解説者のプロフィール

福田知雄(ふくだ・ともお)
埼玉医科大学総合医療センター皮膚科教授。1987年慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部皮膚科助手、杏林大学医学部皮膚科講師、東京医療センター皮膚科医長などを経て、2017年より現職。
体表面のほぼ全てが白癬菌のターゲット
日本人の5人に1人(約2500万人)が水虫(足白癬)、10人に1人が爪白癬と考えられています。カビ(真菌)が原因となって起こる病気のうち、最も身近なものと言えるでしょう。
白癬菌は、他の多くのカビと同じく、暖かくジメジメした多湿の場所を好みます。
昔は田植えの時期(5~6月)に増えたことから、田んぼの水にいる虫によって起こると考えられ、水虫や田虫と呼ばれたという説があります。
白癬菌は、角質を好んで繁殖するのが特徴です。角質というのは、皮膚の一番外側でかたくなり、皮膚のバリアとして働く硬いたんぱく質(ケラチン)のことで、アカになる直前の皮膚と考えればよいでしょう。
髪の毛やその他の体毛、爪の主成分もケラチンですから、ごく一部の粘膜部を除いた体表面のほぼ全てが、白癬菌のターゲットとなり得ます。
足白癬・爪白癬が9割を占めますが、しらくも(頭部白癬)、ぜにたむし(体部白癬)、いんきんたむし(股部白癬)なども、感染部位が異なるだけで、すべて同じ白癬菌による病気です。

症例画像提供/福田知雄先生
一般の方がお持ちの水虫のイメージは、足の指の間がジュクジュクしたり、水疱ができたりして、とにかくかゆいというものではないでしょうか。
しかし、実はかゆい水虫は半数以下で、角質増殖型の足白癬や爪白癬のように「かゆみのない(出にくい)水虫」の方がずっと多いことを、ぜひ知っておいてください。
特に爪白癬の初期は、爪が厚くなったり色が白く濁ったりするだけで、自覚症状がほとんどありません。

角質増殖型:皮膚がかたく厚くなり、ひび割れることもある。かゆみはあまりなく、単なる乾燥と間違いやすい。
小水疱型:小さな水疱ができ、皮がむける。かゆみが出ないこともある。
趾間型:足の指の間の皮がめくれたりジュクジュクしたりする。かゆみが強い。
鱗屑(りんせつ)(はがれた角質の小片)とともに環境中に散らばった白癬菌は、少なくとも数ヵ月、場合によっては1年以上も存在し続けることができます。
そのため、感染に気づかず、治療しないままだと、アカとしてはがれた皮膚や爪の破片とともに白癬菌をばらまいて、本人の体のさまざまなところに白癬菌を広げたり、人にうつしたりしてしまう恐れが非常に高いのです。
家族に足白癬・爪白癬の人がいる場合の感染リスクは、22倍にも上ります。
白癬を治療したのに再発したという経験をお持ちの方も多いのですが、ご自分の靴の中や靴下に残っていた鱗屑から、また感染しているケースもよく見られます。
靴下は裏返して、足に当たっていた面を重点的に洗濯してください。感染が片足だけの場合は、靴下やスリッパの左右を区別して、使い分けることも重要です。
靴は、1日はいたら2日は空けて、しっかりと乾燥させること。ときどきは靴の中にも掃除機をかけて鱗屑を吸い出すと、感染防止に有効です。
白癬菌が付着したとしても、感染するまでに健康な皮膚では最短でも24時間、傷のある皮膚では12時間かかります。
ですから、毎日必ずお風呂で洗い流すことが、最大の感染予防になります。ただし、シャワーのお湯をかけるだけでは足りません。しっかりと指でこすり落とす必要があります。
一方で、軽石やあかすりのようなものでこするのは、皮膚に微細な傷を作り、白癬菌が侵入しやすくなるので、NGです。
ペットも白癬菌に感染します。白癬菌を持ったペットにほおずりしたことで、顔や体に白癬ができることもあります。
炎症が強く、見た目が小型の白癬は、動物由来であることが多いので、その場合はペットが白癬にかかっていないか、確認することをお勧めします。

何かおかしいな、と感じたら、自己診断で市販薬を使用せず、皮膚科で必ず真菌検査を受けることが非常に大切です。
白癬と似た症状を起こす病気は他にも多数あり、熟練の皮膚科専門医であっても、見ただけで判断すれば3割は間違うといわれています。
白癬に対して、湿疹用のステロイド薬を塗ると、その部分の免疫力が下がるため、白癬菌の増殖に拍車がかかります。炎症がいったん収まったように見えた後で一気に悪化します。
湿疹に対して抗真菌薬を塗っても当然効きませんし、刺激で悪化させる場合もあります。
治療は、外用と内用の抗真菌剤で行います。
2014年に国内初の爪白癬用抗真菌外用薬、2018年には19年ぶりに抗真菌内服薬の新薬が登場するなど、薬剤の選択肢が広がったことから、2019年、10年ぶりに診療ガイドラインが改訂されました。
基本的に、外用薬では効果の出にくい爪と頭部の白癬は、内服薬での治療が選択されます。足や手、体、股部の白癬は、狭い範囲ならまず外用薬で治療してみて、効果が十分でなければ内服薬に切り替えます。
ただし、複数の部位に広がっていたり、塗りにくい箇所があったりする場合は、最初から内服薬が選択されることもあります。
治療で重要なのは、軽快したように感じた段階で、自己判断で薬の使用をやめたり、外用薬ぬる範囲を狭めたりしないことです。白癬菌を根絶しない限り、何度でもぶり返します。
爪白癬では、12週または6ヵ月間の内服後、きれいな爪に生え変わるまでに1年以上かかることも珍しくありません。
粘り強く治療に取り組んでいきましょう。
転倒や糖尿病の壊疽を起こすリスクが高まる
もう一つ重要なのが、足白癬や爪白癬の放置が、QOL(生活の質)や寿命にも影響を与える場合があるということです。
神戸大学の原田和弘准教授らの研究によると、爪の肥厚・変形がある人で、過去1年以内に転倒した経験がある人は26%。爪の肥厚・変形のない人の16%と比べて、明らかに高リスクになります。
高齢者が転倒をきっかけに、骨折からフレイル(介護予備軍)、そして寝たきりとなる事例は少なくありません。
また、特に糖尿病の患者さんは、「たかが水虫」と甘く見ず、足白癬・爪白癬をしっかり治療してください。
糖尿病の入院患者さんでは、足白癬が75%、爪白癬が50%と、非常に高率で見つかります。菌に対する抵抗力が下がって感染しやすくなる上に、神経障害や血液の循環障害で、異常に気づきにくく、傷も治りにくくなるためです。
そして、足白癬・爪白癬でできた小さな傷をきっかけに、蜂窩織炎(皮膚深部の炎症)を起こし、壊疽から足の切断へと至るリスクが高まります。
足切断に至った場合の予後は非常に悪く、1年以内に20%以上が亡くなりますから、足白癬・爪白癬を治す意義は大きいのです。

この記事は『安心』2021年7月号に掲載されています。
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