解説者のプロフィール

田村睦弘(たむら・むつひろ)
高月整形外科病院・脊椎センター長兼任。医学博士。1995年、慶応大学医学部卒業後、同大学整形外科学教室入局。市立川崎病院、国立病院機構村山医療センター、済生会横浜市東部病院を経て、2012年2月、平和病院・横浜脊椎脊髄病センターを設立し、センター長に就任。日本整形外科学会認定整形外科専門医。日本脊椎脊髄病学会脊椎脊髄外科指導医。
▼高月整形外科病院(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
症状の悪化に伴い歩ける時間が短くなる
背骨は、医学用語では脊柱といい、椎体と椎弓から成る椎骨という小さな骨がブロックのように連なってできています。
椎体と椎体の間には、椎間板というやわらかいクッションがあり、椎骨が連なった脊柱の中心部は、管のように内部が空洞になっているため、脊柱管と呼ばれます。この脊柱管の中に、脳から伸びた太い神経の束である脊髄や、枝分かれした馬尾神経が収まっています。

この脊柱管が狭くなり、脊柱管の中を通っている神経が圧迫され、痛みやしびれなどの症状が現れる病気が、脊柱管狭窄症です。
首(頸椎)に起こることもありますが、腰に近い部分の背骨(腰椎)の脊柱管が狭くなるケースが圧倒的に多く、腰部脊柱管狭窄症と呼ばれます。
脊柱管狭窄症のほとんどは、加齢が原因で起こり、50歳以上の人に多く見られます。高齢化に伴って患者数は増えており、日本では約350万~500万人もの人が脊柱管狭窄症になっていると推計されています。
年を取ると、脊柱管を内側から支える靭帯が分厚くなったり、椎体をつなぐ椎間板が薄くなったり、椎骨にトゲのような突起(骨棘)ができて脊柱管が変形したりして、内腔が狭くなってしまい、神経を圧迫します。
加齢以外にも、腰に負担をかける悪い姿勢のクセや、日常動作の積み重ねが原因で、脊柱管狭窄症を引き起こすこともあります。特に、脊柱管が成長の過程で広くならなかった人の場合は、一般的な発症者よりも早めの30~40代で、脊柱管狭窄症の症状が出やすくなります。
脊柱管狭窄症の主な症状は、お尻から下肢にかけての痛みやしびれです。腰部の脊柱管には、脊髄から枝分かれした馬尾という神経や、神経根という神経の根本部分が通っています。
また、骨盤のつけ根からお尻、太ももの後ろ、ふくらはぎから足先にかけては、座骨神経という神経が走っています。馬尾神経や神経根が圧迫されることによって、座骨神経に沿った足腰の部位に痛みやしびれが現れます。
脊柱管狭窄症の代表的な症状に、間欠跛行があります。
これは、しばらく歩くと足に痛みやしびれが強くなり歩けなくなるが、休むとまた歩けるようになる、というぐあいに、歩いたり休んだりをくり返す症状です。悪化すれば、続けて歩ける時間や立っていられる時間が短くなります。
また、腰を後ろに反らすと痛みなどの症状が強くなるという症状もあります。腰を反らすと脊柱管に圧力がかかり、もともと狭い内腔がさらに狭くなってしまうため、神経が強く圧迫されるのです。
脊柱管狭窄症が重度になると、下肢に力が入らなくなったり、下半身の感覚マヒや排尿・排便障害が起こったりすることもあります。
受け身の物理療法より、自ら行う運動療法を重視
脊柱管狭窄症の治療法は、大きく分けて手術と保存療法(手術以外の治療法)があります。
保存療法には、
❶正しい姿勢や生活の工夫
❷理学療法
❸装具療法(コルセットを装着する)
❹薬物療法(痛みや炎症を抑える薬や筋肉の緊張を緩める薬などを服用する)
❺ブロック療法(神経や神経の周囲に局所麻酔薬や抗炎症薬を注射する)
があります。
これらの保存療法のなかで、近年、特に大きな変化が見られるのが、②の理学療法です。
理学療法には、低周波電気刺激、温熱療法、冷却療法、マッサージ療法などを行って、患部の血行をよくする「物理療法」と、筋力のアップや柔軟性の回復、血行改善、機能回復のための「運動療法」があります。
従来は、脊柱管狭窄症や腰痛のリハビリというと、電気をかけたり、温めたり、マッサージをしたりといった物理療法が主流でした。
しかし、こうした受け身の物理療法にかわって、運動療法がより重視されるようになってきています。
治療では、専門の理学療法士が患者さん一人ひとりの姿勢や筋肉の状態、関節の動きなどの状態をチェックします。そして、痛みなどの症状を改善するための運動やストレッチを指導したり、正しい姿勢や症状を軽減するための生活の工夫をアドバイスしたりします。
いまや、受け身ではなく、患者さん自身が積極的にセルフケアに取り組むことによって、症状を改善していく、という方向に進んでいるのです。
患者の7〜8割がセルフケアで改善する
多くの患者さんは、「脊柱管狭窄症は手術をしなければ治らない」と思っていらっしゃいますが、それは誤解です。
MRI(核磁気共鳴画像法)検査などで、脊柱管の狭窄や神経の圧迫が認められても、全く自覚症状がない人もいれば、症状が強い人もいます。神経の血行や炎症、筋肉や骨の状態など、体の内部の環境が人それぞれ異なるからです。
たとえ脊柱管の狭窄や神経の圧迫があっても、症状が出ないところまでよくなれば、脊柱管狭窄症は「改善した」といえます。そのための有力な手段が、運動療法や姿勢の改善といったセルフケアなのです。
当院は脊椎脊髄手術の件数が全国トップクラスということもあり、手術を希望して来院される患者さんも多いのですが、ほんとうに脊柱管狭窄症の手術が必要な患者さんは、10人中2~3人くらいしかいません。
そして、患者さんたちを診てきた印象では、運動療法や姿勢の改善といったセルフケアで7~8割の人に、なんらかの改善が見られます。
脊柱管狭窄症の人は、ぜひ「自分で治す」という強い気持ちを持って、セルフケアに取り組んでください。次の項から、そのためのセルフケアをご紹介します。