解説者のプロフィール

竹内孝仁(たけうち・たかひと)
日本自立支援介護・パワーリハ学会会長。1941年東京都生まれ。1966年日本医科大学卒業。東京医科歯科大学整形外科、同大学リハビリテーション部助教授、日本医科大学教授(リハビリテーション科)、国際医療福祉大学大学院教授(介護福祉・ケアマネジメント領域)を経て、現職。1973年から特別養護老人ホーム、1980年代から在宅高齢者のケア全般に関わる。
▼専門分野と研究論文(CiNii)
忘れるのではなく理解・判断ができない
認知症は「認知」に障害が起こる病気です。「記憶」に障害が起こる病気ではありません。
認知とは、
●ここがどこで(認識)
●自分はなぜここにいて(理解)
●どうすればいいのか(判断)
の三つがわかることです。
徘徊は、自分の家を「忘れて」ウロウロしているのではありません。ここがどこなのかが認識できず、なぜ自分がここにいるのかが理解できず、どうすればいいかの判断ができなくて、歩き回っているのです。
家族に対して「あなた、誰?」と尋ねるのも、家族の顔を「忘れた」からではなく、相手との関係を理解できなくなったために、確認しようとしての問いかけです。
自分の年齢を間違えたり、食事の直後に「ご飯、まだ?」と聞いたりするのも、時間の流れの認知が障害され、その年齢時点や食事の直前で、時間が止まってしまっているから。
つまり、認知症を改善するには、記憶力ではなく、認知力を引き上げる必要があるのです。
認知はまず「意識」が土台にあり、「注意」(意識を一つのものに集中させようとする働き)と、「興味・関心」(心的エネルギー)を向けたものに対して、行われます。
その認知を表現・説明するための「言語」と、保持する「記憶」でひとまとまりです。
健康な人であっても、睡眠中、意識が覚醒していないときは、認知ができません。
土台となる意識の覚醒レベルが下がると、地盤沈下のように他の要素も落ちていくので、なによりも重要となるのが、意識の覚醒レベルを上げていくことです。
そのために欠かせないのが、1日1500mlの水分補給の徹底です。夏場など、熱中症のリスクがある時期は、2000mlが目安になります。

意識の覚醒には水が不可欠
高齢者は水分不足に陥りやすい
私たちの体の約60%を占めているのが、水です。幼児は70%とみずみずしく、65歳以上の高齢者では50%と徐々に水分が減っていきます。高齢になると、体内で水分を貯蔵しておくための筋肉が減るためです。
しかも、腎機能の低下によって、老廃物の排泄のために、より多くの水分が必要になります。尿量が増えるため、頻尿を嫌がって水分補給を控えている高齢者も多くいます。
若い人よりも元々体内に保持している水分量が少ない上に、補給される水分も少なく、より多くの水分が排泄されるので、高齢者では簡単に体が水分不足に陥ってしまうのです。
体内の水分量がわずか1~2%減っただけで、意識の覚醒レベルが落ち、頭がぼんやりしたり、イライラや疲労を感じたりするようになります。
これは、65歳で体重50kgの人で考えると、250~500ml、つまりコップ1杯強~ペットボトル1本分の水分が不足するだけで、意識の覚醒レベルが下がることを示しています。
ちなみに、3%(750ml)の水が不足すると、血液がドロドロになって脳梗塞(脳の血管が詰まる病気)のリスクが高まり、5%(1250ml)不足すると体の自由が利かなくなります。
7%(1750ml)の不足で幻覚・幻聴・意識混濁、10%(2500ml)の不足で死に至ります。
脱水症状は、特に夕方~夜にかけてひどくなるため、徘徊や夜間せん妄など、夜になるほど問題行動を起こしやすい傾向があります。こうした人たちは脱水を改善すると、ほんの1~2日で、驚くほど症状がよくなることもあります。
飲み方のポイントは、1500mlの水分を少しずつ、何度かに分けて飲むこと。
真水でもお茶でもコーヒーでも構いません。誤嚥しやすい人には、ゼリーや寒天で固めて食べさせてもよいです。ただし、アルコールと汁物、果物は1500mlの水分には含めません。
尿失禁や夜間頻尿による不眠を気にする人がいますが、水分をしっかりとって、意識レベルが上がると、尿意を感じられ、排尿コントロールができるようになって、尿失禁は減ります。
昼間の活動量が上がることで、睡眠ホルモンや抗利尿ホルモンの分泌がよくなるのか、夜間の熟睡度も上がることも、これまでいくつもの介護施設で確認しています。
認知症の予防・改善に、まず水分補給を実践してください。

この記事は『安心』2021年8月号に掲載されています。
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