解説者のプロフィール

渡辺淳也(わたなべ・あつや)
医療法人社団淳朋会変形性関節症センターセンター長、千葉大学大学院医学研究院整形外科学客員教授。1996年千葉大学医学部卒業。同大学医学部附属病院整形外科勤務などを経て、2005年同大学大学院医学研究院修了、同年医学博士。2014年千葉大学大学院医学研究院総合医科学講座特任准教授、東千葉メディカルセンター整形外科副部長を兼務。2016年東千葉メディカルセンターリハビリテーション科部長を経て、2021年より現職。日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会スポーツ認定医、日本整形外科学会リウマチ認定医、日本リハビリテーション学会臨床認定医現職。専門分野は膝関節外科学、スポーツ医学、画像診断学、リハビリテーション医学。
軟骨が減っていても炎症を抑えればよい
「立ち座りや階段の上り下りでひざが痛む」「歩くとひざが痛い」「ひざ痛のために正座できない」など、ひざの痛みに悩んでいる人は大勢います。
こうしたひざ痛の代表的な原因が「変形性ひざ関節症」です。
特に、40歳以上でひざが痛む場合、リウマチなど他の原因によるものもありますが、ほとんどは変形性ひざ関節症によるものと考えてよいでしょう。変形性ひざ関節症で痛みがある人は、人口の1割に及ぶという統計データもあります。
それほど多い変形性ひざ関節症ですが、原因や正しい治療法、予防法、セルフケアなどについては、意外と知られていないことや、誤解されていることが多く見られます。
変形性ひざ関節症についての正しい知識を持つことは、痛みを防いだり、軽減したりする第一歩です。そこで、変形性ひざ関節症の原因をはじめ、持っておきたい基礎知識を述べておきましょう。
ひざ痛が変形性ひざ関節症によるものだと診断されたとき、医師から、このように言われた人は少なくないでしょう。
「ひざ関節の軟骨がすり減り、骨と骨がぶつかっているから痛むんですよ。年のせいだから、仕方ないですね」と。
これは間違いではありませんが、現在ではもっと詳しいことがわかってきています。
多くの人は、年齢とともにひざ関節の軟骨が変性し、すり減ってきます。それは確かですが、軟骨の変性や減少自体で痛みが起こるわけではありません。軟骨自体には、神経はないからです。
なぜ痛みが起こるかというと、関節を包んでいる「滑膜」という膜が炎症を起こすからです。
軟骨がすり減ると、その破片が飛び散ります。その破片が滑膜を刺激し、炎症が起こることで痛みが生じるのです。ひざでクッション役をしている「半月板」も、同じようにすり減り、破片が炎症を招くことがあります。
炎症を放置していると、痛みが起こるだけでなく、その炎症自体が軟骨を壊します。それがさらに炎症を起こすという、悪循環に陥ることもあります。

痛みは軟骨ではなく、滑膜の炎症によるもの
このように言うと、「結局、『軟骨がすり減るから痛む』ことには変わりないのでは?」と思われるかもしれません。
しかし、直接的な痛みの原因は軟骨の減少ではなく、炎症にあるのですから、いろいろな方法で抑えたり、鎮めたりできます。決して、「軟骨がすり減っているから仕方ない」というわけではないのです。
しかも、軟骨が変性・減少する原因は、実は「加齢」以外にもいろいろあります。
その中には加齢と同じく、遺伝や、女性であることなど、避けられない要因も含まれます。その一方で、避けることが可能な、以下のような要因もあるのです。
●肥満
肥満がひざへの負担を増し、変形性ひざ関節症の悪化につながることは、従来から言われてきました。最近では、これに加えて、肥満している人の脂肪組織から、変形性ひざ関節症を進行させる物質が分泌されていることがわかってきています。
●運動不足
「ひざが痛むときは安静に」と心がけている人は多いでしょう。しかし、もちろん無理は禁物ですが、運動不足も悪化要因になります。
炎症が起こっているときは安静にし、それ以外は適度に運動するのが、変形性ひざ関節症を改善させるコツです。
適度な運動には、軟骨の重要な成分である「プロテオグリカン」の増加を促す効果もあります(詳しくは後述)。
●骨粗鬆症
最近、骨粗鬆症が進行すると、軟骨の変性が進みやすいことがわかってきました。
骨粗鬆症と変形性ひざ関節症は、どちらも閉経後の女性に起こりやすい病気ですが、これまで、両者がそれほど密接に関係するとは考えられていませんでした。しかし、最近の大規模な研究で、骨粗鬆症を抑制できれば、ひざ軟骨の変性を防げることが明らかになったのです。
逆に言えば、骨粗鬆症を放置して進行させてしまうと、それが変形性ひざ関節症の原因や悪化要因になります。
加齢 | 年齢とともにひざ関節の軟骨が変性し、すり減ってくるため。 |
遺伝 | 両親や祖父母に変形性ひざ関節症の人がいる場合、遺伝的にひざ関節の弱い人が多い。 |
女性 | 男性よりもひざ関節の軟骨が薄く、筋肉も少ないので、ひざ関節にかかる負担が大きくなる。また、閉経によって女性ホルモンが急激に減少することも影響する。 |
肥満 | ひざへの負担が増すだけでなく、脂肪組織から分泌される物質が、変形性ひざ関節症を進行させる。 |
運動不足 | 運動不足でひざを支える筋肉が弱ると、変形性ひざ関節症を起こしやすくなる。 |
骨粗鬆症 | 骨粗鬆症が進行すると、軟骨の変性も進みやすいことが、近年わかってきている。 |
ひざ関節を守る成分は自分で増やせる
現在では、心がけ次第で、避けたり改善したりできる以上のような要因が、変形性ひざ関節症の病状をかなり左右することがわかってきています。実際、これらにしっかり対処することで、ひざ痛を改善できるケースは多いのです。
それに関連して、ひざ軟骨に含まれる重要な成分である「プロテオグリカン」について、ここでご説明しておきましょう。
プロテオグリカンは、たんぱく質と糖の結合体(糖たんぱく)で、コラーゲンとともに、軟骨の成分として重要です。
プロテオグリカンは、たっぷり水を含む性質を持っており、軟骨の弾力を維持する役目を果たしています。
ひざ関節内は、関節液という液体で満たされていますが、そこから水分を引き寄せて保持するには、プロテオグリカンが欠かせません。さらに、ひざ関節を曲げ伸ばしすることで、プロテオグリカンがスポンジのような働きをして、軟骨に新しい関節液が引き込まれます。
ひざ軟骨には、水分だけでなく、栄養素も関節液から補給されています。プロテオグリカンが十分にあれば、常に栄養素が補給され、軟骨が健全に保たれやすいのです。
軟骨がすり減るときは、その基盤として、軟骨のプロテオグリカンが減っています。それによって軟骨の代謝が悪くなり、弾力が衰えていくのです。
しかし、プロテオグリカンは、一度減っても増やすことができます。そのためには、前述した適度な運動や、プロテオグリカンの材料になるたんぱく質の十分な補給などを心がけることが大切です。
肥満の改善や骨粗鬆症の対策などとともに、これらを心がければ、プロテオグリカンの増加を通じて、ひざ痛の軽減・解消を促すことができるのです。
近年、医療機関でのひざ痛の治療も進歩しています。以前は、飲み薬で痛みや炎症を止めるのが主要な治療でしたが、それはあまりよい方法ではないと言われ始めています。今は、薬を使うなら、直接ひざ関節に入れるのがよいとされています。
また、ここでも述べた通り、変形性ひざ関節症はいろいろな原因から起こることがわかってきたので、専門医は主要な原因をつきとめ、それに応じた治療をするようになってきています。
この他、ひざ痛が慢性化する人は、局所的な原因より、脳や神経との関わりが大きいことも、最近、学会などで注目されています。「痛みを脳に伝える機能」にうまくいかない部分があるという意味で、その治療法も出てきています。
まずは早めに専門医にかかって、きちんとした診断と、自分に合う治療を受けるようにしましょう。
それとともに、自分でできる対策もいろいろありますから、「年のせい」などと諦める前に、ぜひ心がけてみてください。