正常眼圧緑内障は、視神経の老化現象が進んで脆弱になっていることと、低血圧で血流が目や脳に届きにくいことが原因で起こっている「神経の病気」と考えられるため、眼圧を抑える高眼圧緑内障の治療法が効果を示しにくいのです。【解説】岡部哲郎(岡部漢方内科院長)

解説者のプロフィール

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岡部哲郎(おかべ・てつろう)

岡部漢方内科院長。1973年東京大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科特任教授を経て現職。現在は西洋医学をベースに、中国伝統医学による自由診療を行う傍ら、海外の医学会で多数論文を発表し、中医学の中医学の啓蒙活動に取り組む。
▼岡部漢方内科(公式サイト)

正常眼圧緑内障は眼圧を下げても効果なし

一般的に緑内障は、「眼圧が高過ぎるために視神経が障害され、視野が欠ける病気」と定義されています。これは、高眼圧緑内障に関しては正しいのでしょうが、正常眼圧緑内障には当てはまりません。

眼科の標準的な治療では、眼圧の上昇を抑える点眼薬や眼圧を下げる手術といった、高眼圧緑内障の治療法を正常眼圧緑内障にも行っています。

しかし、こうした治療法は、正常眼圧緑内障に対してはあまり効果をもたらしません。そのことは、すでに米国の研究によって明らかにされています。

高眼圧緑内障に対する治療法が、正常眼圧緑内障に対して高い効果を示しにくいのは、この二つは同じ緑内障という病気としてひとくくりにできないほど、原因が大きく違っているからです。

その違いを簡単に言うなら、高眼圧緑内障は、眼圧が高いことから起こる「目の病気」。

それに対し、正常眼圧緑内障は、視神経の脆弱性(弱いこと)から起こる「神経の病気」といえます。

米国で正常眼圧緑内障の患者さんたちを調べていくと、60歳以上の高齢者が多く、かつ低血圧の人が多いことがわかりました。

この結果から、視神経の老化現象が進んで脆弱になっていることと、低血圧で血流が目や脳に届きにくいことが原因で、正常眼圧緑内障が起こっていると考えられます。

日本の場合は、40歳以降から正常眼圧緑内障の患者さんが増えており、老化以外の要因がより大きく関わっていると考えられます。その要因として最も大きいのが「血流不足」です。

血液中には、生体活動に欠かせない酸素と、エネルギー源になるブドウ糖、その他の栄養素が含まれています。

当然、視神経の働きも、血液中の酸素や栄養素によって支えられています。その血液が十分に届かないことから、視神経が脆弱化して起こるのが、正常眼圧緑内障なのです。

瀕死の視神経を救う治療で視野が回復

当院では、正常眼圧緑内障の患者さんたちに、漢方治療を行い、高い効果を上げています。

症例を紹介しましょう。下図は、視野が回復した二例です。

漢方治療前後での視野変化
視野の欠け具合を数値化したものがMD値。0dBが正常で、視野が全くなくなると-30dB。
*色の濃い部分が視野の狭窄部。

画像: 【正常眼圧緑内障の治療】老化や血流不足によって弱った視神経の回復がカギ  食事や生活習慣にも要注意

上段は、正常眼圧緑内障の50代の女性の症例です。眼圧が15〜18㎜Hg(基準値は10〜21㎜Hg)で、眼科では、眼圧を下げる手術を勧められていました。しかし、正常範囲の眼圧を、手術でさらに下げることに疑問を感じ、漢方治療を求めて来院されたのです。

約1年間の漢方治療の結果、眼圧はそのままでしたが、MD値(視野の欠損状態を示す数値)が21%改善しました。このため、眼科での手術は中止。その後、もう1年、漢方治療を続けた結果、治療前に比べてMD値は48%改善したのです。

通常の緑内障治療は、視野が欠けていくスピードをいかに遅くして、失明を遅らせることができるかというところに目標を置いています。それを考えると、視野を欠けないようにするだけでなく、欠けた視野を改善させる治療の革新性がわかるでしょう。

もちろんこれは、お一人だけの改善ではありません。下のグラフをご覧ください。

これは、眼圧が15〜20㎜Hgの正常眼圧緑内障の患者さんに、24〜32種類の生薬(漢方薬の原料となる天然物)をブレンドした煎じ薬を処方し、3ヵ月〜1年間治療したときの、MD値の記録です。

画像: 瀕死の視神経を救う治療で視野が回復

MD値が、少ない人でも10%程度、効果の高かった患者さんでは20〜40%、非常にうまくいった例では視野の正常化も含め、50%以上の改善も見られました。眼圧はそのままでしたが、3ヵ月、6ヵ月、1年後の視野検査で、ほぼ全員の視野が改善しています。

改善しなかったのは、治療開始時点で、失明してからすでに長期間が経過していた方、お一人だけです。

視野が欠けていても完全に死んではいない

一般に、緑内障で欠けた視野は戻らないとされています。しかし、視神経が障害されて正常に働けなくなり、視野が欠けた時点でも、完全に死んでいるとは限らないことがわかってきました。

確かに、完全に死滅した視神経を生き返らせることはできません。残念ながら改善が見られなかった方の視神経は、完全に死んでしまった状態だったのでしょう。

しかし、視神経がいわば「瀕死」の状態になり、機能を果たす力がなくなってからも、死滅するまでには一定の猶予期間があると考えられます。

その猶予の間に、原因に即した適切な治療を行えば、瀕死状態の視神経を救うことができ、その分の視野は回復できるのです。

その瀕死の期間は、眼科の専門医によると、通常、2〜4年程度とのこと。すなわち、適切な漢方治療を行えば、視野の狭窄は、平均で3年前、うまくいけば4年前の状態にまで戻せるということです。

どの程度の視野が戻るのかは、治療をしてみなければわかりません。しかし、少なくとも悪化した例はありません。

体質や食事、生活習慣が血流に影響

正常眼圧緑内障の根本にある血流不足の原因は、人によってさまざまです。

低血圧のほか、体質や食事、生活習慣などから、血流量そのものが少なくなっている場合もあれば、逆に血液が多く濃く、ドロドロになり、血流が悪くなっている場合もあります。

他にも、視神経のむくみで血流が悪くなっている場合や、脱水傾向によって、視神経に十分な水分や血液が補給されていない場合もあります。

ストレスによって交感神経(緊張時に傾く自律神経)が興奮状態になり、それが長年続いたために視神経がオーバーワークになって脆弱化している場合もあります。

また、緑内障と生活習慣に関して、最近、印象深いことがありました。

マラソンなど、長時間の有酸素運動と、糖質制限を習慣にしている緑内障の患者さんが立て続けに来院されたのです。

糖質制限をして有酸素運動をすると、体内の糖質は激減します。

神経細胞は、ブドウ糖を酸化させて活動エネルギーにしています。有酸素運動と糖質制限の併用は、自動車にガソリンを入れずにアクセルを踏むようなもので、特に視神経を含む神経細胞はダメージを受けます。

ですから、有酸素運動は長くて30~40分まで。運動の前後には、必ず糖質を含む食事をとってください。

私の治療は、詳細な問診と、脈診や舌診など漢方的な手法で、臓器ごとの状態や血流の状態を判断し、その結果に基づいて、血流不足の原因を取り除くための、漢方処方を決めていきます。薬も市販の製剤(エキス剤)ではなく、一人一人に合わせたオーダーメイドの処方で、煎じ薬の形で出します。

この辺りの、原因の正確な把握と的確な処方、生薬の質の見極めが難しく、今のところ、この治療を行える医師が他にいないのが現状です。

しかし、適切な治療を行えば、視神経を救えることを、ぜひ覚えておいてください。

画像: この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。

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