解説者のプロフィール

松生恒夫(まついけ・つねお)
松生クリニック院長。1955年東京都生まれ。80年、東京慈恵会医科大学卒業。同大学第三病院内科助手、松島病院大腸肛門センター診察部長を経て、2004年に松生クリニック(東京都立川市)を開業。大腸内視鏡検査や炎症性腸疾患の診断と治療を得意とし、これまでに行った大腸内視鏡検査は5万件を超える。著書多数で、近著『大人のバナナジュース健康法』(主婦の友社)、『腸ストレッチ』(マイナビ出版)が好評発売中。
▼松生クリニック(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
十分な食物繊維摂取で腸ストレスの改善を
「国民病」と言われるほど、日本で増え続けている糖尿病。それだけに、血糖値のコントロールに役立つとされる数多くの健康法が提唱されています。
しかし、そこには、大変重要でありながら、見落とされがちなことがあります。それは「腸と糖尿病」の関係です。血糖値をコントロールするカギは、実は腸にあるのです。
糖尿病は、血糖値を下げるインスリンの量や作用が不足する病気です。インスリンは、必要に応じて膵臓のβ細胞というところから分泌されます。
その分泌を指示する、いわば「インスリンの親分格」のホルモンがあるのをご存じでしょうか。それは「インクレチン」というホルモンです。
インクレチンは、食事をすると腸壁から分泌され、膵臓のβ細胞に、「インスリンを出せ」という信号を送ります。その指令を受けてインスリンが分泌され、血糖値が下がるのです。
インクレチンは腸壁から分泌されるホルモンなので、スムーズに分泌されるかどうかは、腸内環境に大きく影響されます。
腸内には、1000種類・100兆個もの腸内細菌がすんでいます。その様子がお花畑(フローラ)に似ていることから、「腸内フローラ」と呼ばれます。つまり、腸内フローラを健全に保つことが、血糖値のコントロールや糖尿病の改善に密接につながるというわけです。
このことは、最近の消化器医学会で大きな話題になっています。そして、インクレチンや腸内フローラに関連する糖尿病の新薬が続々と生まれています。
腸に注目した糖尿病薬が次々とできているくらいですから、普段から腸内環境を良好に保つことが、糖尿病に効果的なことは言うまでもありません。
ところが、実際には多くの現代人が、食生活の乱れやクーラーによる腸の冷え、運動不足、睡眠不足などによって腸に負担をかける生活を送っています。
これらによる腸の負担を、「腸ストレス」と呼びます。中でも、腸ストレスを増やす最大の要因が、食物繊維不足です。
海藻、キノコ、野菜、果物、未精白の穀類などに豊富な食物繊維は、腸ストレスを避けて、腸内環境をよくするのに重要です。ひいては、糖尿病の予防・改善のためにも大切です。
食物繊維というと、「便通をよくする」というイメージを持つ人が多いでしょう。もちろんそれも大事な働きですが、他にも食物繊維は、糖の吸収を抑えたり、肥満を防いだりする上、「腸内細菌のエサになる」という重要な働きを持っています。
特に、乳酸菌やビフィズス菌といった善玉菌のエサになり、その増殖を促すのです。しかも、食物繊維を食べた善玉菌は、「短鎖脂肪酸」という物質を作りだします。
短鎖脂肪酸は、「腸の血流量を増やす」「腸壁の細胞を増やす」「腸のエネルギー源になってその働きを活発にする」など、腸にとって多くのよい働きをします。
なお、食物繊維には、水に溶けやすい水溶性食物繊維と、溶けにくい不溶性食物繊維があり、腸に対しては、前者の方がより高い効果を発揮します。しかし、腸内環境をよくするという点ではどちらも有効なので、食物繊維の総量を多くとるように心がけるとよいでしょう。
FGIで上手に血糖値コントロール
血糖値コントロールを心がけている人の中には、「自分は糖質制限をしているから大丈夫」と思っている人がいるかもしれません。しかし、極端な糖質制限は、腸内環境の悪化を招きかねないので要注意です。
糖質は炭水化物の一種ですが、糖尿病対策として重要な食物繊維もまた、炭水化物の仲間です。そのため、極端に糖質を制限すると、食物繊維の摂取量まで減る場合があるので、気をつけましょう。
もちろん、糖質のとり過ぎはよくありませんが、糖質を適度に抑えつつ、食物繊維をたっぷりとるのが、上手な血糖値コントロール法です。
そのために役立つのが、私の考案した「ファイバー・G・インデックス(FGI)」という指標です。
ファイバー・G・インデックス(FGI)とは?
これは、利用可能炭水化物(単糖当量)を、食物繊維の総量で割った値です。利用可能炭水化物(単糖当量)とは、エネルギーとしての利用性の高いでんぷん、単糖・二糖類を単糖に換算したもののことですが、基本的には一般的に言う「糖質」と考えて構いません。
この数値が大きいほど、糖質が多くて食物繊維が少ない、すなわち腸ストレスを引き起こして、血糖値が上昇しやすい食品です。逆に、この数値が小さいほど、腸ストレスを招きにくく、血糖値が上昇しにくい食品といえます。
次項の表には、代表的な食品のFGI値を挙げましたが、現在、コンビニやスーパーなどで販売されている食品には、糖質と食物繊維量が表示されているので、以下の式に当てはめれば、簡単にFGI値が割り出せます。
FGI値=糖質(g) ÷ 食物繊維(g)
その判定の目安は、以下のように考えるとよいでしょう。
・19以下=青信号(安心して食べられる)
・20〜50=黄色信号(食べ過ぎに注意)
・51以上=赤信号(できるだけ避けるか少量に)
【実践例】

糖質 45.7g ÷ 食物繊維 0.5g = 91.4

糖質 34.9g ÷ 食物繊維 2.7g =12.9
❶は赤信号、❷は青信号なので、選ぶなら❷。
身近な食品のFGI値一覧表
【FGI値が19以下】…青信号(安心して食べられる)
【FGI値が20~50】…黄色信号(食べ過ぎに注意)
【FGI値が51以上】…赤信号(できるだけ避けるか少量に)




『八訂食品成分表2021』(女子栄養大学出版部)より、安心編集部で作成。エネルギー量、利用可能炭水化物(単糖当量)、食物繊維総量はいずれも100g当たり。小数第1位以下は四捨五入。
大麦やオリーブ油もお勧めの食品
FGI値の小さい食品の他、以下の食品も、腸ストレスの軽減と血糖値コントロールに役立ちます。積極的にとり入れるとよいでしょう。
●大麦
水溶性食物繊維の一種であるβ‐グルカンを豊富に含んでおり、ご飯に3分の1ほど混ぜるだけで、食物繊維の摂取量を大幅に増やせます。
●難消化性オリゴ糖
オリゴ糖は糖類の一種ですが、そのうち、小腸で吸収されずに大腸に到達するものを難消化性オリゴ糖といいます。これで作った甘味料は、甘味はあるものの、ほとんど血糖値を上げないのでお勧めです。
●オリーブ油
最近の研究で、オリーブ油には、インスリンの効き目をよくする作用があることがわかっています。1日に30g(大さじ2杯弱)とるのが目安です。
●植物性乳酸菌
乳酸菌が腸によいことはよく知られていますが、ヨーグルトやチーズに含まれる動物性乳酸菌は、ほとんどが消化液で死滅します。漬物やみそ、しょうゆなどに含まれる植物性乳酸菌は、生きたまま大腸に達して、善玉菌を増やします。
最後に、FGIを活用して血糖値を改善できた60歳の男性の例をご紹介しましょう。
この男性は、健康診断で空腹時血糖値が137mg/dl、ヘモグロビンA1cが6.4%と、どちらも高いことがわかりました。そのため、FGI値をチェックしながら、食物繊維が豊富でバランスのとれた腸に優しい食事を心がけてもらいました。
すると、2回目の受診時は、それぞれの数値が112mg/dlと6.4%、3回目は110mg/dlと6.1%、4回目は118mg/dlと6.0%と、順調に下がってきました。
空腹を我慢したりせず、十分な食事を楽しんでいますが、FGIに着目することで、良好な結果が得られています。
皆さんもFGIを活用して、腸に優しく血糖値の上がりにくい食事を心がけてください。

この記事は『安心』2021年9月号に掲載されています。
www.makino-g.jp