水溶性食物繊維を糖質と一緒にとると、血糖値の上がり方がゆるやかになります。さらに、インクレチンというホルモンの分泌を促すことができ、インスリンの分泌が促されるので、血糖値の上昇を抑えたり、上がった血糖値を速やかに下げたりするのに役立ちます。【解説】森豊(東京慈恵会医科大学客員教授、東京慈恵会医科大学附属第三病院糖尿病・代謝・内分泌内科客員診療医長)

解説者のプロフィール

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森豊(もり・ゆたか)

東京慈恵会医科大学客員教授、東京慈恵会医科大学附属第三病院糖尿病・代謝・内分泌内科客員診療医長。1955年東京都生まれ。東京慈恵会医科大学客員教授、同大学附属第三病院糖尿病・代謝・内分泌内科客員診療医長。医学博士。東京慈恵会医科大学卒業後、40年にわたって糖尿病患者の診療を続けてきた、糖尿病治療・研究のエキスパート。著書に『血糖値は「腸」で下がる』(松生恒夫氏との共著・青春出版社)がある。
▼東京慈恵会医科大学附属第三病院(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)

[別記事:高血糖状態は免疫力を低下させる ヘモグロビンA1cは7%以下に→

インスリンの分泌促進に役立つ水溶性食物繊維

健康づくりに「腸内環境」が重要であることは、今では広く知られています。しかし、糖尿病の人が血糖値をコントロールしたり、悪化を防いだりするためにも、「腸」が非常に大切なことをご存じでしょうか。

血糖値が上がるのは、私たちが摂取した糖質(炭水化物)が、胃で消化されて小腸に行き、最終的にブドウ糖にまで分解されて吸収されるからです。吸収されて血中に入ったブドウ糖が「血糖」となるわけです。

ブドウ糖は小腸で吸収されるので、基本的に小腸は、血糖値を大きく左右する場所です。

小腸からの糖の吸収スピードが落ちれば、当然、食後の血糖値の上昇はゆるやかになります。その分、血糖値を下げるインスリンを急激に増やさなくてよいので、インスリンを分泌している膵臓のβ細胞への負担が少なくなります。

これは、根本的に糖尿病の悪化を防止するために重要なことです。

こうした観点から、食べ物に含まれている糖質の分解・消化を妨げる「α‐グルコシダーゼ阻害薬」という糖尿病治療薬が開発されています。

これは薬ですが、食品成分にも、この薬と同様の働きをするものがあります。

それは「食物繊維」です。食物繊維は、野菜、豆類、海藻、キノコ、未精白の穀類などに多く含まれ、人間の腸では消化・吸収されない成分です。

その食物繊維の中でも、水に溶けやすい水溶性食物繊維を糖質と一緒にとると、消化器の中で混ざり合うことで、腸管からの糖の吸収が遅くなります。その結果、血糖値の上がり方がゆるやかになり、血糖値のコントロールに役立つのです。

一方、食べ物が小腸から大腸に移行すると、大腸壁から「インクレチン」というホルモンが出てきます。インクレチンは消化管ホルモンの一種で、GIPとGLP‐1という2種類が知られています。そのうち、主にGLP‐1が、膵臓のβ細胞に作用して、インスリンを分泌させる役目を担っています。

つまり、大腸壁から出るインクレチンは、インスリン分泌の司令塔というわけです。

このことがわかってきたので、近年、インクレチンを分解する酵素(DPP-4)を阻害する糖尿病治療薬や、その酵素に分解されにくくしたGLP‐1が開発されています。

腸の働きを通じて血糖値をコントロール

インクレチンの分泌は、普段の食生活の工夫によっても促せます。ここでも活躍するのが、食物繊維です。

腸には、1000種類100兆個以上といわれる腸内細菌が存在しています。

食物繊維、特に水に溶けやすい水溶性食物繊維は、腸内に入ると腸内細菌によって分解され、短鎖脂肪酸という物質に変わります。短鎖脂肪酸は、酪酸、プロピオン酸、酢酸などの総称です。

これらの短鎖脂肪酸が、大腸壁からのインクレチンの分泌を促すことがわかっているのです。

日頃から水溶性食物繊維を積極的に摂取すれば、腸内で多くの短鎖脂肪酸が作られ、インクレチンの分泌を促すことができます。するとその指令でインスリンの分泌が促されるので、血糖値の上昇を抑えたり、上がった血糖値を速やかに下げたりするのに役立ちます。

食後に急激に血糖値が上がる「食後高血糖」は、糖尿病をコントロールする上で、特に避けたい危険な状況です。それを防ぐのにも、水溶性食物繊維によるこのメカニズムが効果を発揮してくれます。

腸と糖尿病について、もう一つ、最近の話題に触れておきましょう。

糖尿病の治療薬の一つに「メトホルミン」があります。血糖値を下げる優れた働きがあり、世界で最も使われている糖尿病治療薬の一つですが、その詳しいメカニズムはわかっていませんでした。

ところが最近になって、メカニズムの一つとして、メトホルミンはインクレチンの分泌に深く関わっており、特にGLP-1の分泌を促すことがわかってきたのです。

メトホルミンは、腸内細菌の集まりである腸内フローラ(腸内細菌叢)に影響を与えていることもわかっています。「糖尿病患者にメトホルミンを投与すると、腸内の80種以上の菌種が変化した」「メトホルミン服用者の便を糖尿病マウスに移植すると、マウスの血糖値が改善した」などの報告もあります。

従来の糖尿病治療薬は、膵臓のβ細胞を直接刺激してインスリンを出させるものが主体で、これには血糖値を下げ過ぎる危険性がありました。

しかし、ありがたいことにインクレチンは、血糖値が高いときはβ細胞を刺激し、高くなくなれば刺激しなくなります。そのため、メトホルミンなど、インクレチンの作用を介した治療薬は、血糖値を下げ過ぎる心配がない上、β細胞への負担も少ないといえます。

普段の食生活でも、ぜひインクレチンの分泌を促す水溶性食物繊維を十分に摂取し、腸の働きを通じた血糖値コントロールを心がけましょう。

血糖値のコントロールに役立つ水溶性食物繊維

■水溶性食物繊維とは?
水に溶けやすい食物繊維のこと。大麦や納豆、豆類、海藻、キノコなどに多い。

■水溶性食物繊維の働き
食後の血糖値の上昇をゆるやかにする
水溶性食物繊維を糖質と一緒にとると、消化管の中で混ざり合い、腸管からの糖の吸収が遅くなる。その結果、食後血糖値の上昇がゆるやかになる。
インスリンを分泌させるホルモンが出る
水溶性食物繊維は、腸内細菌によって短鎖脂肪酸に変わる。その短鎖脂肪酸が、インクレチンというホルモンの分泌を促進させる。インクレチンは、インスリンの分泌を促すので、食後血糖値の上昇を抑えたり、上がった血糖値を速やかに下げたりするのに役立つ。

画像: この記事は『安心』2021年9月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年9月号に掲載されています。

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