つくづく思ったことがあります。それは、病気を治すのにたいせつなのは、よい先生との巡り会いだということです。患者自身も、ただ受け身でいるだけでなく、適切な治療が受けられるように、自分から進んで情報収集をすべきだと考えています。【体験談】三枝成彰(作曲家)【解説】福井康之(牧田総合病院脊椎脊髄センター長・慶應義塾大学医学部特任教授)

プロフィール

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三枝成彰(さえぐさ・しげあき)

1942年生まれ。東京音楽大学名誉教授。代表作にオラトリオ「ヤマトタケル」オペラ「忠臣蔵」「Jr.バタフライ」など。2007年、紫綬褒章受章。08年、日本人初のプッチーニ国際賞受賞。11年、渡辺晋賞を受賞。13年、オペラ「KAMIKAZE –神風–」を初演。14年、オペラ「Jr.バタフライ」イタリア語版をイタリアのプッチーニ音楽祭で初演(16年日本初演)。17年、新作オペラ「狂おしき真夏の一日」を世界初演。同年、旭日小綬章受章。20年11月、文化功労者顕彰を受けた。
▼作曲家・三枝成彰公式ウェブサイト(公式サイト)

交差点からオフィスまでの300mが歩けない!

私が作曲家の仕事に就いて、60年近くが経ちます。作曲は体力勝負のようなところもあって、オペラを一つ書き上げるのに約4年はかかります。根気よく続けないとできません。

座っている時間が長く、また運動はあまり好まないので、積極的に体を動かすということはほとんどありません。ちょっと遠いと思ったら、タクシーを利用します。

このような生活ですので、腰に負担をかけた記憶はありませんでした。しかし2009年ごろに突然、脊柱管狭窄症を発症したのです。

六本木の交差点から私のオフィスまでは300mほどなのですが、その距離が痛くて歩けません。歩き始めると、すぐに腰に痛みが走り、わずかな距離を何度も立ち止まらなければなりません。そんなことが頻繁に起こるようになりました。

このような状況に陥りやすいのは、満腹になっているときでした。体が重いと、腰により負担がかかるのかもしれません。

銀座で食事をして店を出たとたん、腰が痛くなって歩けなくなり、妻に車で迎えに来てもらったということもあります。このように、満腹になるまで食べたときは、必ずといっていいほど腰が痛くなりました。

ただ、このころはまだ脊柱管狭窄症とはわからず、ただの腰痛だと思っていました。

脊柱管狭窄症だとわかったのは、2012年のことです。妻に付き添って行った病院で、脊椎と脊髄の専門医である福井康之先生に「私、腰が痛いんですよ」と何気なく話したことがきっかけでした。

福井先生といえば、いろいろな著名人の腰の手術をしたことでも有名です。偶然とはいえ、そのような先生に出会えたことは、非常に幸運でした。

そして、MRI(核磁気共鳴画像法)検査を受けたのですが、MRIの結果を見たとたん、先生の表情は一変しました。「これはダメだ。すぐに手術をしよう」となったのです。このとき初めて、腰痛の原因が脊柱管狭窄症だと知りました。

脊柱管狭窄症で手術をすることを話すと、ほとんどの人が手術に反対しました。「手術は受けないほうがいい」「車イス生活になるよ」というのです。

しかし、福井先生の手術を受けた多くの人が、復帰して元気に仕事をこなしているのを知っていたので、私自身、手術の不安はありませんでした。

痛みはほとんどなくわずか1週間で退院

そして事前検査、福井先生との面談を経て、いよいよ入院。その3日後に、手術を受けました。手術は全身麻酔ですから、痛みは全くありません。術後の痛みも、ほとんどありませんでした。

その翌日から、早速リハビリを行いました。また、手術前日に電子ピアノを持ち込んで、術後3日めからは、翌年に公演が決定していたオペラ『神風』の作曲をしていました。

福井先生からは、15分仕事をしたら15分休め、といわれていたのですが、なにしろ痛くありません。つい夢中になって、休憩するのを忘れてしまいます。いかんせん病院内ですから、隣室から「ピアノがうるさい」と苦情が出てしまいました。

そして、数日で先生から「状態もいいので特別に退院していいですよ」と許可が出て、1週間の入院で済みました。その後も順調に回復し、生活に困ることは何もなく、「手術してよかった」と心から思います。

このような経験をして、つくづく思ったことがあります。

それは、病気を治すのにたいせつなのは、よい先生との巡り会いだということです。患者自身も、ただ受け身でいるだけでなく、適切な治療が受けられるように、自分から進んで情報収集をすべきだと考えています。

それには人に聞くのがいいと思います。同じ病気の人が、どこの病院の医師にかかってよくなったかという情報は特に重要でしょう。ぜひ皆さんも、よい医師に巡り会っていい治療を受けてください。

手術はあくまで治療の最終手段
(牧田総合病院脊椎脊髄センター長・慶應義塾大学医学部特任教授 福井康之)

画像: 手術はあくまで治療の最終手段 (牧田総合病院脊椎脊髄センター長・慶應義塾大学医学部特任教授 福井康之)

福井康之(ふくい・やすゆき)

1957年、神奈川県横浜市生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。医学博士。米国Vermont大学およびSan Diego Center 留学の後、東京専売病院整形外科部長、国際医療福祉大学三田病院副院長、脊椎脊髄センター長、同大教授、国際医療福祉大学塩谷病院院長に就任。現在、牧田総合病院脊椎脊髄センター長、慶應義塾大学医学部特任教授。
▼牧田総合病院 脊椎脊髄センター(公式サイト)


医療で最も重要なことは、治療」ではなく、「正しい診断だと私は考えています。人間はどこか痛いところがあると、すぐに「治療」に飛びつきたくなりますが、大事なことはなぜ痛いのか、その原因を「正確に診断」することです。

例えば、筋力低下や運動不足などが原因で慢性的な腰痛を生じている場合は、安易に鎮痛剤服用を続けるより、規則正しい生活と運動療法が適切な治療法となります。

また、昼間は痛みをあまり感じず、日常生活も支障なく過ごせるのに、夜間一人になったときに痛みやしびれが出現する場合は、不安感やストレスなど精神的要因が原因の場合があります。

問題は、痛みやしびれで困っている患者さんに、MRI画像で椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄が認められる場合です。一般に外科医は手術して治すという感覚に陥りがちです。

確かに手術すれば、ヘルニアは摘出され、脊柱管の狭窄も治ります。しかし、患者さんはあくまで自分の感じる痛みやしびれを治してもらいたいのですから、手術して治すには、ヘルニアや狭窄がその痛みの原因でなければなりません(原因になっていなければ、手術しても患者さんの痛みは治りません)。

そのためには外科医がきちんと患者さんを診察して、画像上の異常所見が痛みの原因になっていることを確認する必要があります。

因果関係になっている場合、的確な手術でヘルニアや狭窄を治せば、痛みやしびれは消失します。私は〝手術して治す〟のではなく、〝治る患者さんを手術する〟ことをモットーとして治療に当たっています。

脊柱管狭窄症は、腰椎(腰の部分の背骨)の脊柱管が狭くなり内部にある神経が圧迫されて腰痛や、下肢の痛みやしびれが出る病気です。

特徴的な症状に間欠跛行という症状があります。これはしばらく歩き続けていると痛みやしびれが出現して歩けなくなるものの、少し休むと症状が緩和し、また歩けるようになる症状です。

三枝成彰氏の場合はこの間欠跛行が顕著で、2分ほど歩いたら痛みが現れ歩けなくなっていました。手術が必要と判断したのは、この脊柱管狭窄症に特徴的な間欠跛行があり、かつ、MRI検査の結果、「馬尾型(ばびがた)」と呼ばれる重度の神経の圧迫が認められたからです。

馬尾型は、馬尾と呼ばれる神経の束が強く圧迫されます。このタイプは、放置すると神経が傷んで下肢の筋力が低下し、脚が動かなくなります。いったん、マヒした状態になってからでは治せないので、三枝氏にはすぐに手術が必要であることを説明しました。

手術には必ずリスクが伴いますが、一方で手術しないリスク、この場合は馬尾型で放置すると神経マヒが生じてしまうというリスクもあります。

もちろん最終的に手術を受けるかどうかを決めるのは患者さん本人ですが、やはりなぜ痛いのか、正確な診断と正しい医学的情報を主治医と共有したうえで判断することが重要だと思います。

三枝氏は特に問題となる持病はなく、かつ、心身ともに非常に若いので、手術後は順調に回復されました。現在も精力的に活躍され、主治医としてたいへんうれしく思っております。

最近は高齢化社会の到来で、心臓や呼吸器などの持病を持っていらっしゃる患者さんが増えています。特に脊柱管狭窄症は、糖尿病との関連が密接で、血糖値がきちんとコントロールされていない患者さんの場合は創部が感染するリスクが高くなり、注意が必要です。

また過度の肥満があると、エコノミー症候群という血栓の合併症が生じやすくなりますし、喫煙は心筋梗塞や術後の肺炎などのリスクになります。やはり日ごろから、健康管理に注意して過ごすことがたいせつです。

手術はあくまで治療の最終手段として、慎重に考えるべきです。腰痛や下肢のしびれに悩まれている場合はまず、規則正しい生活、適度な運動、適切な体重と健康管理に努め、それでも改善しない場合は医療機関を受診するようにしてください。

画像: この記事は『壮快』2021年9月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『壮快』2021年9月号に掲載されています。

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