解説者のプロフィール

谷口正実(たにぐち・まさみ)
湘南鎌倉総合病院 免疫・アレルギーセンター長。1981年浜松医科大学卒業。1987年同大学大学院修了。医学博士。藤枝市立病院呼吸器内科、米国バンダービルト大学肺研究センター研究員などを経て、アレルギー疾患対策基本法における国の中心拠点病院である国立相模原病院で、アレルギー科医長、喘息研究室長、同病院臨床研究センターでセンター長を歴任。2020年より湘南鎌倉総合病院免疫・アレルギーセンター長、今年4月より現職を兼務。順天堂大学連携大学院客員教授、国立病院機構相模原病院臨床研究センター客員研究部長などを兼任。難治性ぜんそく、真菌ぜんそくなどの臨床・研究を牽引する。
▼湘南鎌倉総合病院 免疫・アレルギーセンター(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
水回りよりホコリ内のカビが大問題
湿度と温度が上昇する初夏、
・久々に冷房をかけたら、急にのどがいがらっぽくなり、セキが止まらなくなってしまった。
・特に発熱はないが、セキだけが長期間治まらない。
・あまりにセキが続くので受診したが、原因はよくわからなかった。
こんな症状があったら、その原因は、カビ(真菌)かもしれません。
カビというと、お風呂場やトイレ、台所など、水回りのジメジメとしている場所に生えるものだと思っている人が多いのですが、実はリビングや寝室などの居住空間にも、たくさんのカビがホコリの中に潜んで、空気中を漂っています。
そして、実はこちらのホコリの中のカビの方が、問題が大きいのです。
水回りのカビとホコリのカビは、その性質が大きく異なります。水回りのカビは、湿度90%くらいの多湿の環境に生えます。
よく知られているのが、「トリコスポロン」というカビです。夏型過敏性肺炎の原因となりますが、実際に肺炎を起こす頻度はそれほど高くありません。
ぜんそくや鼻炎の原因になることはありますが、それほど毒性は強くなく、水回りであまり長時間過ごすことはないので、その害は受けにくいと言っていいでしょう。
一方、ホコリのカビは、それほど湿気が多くなくても生きていけます。しかも、長時間過ごすリビングや寝室の中を漂っており、目に見えないので、どうしても吸い込む機会が多くなってしまいます。
ちなみに、ホコリカビで代表的なのが、「アスペルギルス」という種類のカビ。アスペルギルス属のカビは300種類くらいあり、毒性のないものから強いものまでさまざまです。
例えば、酒やしょうゆ、みそなどの発酵で活躍するコウジカビ(アスペルギルス・オリゼー)もアスペルギルス属のカビの一つ。ただし、アスペルギルス・オリゼーに毒性はないので、怖がる必要はありません。
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一方で、強い毒性も持つアスペルギルス属のカビの代表格が、「アスペルギルス・フミガタス」です。
呼吸によってこのカビの胞子やカビが作り出した毒素を吸い込むと、その刺激で気管が荒れ、セキが出やすくなります。
胞子などの異物が多ければアレルギーを起こし、気管支炎や肺炎(アレルギー性気管支肺アスペルギルス症)を引き起こすことがあります。
特にぜんそくや肺疾患を患っている人や、ヘビースモーカーの人は、気管が弱くなっていてアレルギーが起こりやすいので気をつけてください。
さらには、このカビが出す酵素(化学反応を促進する物質)は、たんぱく質を分解する働きがあるため、肺などの組織を破壊して、呼吸不全につながるおそれもあります。
また稀ですが、白血病の抗がん剤治療中などで、免疫力が極端に落ちたような状態だと、カビが肺の奥まで侵入し、増殖する場合もあります。
つまり、カビの胞子によるアレルギー反応、カビが作り出す酵素や毒素による炎症、カビそのものの増殖による発症が組み合わさって、症状が起こるということです。
実のところ、治療で一番難しいのが、カビによる(アレルギー以外の)炎症です。というのも、血液検査に異常として出てこないため、カビが原因かどうか、診断自体が非常に難しいのです。
北側の部屋から南側の部屋に寝室を替える、くまなく大掃除をする、1~2週間旅行に出かけるなど、環境を変えてもらって症状に改善の兆しがあれば、住居のカビが原因だと診断できます。
部屋の湿度が50~60%を超えないように保つ
現代の家は気密性が高く、冬でも暖かくて、快適な住まいが多くなりました。しかし、これは人間だけでなく、カビにとっても快適な環境です。2~3割の家には、有害なアスペルギルス・フミガタスが存在していると考えられます。
長引くセキなどの原因がカビだとわかった場合、一番いいのは部屋を替えることです。
湿気の多い一軒家の1階の北側の寝室から、湿気の少ない2階の南側の部屋に移っただけで、症状が大きく改善するケースはよく見られます。
部屋替えが難しい場合、まず行っていただきたいのが、エアコン内部のカビ掃除です。
エアコンはその機構上、内部はまさに「カビの温床」になっています。その大量のカビが、エアコンのスイッチを入れたとたん、冷風とともに部屋中にまき散らされて、アレルギーを引き起こします。
とはいえ、酷暑の夏にエアコンを使わないで過ごすのは、非現実的です。
できればエアコンを使い始める前には、徹底的にエアコンを掃除したいところ。エアコンの内部のカビまで掃除するのは、専門業者でなければ困難ですが、症状が出ている方はぜひ実行してください。
加えて、湿度が高くなる時期は除湿機を使い、部屋の湿度が50~60%を超えないように保つと、カビの抑制にある程度の効果が見込めます。エアコンの除湿機能は、過信しない方がよいでしょう。

冬によく使われる加湿器も、エアコン同様「カビ噴霧器」になりやすいので、要注意です。
超音波式の加湿器がカビの温床になりやすいのは知られるようになってきましたが、スチーム(加熱)式でも油断は禁物です。私はカビのリスクが怖いので、加湿器は一切使いません。
使う場合も、漫然と加湿するのではなく、家族内にインフルエンザの発症者が出たときにスポット的に使うなど工夫し、湿度が50~60%を超えないよう、こまめに調節してください。
空気清浄機は、部屋の中を漂うカビの除去に効果があるかという質問も、よく受けます。
空気清浄機を使うこと自体にデメリットはありませんが、残念ながら、空気清浄機を使ったおかげで症状が改善したという十分なエビデンス(証拠)はありません。
枕と枕カバー、観葉植物、水槽にも注意
カビによる健康被害を受けないためには、環境対策が第一です。まずは、カビが好んで生えるような場所をチェックし、棲息しづらい環境に改善しましょう。
ちなみに、皆さんがよくホコリっぽいにおいだといっているのは、カビのにおいです。
風通しが悪くて湿気が多い部屋のカーペットやじゅうたんには、多くの場合、ホコリカビが棲息しています。離れた場所の窓を開けて部屋の通気をよくし、よく掃除をしてください。
ただし、その際に用いる掃除機も要注意です。掃除機の中もカビが増殖しやすい場所です。
きれいなフィルターでなければ、せっかく掃除しても、かえって排気とともにカビをまき散らすことになりかねません。まずは、掃除機内をきれいにしてください。
また、ベッド周りもカビが生えやすい場所です。
特に注意したいのが、枕です。カビは人の体温程度の温度を好みますし、呼気で湿度も十分。フケやアカなどが栄養源になるため、非常にカビが増えやすい環境です。
鼻や口に近くて、カビを吸い込みやすい場所でもあるので、枕はひんぱんに干したり、カバーを洗ったりしましょう。
夜、マスクをしたまま寝る習慣がある人もいますが、マスクは枕以上に温度と湿度がこもりやすく、鼻や口に近いので、さらに気をつける必要があります。
寝汗で湿気を帯びた布団やマットレスも、干したり上げたりなどの管理を怠らないようにしましょう。
カビが好む土と水を、部屋の中に置かないこともポイントです。
インテリアとして、観葉植物の鉢や熱帯魚の水槽などを置いている方もいるでしょうが、少なくとも症状が出ている人が長時間過ごす部屋からは、移動させることをお勧めします。
いっそ引っ越しを検討する場合に盲点となりやすいのが、新築マンションです。
コンクリートの湿気が抜けるまでに2~3年かかるので、実は新築はカビが生えやすい環境です。地面に近い1階は、その分湿気が多いため、なるべく3階以上の上方階を選択することをお勧めします。

この記事は『安心』2021年7月号に掲載されています。
www.makino-g.jp