解説者のプロフィール

柿添隼(かきぞえ・じゅん)
ひらの整形外科クリニック院長。2016年大分大学医学部卒業。九州中央病院、九州大学病院、佐田病院整形外科を経て、2021年4月より現職。手術や投薬、注射などは急性期の必要最小限に抑え、痛みやしびれの根本原因である「体の滞り」の解消を目指す。「自分の身体は自分で治す」自律医療をモットーに、セルフケア指導にも力を入れている。
▼ひらの整形外科クリニック(公式サイト)
ストレスが免疫力を低下させる
なかなか収束しないコロナ禍に、少なからずストレスが積み重なってきているのではないでしょうか。
感染への不安、緊急事態宣言や時短営業、人とのつながりの希薄化、経済的な損失など全てのことが、大きなストレスとなっています。
ストレスは免疫力(病気に対する抵抗力)を弱めるので、さらにウイルスに感染しやすくなり重症化を招き、患者数・死者数が増大していきます。
これが、暗いニュースとなってコロナへの不安をあおり、さらにストレスが高まって免疫力がまた下がる……。世界中がこんな負のスパイラルに陥っています。
では、ストレスにさらされると、どうして体の免疫力が落ちてしまうのでしょうか。
私たち人間は、ストレスを受けると、副腎皮質からストレスホルモンと呼ばれる「コルチゾール」が分泌されます。
長期にわたってこのコルチゾールが分泌されていると、免疫に関与する伝達物質の働きが阻害されるようになり、免疫力が低下してしまうのです。

免疫は、自然免疫と獲得免疫の二つに分けられます。自然免疫はもともと人間に備わっている原始的な防御機構で、マクロファージなどの免疫細胞が体内をパトロールしながら、異物(病原体など)を見つけたら排除する役割を担っています。
それに対し、獲得免疫は後天的に獲得する免疫で、自然免疫では防げなかった異物の特徴を記憶して、最適化した武器を作り狙い撃ちする免疫です。
攻撃力が高い一方で、最初に態勢を整えるまでに時間がかかるという弱点があります。そこで、あらかじめ弱毒化したウイルスや、ウイルスの一部を免疫細胞に与えて防衛準備を整えておき、次に(実際に)ウイルスに感染した際に素早く排除できるようにするのが、ワクチンのしくみです。
このうち、後者の獲得免疫に深く関係するのが、白血球の一種のリンパ球です。リンパ球は、自律神経(内臓や血管の働きを調節する神経)のうち、休息をつかさどる「副交感神経」が優位なときに増加します。
しかし、ストレスを受けている状態では、活動をつかさどる「交感神経」が優位になり、獲得免疫を担うリンパ球が減ってしまうのです。
通常、生命維持に必要な活動は、自律神経によって無意識のうちに調節されています。心臓を止めよう、体温を下げよう、消化しようと意識しても、できません。
唯一、呼吸だけは、意識的にも行うことが可能です。ですから、吸うときには交感神経が優位になり、吐くときには副交感神経が優位になるという特性を、意識的に活用することができるのです。
ゆっくりと息を吐くことでリラックスし、副交感神経優位の状態をつくって、リンパ球を増やして免疫力を高めることができれば、コロナスパイラルを断ち切ることができます。
呼吸力を高めて副交感神経優位に
ただし、ここでもう一つ問題があります。現代社会では、深い呼吸ができなくなっている人が多いのです。
多忙な毎日の中で、いつも慌ただしく食事をすることが多くて、ろくに咀嚼せずに食べ物を飲み込み、胃をはじめとする消化器官に負担をかけています。
この影響が全身に波及して、呼吸に関連する筋肉がひきつった状態になっていて、十分に肺を膨らませられないために呼吸が浅くなり、副交感神経が優位になりにくいのです。
そこで、肺を十分に広げた深い呼吸と脱力によって副交感神経が優位の状態にするために、私たちが指導しているのが「ぐっすり呼吸法」です。
これは、健康プロデューサーの杉本錬堂氏が考案した手当て法である「天城流湯治法」の「天息法」と、ヨガの呼吸を組み合わせた手法です。
鼻の通りがよくなって、鼻呼吸がしやすくなり、肺も十分に膨らむようになります。実際にやってみれば、スーッとスムーズに深く息が入っていく感覚を実感できると思います。
そして、あおむけに寝て、手の平を上に向けてリラックスし、軽く目を閉じたら、鼻から吸って、口から吐きます。6秒かけて深く吸い込んだら、8秒くらいかけてゆっくり息を吐いていくのがコツです。
これを5分ほど行っただけで、40分以上眠ったくらいに脳と体が休まります。副交感神経が優位になってリンパ球が活性化し、ストレスホルモンの分泌も抑えられるという二重の作用で、免疫力が高まります。
ぐっすり呼吸法は、寝る前に行うといいでしょう。途中で眠くなったら、そのまま寝てしまっても結構です。
実際、ぐっすり呼吸法を行った患者さんの中には、「睡眠障害が改善した」「うつ状態が治った」「痛みを感じにくくなった」といった声が多数寄せられています。皆さんもぜひ試してみてください。
ぐっすり呼吸法のやり方
❶神庭(しんてい)のツボに人さし指の腹を当て、自分が時計の文字盤になったつもりで時計回りに10回もみほぐす。

神庭のツボの位置:顔の正中線上を前髪の生え際に向けてたどり、生え際の辺りで平たくなったところ。

❷左の親指を左の鼻すじに沿うように当て、残りの指を頬骨に当てる。親指で上唇鼻翼挙筋(じょうしんびよくきょきん)を伸ばすように鼻を右に倒し10秒キープする。右の鼻すじも右手で同様に行う。
※呼吸は止めず、鼻で自然に行う。

上唇鼻翼挙筋の位置

❸左の鎖骨の下に右手親指の先を当て、鎖骨下のくぼみを指でこそげるように肩先まで動かす。親指の側面が鎖骨から離れないように注意する。10回行ったら、左の親指で右鎖骨下を同様に10回行う。


❹手のひらを上向き、つま先を外側に向けてあおむけに寝る。ゆっくりと呼吸をしながら全身の力を抜いてリラックスする。5分間が目安だが、そのまま寝てしまっても構わない。


この記事は『安心』2021年9月号に掲載されています。
www.makino-g.jp