解説者のプロフィール

小島央(こじま・ひさし)
央整形外科院長。1970年京都市生まれ。近畿大学医学部卒業。日本体育協会公認スポーツドクター。高校時代から、レジスタンストレーニングに取り組む。2007年に京都府ボディビル選手権にてベストルーキー賞を獲得。筋肉ドクターの愛称で親しまれている。そのトレーニングで得た健康哲学と、現在行われている保険診療に大きな隔たりを感じ、2009年にアイアンクリニック零号店を開業。2014年には近鉄京都線伏見駅前に移転し、央整形外科&フィットネスジム・アイアンクリニックを開業。独自のKISS理論から導き出した筋トレを患者さんに行い、大きな成果を挙げている。
▼央整形外科(公式サイト)
「動かない」ことが痛みを引き起こす
皆さんは、ひざや腰など、体のどこかが痛むとき、どうしていますか。
これ以上痛みがひどくなったら嫌だから、安静を心がけ、できるだけ動かさないようにしていますか。それとも、痛くても我慢して体を動かしているでしょうか。
医学的な答えは明らかです。
「安静は体に悪い」というのが、現代医学の常識です。ひざ痛や腰痛といった体の痛みがある場合でも、同様です。
もちろん、初期に激烈な痛みがあったり、患部が炎症を起こしたりしている場合には、それがある程度治まるまで、安静を保つ必要があります。しかし、それが治まったら、痛みが多少残っていても、なるべく早く体を動かした方がいいのです。
しかし問題は、今も非常に多くの人が「痛かったら安静に」と考えているところにあります。ひざや腰が痛いとき、大多数の患者さんは、体を動かそうとはしません。できるだけ長く安静を保とうとします。
しかも、医療現場においても、安静は体に悪いと知っているはずの当の医師や医療従事者が、しばしば気軽に安静を勧めているという現実があります。
ひざ痛などの関節痛の場合でも、医師は「(とりあえず)安静にして様子を見ましょう」と言うことが多いはずです。「できるだけ早く体を動かした方が(患部にも)いいですよ」と親切にクギを刺してくれる医師や医療関係者は、そう多くはありません。
「とりあえず安静に」と言われた患者さんは、医師の勧めを忠実に守り、安静を保ち続けます。その結果として、痛みがなかなか治らないという事態が生じてくるのです。
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では、なぜ、そもそも安静が体によくないのでしょうか。
私たちの体は、およそ20歳を境に次第に衰えていき、加齢変化とともに全身の臓器の機能低下が見られるようになります。
筋力も例外ではありません。20歳を過ぎると、日常生活程度の運動をしていても、年間1%の筋力低下が起こるとされています。しかも、1日中ベッドに横になり、体を動かさずに安静にしていると、さらに著しく筋肉量と筋力が低下します。
ある日外来にやってきた高齢の男性Oさんは、「運動不足の解消のために、久しぶりに山に登ったら、ひざが痛くなった」と訴えました。
Oさんは「運動したからひざが悪くなった」と言いますが、詳しく聞いてみると、Oさんは、普段全く運動もせず、家ではテレビを1日中見ているだけとのこと。
体に痛みをもたらした真の原因は、それまでろくに体を動かさず、毎日テレビの前に座っていた生活にあります。筋肉を弱らせるだけ弱らせてきた結果、ちょっと動いただけで、痛みが起こっているのです。
このように、高齢者の場合、安静による筋力低下は、痛みを引き起こす直接的な原因となるケースが少なくありません。
高齢者ほど極端ではなくとも、中高年の多くの人々にとっても、安静や運動不足による筋力低下が、痛みを引き起こす有力な原因の1つとなっていることは言うまでもありません。
関節を支えている筋肉が弱れば、関節に余分な負担がかかることになります。それが痛みを引き起こしたり、もともとあった痛みを増幅させたりします。
「痛かったら安静に」ではなく、むしろ「痛いときでも動けそうなら運動を」を、心がけてほしいと考えています。
高齢者の健康に筋トレは欠かせない
そうした考えから、私は、ひざ痛や腰痛などでクリニックに来院される方に、必ず「筋トレ」をやってもらいます。
「筋トレ」と高齢者の方にお話しすると、たいていは「筋トレは若くて健康的な人がやるものだ」という印象をお持ちです。もしくは「高齢者は筋トレできない」「体によくない」、だから「筋トレをやってはいけない」と信じている方が大半です。
しかし、私はそんな方にも筋トレを勧めます。というより、高齢者の健全な体を守るためには、筋トレ以上に役に立つ運動はないと信じています。
ときどき、「高齢者に筋肉がつくわけがない」という人がいますが、それは間違いです。
私のクリニックで筋トレをきちんと行い、筋肉がつかなかった高齢者はいません。やれば着実にパワーアップします。80歳のおばあちゃんも、90歳を超えるおじいちゃんも筋肉がつき、つえをつかず、しっかり歩けるようになっています。
いくつになってからでも、やれば必ず筋肉はつくのです。
週1回、30秒でOK!痛みがあってもできる
私がクリニックで指導している筋トレは、主に「スクワット」「ローイング」「ベンチプレス」の3種ですが、この中でもひざ痛の方にぜひやっていただきたいのが、スクワットです。
スクワットは、ひざに関わる筋肉群を鍛えます。これによって、ひざがしっかり支えられるようになります。そして、ひざにかかっていた負担が減るにつれて、痛みが改善してきます。
「でも、毎日やるのは大変だし、筋トレはきついし……」と思っているあなた。そのイメージは捨ててください。
私の提案しているスクワットでは、回数は重要ではありません。時間もかかりませんし、毎日行う必要もありません。原則として週1回、時間はせいぜい30秒、長くても1分です。これで十分に効果があります。
効果の秘訣は、「高強度の運動を行う」ところにあります。
筋肉は、限界まで負荷をかけることにより、短時間で強く大きくなります。そこで、現在の自分ができる限界まで、負荷をかけて行います。これにより、短時間でも効果が出ます。
自分にとって「ちょっとつらい」から「かなりつらい」辺りから始めて、30秒がんばるだけですから、すでにひざ痛に悩んでいても、けがをしたり、関節を痛めたりする可能性は、極めて低確率です。
実際、「ひざ痛なのに、筋トレして大丈夫?」と思う方が、かなりいますが、やった直後に「らくになった」という例が多く、私自身驚いています。
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こうして週1回、30秒のスクワットをきっちり行うと、1週間後には筋肉が強くなっています。そして、それを続けていくうちに、高齢者も、ひざが痛いと言っていた人も、皆みるみるパワーアップし、次第に痛みが取れていきます。
筋トレによって足がしっかりしてくるので、動き出しがよくなり、ふらつきも減ります。階段の上り下りがらくになり、つえなしで歩けるようになる人も珍しくありません。走れるようになる人もいるでしょう。
ひざ痛が解消するケースもありますし、ひざに水がたまっていた人の場合は、たまっていた水がなくなる、水がたまりにくくなるケースも見られます。
実例をご紹介しましょう。
Nさん(81歳・女性)は、もともとO脚なのに加え、家族の介護などの影響もあり、ひざの痛むことがよくありました。
特に右ひざが悪く、以前、整形外科で変形性ひざ関節症との診断を受け、定期的に通院していました。マッサージや電気を当てるといった治療を長く続けていましたが、そのときはらくになっても、また痛みが出ることのくり返しだったそうです。
私のところにいらしたのは、「しっかりとした運動を教えてもらいたい」というのが理由でした。2週間に1回のペースでスクワットなどの筋トレを行ったところ、痛みの出ることが少なくなり、水もたまらなくなってきたそうです。
以前は、歩くときに足元がおぼつかなくてふらつくことがありましたが、それもなくなりました。つえは念のため持ってはいますが、頼る機会はめったにないそうです。
ある程度痛くても、活発に動けるようになると、生活において、全般的に活動性が上がります。すると好循環が起こり、次第に痛みも減っていくのです。
ひざ痛に悩んでいる方だけでなく、全ての方にぜひ実践していただきたいと思っています。
週1スクワットのやり方
太もも前面の筋肉(大腿四頭筋)に、常に力が入っている状態で行うのがポイントです。力が抜けていると、効果が期待できません。
❶両手を胸の前でクロスさせ、つま先をやや外へ向けて、肩幅くらいの足の幅で立つ。ひざを少し曲げる。
※大腿四頭筋が緊張した状態でスタート。

❷足先と同じ方向にひざを向け、ゆっくりしゃがんでいく。できる範囲までひざを深く曲げたら、そこで止める。
※あまりひざを曲げ過ぎると、大腿四頭筋の力が抜けるので、その手前で止める。
※ひざを曲げたとき、かかとが浮かないようにする。

❸できるだけ速く、一気に立ち上がるが、ひざを伸ばし切る手前で止める。②~③をできなくなるまで行う。(10回が目安)
※5回もできないようなら、いすや手すりにつかまって行う。
※1~2週間に1回行えばOK。

10回以上らくにできるなら…
スクワットの回数は増やさず、ギリギリ10回行えるまで負荷を上げて、同じ回数を行う。家庭では、ペットボトル入りのリュックやトートバックを持って行うとよい。もし家にあれば、ダンベルを持って行っても。
※2Lのペットボトル1本で2kgになる。負荷を上げたければ、入れる本数を増やすが、重くても5本(10kg)までにとどめる。


この記事は『安心』2021年7月号に掲載されています。
www.makino-g.jp