渇きを感じにくく、水分補給が遅れがちになるので、注意してください。
そして、筋肉をつけることも、熱中症、ひいては脱水症状にならないためには重要です。
筋肉は、水分を蓄える性質があります。筋肉があまりない人ほど、体が保持する水分量が少なく、脱水症状になりやすいといえるでしょう。
実際、前述のマラソン大会で倒れた患者さんは、マラソンのためにふだんからしっかりとトレーニングしているような人たちではありませんでした。本来マラソンは、体力や水分の消耗が激しい種目。加えて、高温多湿という厳しい環境下では、なおさら筋肉量が必要です。
また、筋肉を増やすことで、肝臓にかかる負担を軽減する効果も期待できます。筋肉は「第2の肝臓」とも呼ばれ、肝臓の一部の機能を代替しています。
こうした観点から、肝臓のケアには、スクワットなど筋肉に負荷をかけるレジスタンス運動(筋トレ)が有意義です。
また、有酸素運動も併せて行うことが大事です。
肝細胞の50%以上に脂肪がたまった状態を、脂肪肝といいます。脂肪肝の人は非常に多く、日本人の20~30%が脂肪肝といわれています。
これまで脂肪肝は軽い病気と考えられていましたが、近年、脂肪肝が肝硬変や肝臓がんへと進行する可能性があり、生活習慣病のリスクも高めることがわかってきました。
ウォーキングなどの有酸素運動は、肝臓に蓄積した脂肪の燃焼を促します。それが、脂肪肝の予防や改善に役立つのです。

有酸素運動だけでなく筋トレも重要!
抗酸化作用がある緑黄色野菜もおすすめ
食事は、バランスよく栄養をとることが基本です。主食・主菜・副菜がそろった和食を基本に、1日3食で、なるべく多くの食品をとるようにします。多種類の食品を摂取すれば、それだけ多くの栄養素をバランスよくとれるようになります。
さらに、緑黄色野菜など、抗酸化作用のある食べ物を積極的にとることも重要です。
肝臓では、代謝や解毒などが行われる際に、細胞にダメージを与える活性酸素が大量に生じます。活性酸素を消去するには、抗酸化成分が役立ちます。
暴飲暴食を避け、規則正しい生活を送り、夜しっかり眠ることも、肝臓の健康にはたいせつです。睡眠には、疲れた肝臓を休ませて、肝機能を回復させる効果があります。
肝臓には、エネルギーを作り出して貯蔵したり、疲労物質である乳酸を処理したりする働きもあります。肝臓の働きが低下すると、体がエネルギー不足に陥り、疲労回復が追いつかず、夏バテしやすくなります。残暑を元気に乗り切るためにも、ぜひ肝臓をいたわってください。

この記事は『壮快』2021年10月号に掲載されています。
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