解説者のプロフィール

竹内東太郎(たけうち・とうたろう)
埼玉成恵会病院健康管理センター長。1976年日本大学大学院医学研究科博士課程・外科系脳神経学専攻にて博士号を取得後、日本大学医学部脳神経外科学教室に入局。以後、駿河台日本大学病院脳神経外科医局長、東松山市立市民病院脳神経外科部長、南東北医療センター院長、行田総合病院病院長などを歴任。
▼埼玉成恵会病院(公式サイト)
認知症テストの点数が大幅アップ
長年、認知症の研究や治療に当たってきた立場から、はっきりと言えることがあります。
認知症を予防したり、改善したりするには、「脳の血流を高めること」がなによりも重要です。
そのために私が考案・指導しているのが、「OK指体操」です。(やり方は下項)。
比較的軽症の認知症患者さん48名にOK指体操を毎日行ってもらい、認知症の程度を調べるテスト(MMSE)の点数がどう変化するかを調べました。その結果、テストの平均点が16.2点から20.4点と、4点以上もアップしたのです。
テストは30点満点で、21点以下が「認知症の疑いが強い」と診断されます。すでに認知症と診断されている患者さんが1年後に4点アップするのは、すごい効果だと言えます。
では、なぜ脳の血流が重要なのかをご説明しましょう。
認知症を引き起こす病気にはさまざまなものがありますが、大別すると「脳変性性認知症」と「脳血管性認知症」が2大認知症と呼ばれ、両者で認知症全体の約75%を占めます。
脳変性性認知症とは、脳の神経細胞が変性した結果、脳の機能が低下していくもので、「アルツハイマー病」「レビー小体型認知症」などが代表的です。
一方の脳血管性認知症とは、脳梗塞(脳の血管が詰まる病気)や脳出血など、いわゆる脳卒中の後遺症や、加齢による血管の硬化(動脈硬化)が原因となって起こるものです。
これらは、いずれも脳の血流が悪くなることがきっかけで起こります。
人体を構成する細胞は、血液によって栄養と酸素を供給されて生きています。脳の神経細胞も同様ですが、使われる栄養は血液中のブドウ糖だけと、他の細胞のように脂肪やたんぱく質は使われません。脳に有害物質を入り込ませないフィルターの「血液脳関門」があるためです。
実際、全身で使われるブドウ糖の25%は脳が消費しています。脳は体重の2%程度の重さに過ぎませんが、それほど多くのエネルギーを必要としているわけです。
また、脳内の神経伝達物質(情報を伝達する化学物質)は、神経細胞の中にあるミトコンドリアで合成されます。そのため、脳のほんの一部でも血流が滞ったり、遮断されたりすると、その影響は大きく、神経細胞の働きが低下してしまいます。
それが認知症へとつながっていくのです。
神経の迂回路ができ脳機能が回復する
脳の神経細胞を健康に保つには、血流が重要であるのは、言うまでもないでしょう。そして、脳の血流をよくすれば、認知症を「予防できる」だけではなく、「改善する」効果も期待できます。
一般に、脳の神経細胞は再生しないと考えられているので、「神経細胞が死滅して認知症になったのなら、血流をいくら増やしても効果がないのでは?」と思われるかもしれません。
けれど、人体には「代償作用」という働きがあります。これは、体のどこかがダメになっても、他が代わりをする働きのことです。
神経細胞は情報(電気信号)をやりとりするために、「手」のような器官(樹状突起)を伸ばして互いに結びつき、巨大なネットワークを作っています。その一部がダメージを受けて、情報をやりとりできなくなると、脳の機能に異常が生じてきます。「事故が起こって渋滞や通行止めになった状態」と考えてください。
ですが、他に迂回路を作れば、再び情報を伝えられるようになり、脳機能も回復します。実は、神経細胞はどこからでも樹状突起を伸ばし、新しい結びつきを作ることができます。
ただし、この代償機能が発揮されるには、ダメージを受けた神経細胞の周囲を刺激し、血流をよくする必要があります。そのために有効なのが、手足の指を動かすことなのです。
脳は、領域ごとに異なる機能を担当しています。体の各部位の動きや感覚が脳のどの領域とつながっているかは、ほぼ解明されていて、中でも手足の指の動きや感覚には、とりわけ広い領域が使われています。
OK指体操は難しい動作ではありませんが、音楽に合わせて手足を動かすことで、聴力と記憶をつかさどる側頭葉、思考・判断をつかさどる前頭葉の反応が活発になり、脳の半分以上の領域が使われるとわかっています。
実際に測定すると、OK指体操を行った後、脳の血流量が格段に増加すると判明しています。しかも、継続することで、普段の血流量も増すのです。
一例を挙げましょう。74歳の女性Aさんは、体操を始める前の平均脳血流量が33.1mg/100g/分 (*成人の基準値は40~50)で、MMSEテストの点数は14点でした。
OK指体操を続けて1年後、平均脳血流量は39.7、テストの点数は20点と大幅に改善したのです。認知症が心配な方は、ぜひOK指体操を始めてください。

左右と中心部の色が明るいところの血流が上がっている。