緑内障の手術は、視神経の障害と視野の欠損が進まないようにするのが目的です。手術をしても、視野が元に戻るわけではありません。それだけでなく、術後に視力の悪化や目の不調が生じることがよくあります。【解説】平松類(二本松眼科病院副院長)

解説者のプロフィール

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平松類(ひらまつ・るい)

二本松眼科病院副院長。2018年より現職。YouTube「平松類チャンネル」にても緑内障情報を発信。テレビラジオ等出演多数。トラベクトーム(緑内障手術の一つ)指導医。著書多数。
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治すための手術ではなく進行を止める手術

「そろそろ手術を検討しましょうか」緑内障の治療を続けるうち、どこかの段階で医師からそう言われることがあります。そのとき、言われるままに手術を受けるのは考えものです。

なぜなら、緑内障の手術には、他の目の病気の手術と違う特殊な事情がいくつかあるからです。それらのことを知り、よく検討してから受けたほうが、後悔や悩みを抱えなくて済むことが多いのです。

本来、事前に医師からじっくり説明するのが理想です。しかし、緑内障の手術を行える医師が少ないこともあり、忙しさなどから、なかなか十分にはお話しできないのが現状です。

ですから、現在、手術を検討している場合はもちろん、そうでない場合も、万が一に備えて手術に関する知識を持っていただきたいのです。

まずは、緑内障について、簡単にお話ししましょう。

緑内障は、眼圧が高いために視神経が障害され、視野が欠けていく(見える範囲が狭くなっていく)病気です。眼圧とは、文字通り眼球内の圧力のことです。眼圧が高いほど、その圧によって目は硬くなります。

眼圧をコントロールしているのは、房水という液体です。房水は、水晶体の周囲にある毛様体で作られ、水晶体と角膜の間を流れて、その隅にある隅角という部分から目の外に排出されます。

隅角には、シュレム管という房水の排水路があり、そこにはふたをするように線維柱帯というフィルターがあります。房水は、その網目を通って排出されるのです。

画像: 房水は線維柱帯を通って排出される。

房水は線維柱帯を通って排出される。

房水の分泌量と排出量が同じなら、眼圧は一定に保たれます。しかし、線維柱帯の網目が目詰まりを起こしたり、隅角が狭窄を起こしたりすると、房水が増えて眼圧が上がります。その結果、緑内障が発症・進行します。

現状では、欠けた視野を元に戻す治療法はなく、眼圧を下げることが治療の中心になります。まず、眼圧を下げる点眼薬(目薬)を使いますが、点眼薬で眼圧が下がらなかったり、視野の欠損が進んだりした場合に、手術が検討されます。

「手術」と聞くと、「受ければ治る」と思うかもしれません。しかし、緑内障の場合は、治す手術ではなく、「進行を止める」ための手術です。

例えば、白内障は、目のレンズである水晶体が、白く濁って視界がかすむ病気ですが、手術で人工レンズに代えると、クリアに見えるようになります。つまり、治す手術といえます。他の多くの目の病気の手術も、治すことや、症状を解消や軽減することが目的です。

視力の低下やドライアイ乱視を生じることもある

対して緑内障の手術は、眼圧を下げて、視神経の障害と視野の欠損が進まないようにするのが目的です。手術をしても、視野が元に戻るわけではありません。

それだけでなく、術後に視力の悪化や目の不調が生じることがよくあります。

例えば、1.0の視力が0.3まで低下したり、目にゴロゴロした違和感が生じたり、乱視やドライアイになったり、疲れ目がひどくなったりする場合があります。

緑内障の手術では、房水の流れをよくして眼圧を下げるために、眼球内の組織の一部を切開したり、小さなチューブをはめ込んだりします。こうした処置により、目にはダメージが加わるため、術後は目の調子が悪くなる人が多いのです。

さらに、十分に眼圧が下がらなかったり、効果が持続しなかったりすると、再手術が検討されることもあります。手術で眼圧が下がっても、それが5年間続くのは7割ほどの確率で、再手術が必要になることも少なくありません。

視野の欠損は治らない上、目の調子が悪くなり、場合によっては再手術まで必要になるため、「何のために手術したのだろう」と、後悔したり、疑心暗鬼になったり、落ち込んだりする方もいます。

しかし、もし手術を受けずに進行すれば、将来は失明する危険が高くなります。だから手術が必要なのです。

このほか、手術の方法によっては、コンタクトレンズが装用できなくなるなど、生活上の制限が生じる場合もあります。

術後に起こりうる生活上の制限についても、事前に知っておき、ライフスタイルに応じて、希望に合う手術方法を選びましょう(下項参照)。

緑内障の手術は、従来は入院が必要な方式しかありませんでしたが、最近は、眼圧の下がり幅は少ないものの、日帰りのできる手術も登場しています。

中には、白内障手術のときに、同時にできるものもあります。こうした選択肢があるということも、緑内障の手術を受ける前に、ぜひ知っておきたいものです。

次項では、具体的な緑内障手術の種類と、それぞれの特徴についてお話ししましょう。

眼圧は大きく下がるが術後の制限も大きい

緑内障の手術には、さまざまな種類があります。特に最近は種類が増え、患者さんのニーズや希望に合わせやすくなっています。主な手術の種類と特徴を挙げてみましょう。

トラベクレクトミー(線維柱帯切除術)

昔から行われている標準的な方法で、今ある手術の中で、最も高い効果が得られます。

緑内障で眼圧が高くなるのは、目の中(水晶体と角膜の間)を流れている房水が多くなるためです。その原因は、ほとんどの場合、房水の出口でフィルター役をしている線維柱帯が目詰まりを起こすことです。

そこで、目詰まりした線維柱帯と白目(強膜・結膜)の一部を切除し、新たな房水の経路を作るのがこの手術法です。

目の上部の切開部に小さな水たまり(「ブレブ」といいます)を作り、そこに房水が流れ込むようにします。白目は二重の膜でできており、いったん切開して外の膜を縫合すれば、ブレブが作れるのです。そこにたまった房水は、ジワジワと静脈に吸収されます。

画像: 目詰まりした線維柱帯と白目の一部を切除し、新たな水の流れを作り出す。あわせて、虹彩にも切れ目を入れ、房水の流れに近道を作り、排水力を高める手術。

目詰まりした線維柱帯と白目の一部を切除し、新たな水の流れを作り出す。あわせて、虹彩にも切れ目を入れ、房水の流れに近道を作り、排水力を高める手術。

下げようと思えば、いくらでも眼圧を下げられるのが、この手術法のメリットです(実際には、下げ過ぎると眼球が動かなくなるので、その人にとっての適切な眼圧まで下げます)。

合併症としては、眼圧の下がり過ぎによって眼球がへこんでしまったり、感染症、乱視、視力低下や目の中の異物感などを招いたりする場合があります。

また、術後は、コンタクトレンズの装着ができなくなりますし、感染防止のため、海など感染しやすい場所に気を付けるように言われます。海遊びが趣味の人には、大きなデメリットになるでしょう。

感染リスクを下げる必要があるケースや、トラベクレクトミーでは効果が低い場合は、次の術式が候補に挙がります。

バルベルトインプラント

これは、切開部から目の奥の方まで長いチューブを通し、房水を目の奥に流す方法です。

画像: シリコンチューブと、眼球の外側の眼筋の間に取り付けるプレートから成り、目の中に挿入したチューブを通して房水を眼球の外に出すことで眼圧を下げる。

シリコンチューブと、眼球の外側の眼筋の間に取り付けるプレートから成り、目の中に挿入したチューブを通して房水を眼球の外に出すことで眼圧を下げる。

コンタクトレンズの装着や海に入ることが可能になりますが、トラベクレクトミーよりも侵襲(体への負担)の大きな手術です。そうしたデメリットと、ご自分の希望とを見合わせて検討する必要があります。

ここまでに述べた二つは、入院を必要とする比較的大きな手術です。その分、眼圧を大きく下げることも可能です。

体の負担も少ない日帰り手術も登場

MIGS(低侵襲緑内障手術)

それに対し、最近は、侵襲が小さく、日帰りでも受けられる、MIGS(低侵襲緑内障手術)というやり方が普及し始めています。これは単独の手術名ではなく、短時間でできて負担が少ない手術の総称です。

その代表例は、「トラベクトーム」という手術で、線維柱帯を電気メスで切開し、房水の流れをよくするものです。角膜の小さな切開部から電気メスを挿入して行うため、出血が少なく、日帰り手術が可能です。

画像: トラベクトームは「MIGS」の一種。線維柱帯を電気メスで切開し、房水の流れをよくする。出血が少なく、日帰り手術が可能。眼圧の下げ幅は中程度。

トラベクトームは「MIGS」の一種。線維柱帯を電気メスで切開し、房水の流れをよくする。出血が少なく、日帰り手術が可能。眼圧の下げ幅は中程度。

デメリットは、行える医師や施設が多くないことと、眼圧の下げ幅が中程度にとどまることです。しかし、侵襲が小さいので、「ひとまずここまで下げておこう」という使い方も可能です。

以前の緑内障治療は、薬が効かなければ、大きな手術を受けることになりがちでした。

その中間にレーザー治療(線維柱帯に詰まったゴミをレーザーで焼いて房水の流れをよくする方法)がありますが、眼圧の下がり幅はわずかで、不十分な場合も多いという欠点がありました。今は、レーザー治療と大きな手術の中間的な治療法として、MIGSが活用され始めています。

さらに、最近は、MIGSの一種である「アイステントインジェクトW」という手術法が注目されています。

これは、2020年秋に登場した新しい治療法で、線維柱帯にゴマ粒より小さな筒状の器具を2つ入れ、房水の流れをよくする方法です。眼圧の下げ幅は中程度ですが、筒状の器具を入れるので、房水の通路がふさがりにくい(再手術が必要になりにくい)のが長所です。

この手術は、一定の条件のもとで、白内障手術と同時に受ける場合のみ、健康保険が適用されます。一方、自費診療の場合、最低40〜50万円がかかります。ですから、白内障の手術を受ける場合は、事前に主治医に相談するとよいでしょう。

なお、手術法の選択には、患者さんの眼圧も大きく関係します。

緑内障の手術は、行っている医療機関自体がそれほど多くありません。希望する手術があるときは、インターネットなどで調べたり、主治医に相談したりしてみましょう。できるだけ手術件数や、手術の種類を多く行っている医療機関を選ぶとよいでしょう。

画像: この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。

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