解説者のプロフィール

小池妙子(こいけ・たえこ)
東京都立豊島病院で臨床看護師として12年、現場を経験後、東京都立看護専門学校で教員、校長を務める。その後、大妻女子大学人間関係学部人間福祉学科教授を経て、弘前医療福祉大学保健学部学部長を歴任。2017年より横浜中央看護専門学校講師。著書に『肺炎を遠ざけ長生きするトントン肺たたき健康法』(サンマーク出版)がある。
体力や運動経験がない人でも簡単にできる
私は看護師として感染症の病棟に12年勤務したあと、教育機関で看護教育に携わりました。
83歳になる現在も、横浜の看護専門学校で週1回、授業を担当しています。片道1時間以上かけて学校へ行き、立ちどおしで90分講義を2回行います。
2年前には自宅の1階を改装して子ども食堂を開設し、昨年からは高齢者向けに健康体操教室も開いています。また、東京2020オリンピックの聖火ランナーを務める予定です。
「生涯現役」をモットーに、毎日元気に動き回っているせいか、よく周囲の人から「健康の秘訣は何ですか?」「なぜ、そんなにパワフルなのですか?」と聞かれます。

小池先生主宰の子ども食堂の様子。
その理由として、真っ先に思い浮かぶのが、起床後の体操です。20年以上前から、毎日欠かさず続けています。その時々で自分に必要な体操をメニューに追加し、今では1時間ほどかけて、全身くまなく動かします。
そのなかでも、特にお勧めしたいのが「トントン肺たたき」です。
私が行っている体操は、腕立て伏せや腹筋運動、体幹を鍛える体操など、体力や運動経験のない人には難しいものがあります。しかし、トントン肺たたきは誰でも簡単にできるので、健康体操教室の皆さんにも教えています。
トントン肺たたきは名前のとおり、肺や気管支がある胸周辺を、手で軽くたたくというもの。特に60歳以上の高齢者は、健康法として日々の習慣にしていただきたいと考えています。
肺に残った二酸化炭素を出して呼吸を楽にする
なぜ、トントン肺たたきが特に高齢者にお勧めなのか。それは、肺を鍛え、加齢とともに低下する呼吸機能を高めるからです。
ガス交換は、肺の中の「肺胞」という袋状の組織で行われます。年を重ねると、肺胞やその周囲の毛細血管の数が減り、ガス交換の効率が落ちます。すると、排出されるべき二酸化炭素が肺の中にたまるのです。
このような空気を「残気」といいます。残気が増えると新しい空気が入る余地が減るため、呼吸が浅くなり、少し動いただけで苦しくなります。
さらに、胃腸の調子が悪くなったり、だるさやしびれが出たり、頭がぼんやりしたり、睡眠の質が低下したりと、さまざまな体調不良につながります。
また、肺には肺自体を動かす筋肉がありません。周りの10以上もの呼吸筋が動くことで、肺は収縮・拡張するのです。
一方で、加齢とともに呼吸筋はかたくなり、収縮をスムーズに行いづらくなります。同時に、肺の弾力もなくなり、空気を出し入れする力が弱まります。
トントン肺たたきは、胸をたたくという物理的な刺激により、残気を出しやすくします。加えて、呼吸筋に刺激を与えて鍛える効果もあります。
つまり、肺の残気を追い出して呼吸を楽にするだけでなく、継続することで肺と呼吸筋の衰えを食い止め、元気な「長生き肺」へよみがえらせることができるのです。さらに、横隔膜や腹横筋などのインナーマッスルが鍛えられるので、心臓をはじめ、内臓機能の向上も見込めます。
具体的には、前述の体調不良の予防や改善、肺炎やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)など呼吸器疾患の予防になるでしょう。
呼吸器疾患になったときは、呼吸を楽にするのにも役立ちます。医療現場ではかつて、痰が詰まったり、気管支や肺の障害で呼吸がしにくかったりする患者さんに、胸を軽くたたく「タッピング」を医師や看護師が行っていました。気管支が振動し痰が出やすくなるのです。
また、タッピングには不安や緊張、痛みなどを軽減する効果もあります。セキが止まらないときなどに行うと、気持ちが落ち着き、呼吸も楽になります。トントン肺たたきは、このタッピングをヒントにしました。
トントン肺たたきのやり方
※あおむけで行うのがお勧め。立ちながら、または座りながら行ってもよい。
※たたく回数はだいたい(息を吐ききるまで)でOKだが、息を吐く時間は吸うときの2倍かける。
※週に1回行えばOK。それ以上行ってもよい。ただし、いずれも長期間続ける。
※いつ行ってもよいが、食後と夜の入浴後は避ける。

❶あおむけになり、10秒かけて鼻から深く息を吸う。

❷お椀の形にした右手で、1秒につき2回のペースで計40回、左胸をまんべんなく軽くたたく。このとき、口をすぼめて息を吐き続ける(約20秒)。その後、①を行う。

❸②と同様に、お椀の形にした左手で、右胸をまんべんなくたたく。その後、①を行う。

❹②と同様に、お椀の形にした手(右と左どちらでもよい)で、胸の中央辺りをまんべんなくたたく。
唾液腺を刺激して誤嚥や感染を防ぐ
トントン肺たたきにぜひプラスして行っていただきたいのが、「ごっくん体操」です。
これは、唾液が分泌される3大唾液腺(耳下腺、舌下腺、顎下腺)を刺激して、唾液の分泌を促し、食べ物などを飲み込む嚥下力を強化する体操です。
高齢になると、唾液の分泌が減り、嚥下力も衰えて、誤嚥性肺炎を起こしやすくなります。唾液は、食べ物がのどを通りやすくして嚥下を助けるだけでなく、口腔内をきれいにする自浄作用や、病原菌やウイルスの感染を防ぐ抗菌作用もあります。
唾液の分泌量を増やしたり、嚥下力を鍛えたりすることで、誤嚥性肺炎を防ぐだけでなく、新型コロナウイルスの感染防止も期待できるでしょう。
年を重ねると呼吸器疾患になりやすいのには、肺の衰えによる呼吸機能の低下、唾液の分泌や嚥下力の低下が関係しています。トントン肺たたきとごっくん体操で、元気な肺を維持していただきたいと思います。
ごっくん体操のやり方

❶左右の耳たぶの前下、上奥歯辺りのほおに人差し指を当て、指全体で5~10回、やさしく押す。

❷あごの真下、骨の内側のくぼみに両手の親指以外の指を当て、あごの先から耳の下まで5~10回、やさしく押す。

❸舌のつけ根、あごの先の内側に両手の親指を当て、5~10回、グーッと押し上げる。

❹頭を後方に倒してのどぼとけの上を、やさしくマッサージする。10秒×5セットを目安に行う。

❺のどぼとけに指を当て、動いているのを確認しながら、ごっくんと唾液を飲み込む。30秒で4回が目安。無理はしない。

この記事は『壮快』2021年8月号に掲載されています。
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