解説者のプロフィール

田中勝(たなか・まさる)
田中鍼灸指圧治療院院長。1948年北海道出身。鍼・灸・あんまマッサージ指圧師。治療にとどまらず、鍼温灸や経絡あんま、関節運動法講習会を開催するなど、精力的に活動している。DVD『よくある症状への手技療法』(医道の日本社)が好評発売中。
▼田中鍼灸指圧治療院(公式サイト)
腎臓の衰えは全身の衰えを招く
日本では近年、慢性腎臓病が増えており、背景には、高齢化や生活習慣病の増加などがあるとみられています。
もちろん、これらも重要な原因ですが、中医学(東洋医学)では、また別の視点から腎臓病を捉えることができます。
中医学でいう腎(腎臓)は、生まれ持った気(生命エネルギー)が宿るところで、他の臓器全てをコントロールする、非常に重要な臓器とされています。
現代医学では、心臓や脳が働かなくなったときに死が訪れますが、中医学では、腎の気が尽きたときが死と考えます。それほど、腎は重要な臓器なのです。
加齢とともに腎が少しずつ弱っていくのは、自然の摂理でもあります。しかし、現代人は、それを加速させることを多く行っています。
第一に、食事の問題です。塩分のとり過ぎが腎臓に悪いことは、現代医学や栄養学でも知られています。中医学では「塩辛い味は適量であれば腎を養う。量が過ぎれば腎を弱らせる」といわれ、適量の塩分は必要だが、とり過ぎは腎によくないとされます。
現状では、ほとんどの人が塩分をとり過ぎています。最近は、漬物や塩蔵品より、ポテトチップスなどのスナック類で、油と一緒に塩分をとることが増えています。油でマイルドな味になり、気づかずに濃い塩分をとりがちなので要注意です。
塩分以外に、腎を弱らせる食品として重要なのが、白砂糖、牛乳、乳製品、牛肉などです。
これらは、中医学の理論でいうと、五臓(中医学でいう身体の働きの分類。肝・心・脾・肺・腎の五つに分けられる)のうちの「脾」に深く関係する食品で、腎に悪影響を与えます。実際、日頃の治療でも、これらの過剰摂取により、腎が弱っている患者さんを多く見ます。
「冷え」も腎を弱らせる要因になります。冬季の寒さだけでなく、夏のクーラーも腎の弱りを招きます。入浴時にシャワーだけで済ませることも、腎によくありません。浴槽でじっくり温まってください。
筋肉をしっかり使う機会が少ないことも、腎の弱りにつながります。運動不足も腎の弱りを招くことを知っておき、適度に体を動かすようにしましょう。
「痛い」「心地いい」と感じるツボを押し続ける
こうした要因から、多くの現代人が腎を弱らせています。その結果、すぐに腎臓病までにはならなくとも、腎の弱りによる諸症状を起こしている人が大勢います。代表的なのは、以下のような症状です。
●慢性腰痛、座骨神経痛、ひざ痛、かかとの痛み、後頭部のこりや痛み、睡眠中にふくらはぎの内側がつるなど。
●尿量が少ない、頻尿、足がむくむ、男性は精力減退、女性は生理痛や更年期の不調など婦人科系の症状。
●血圧が高過ぎる、低過ぎる。
●疲れ目の悪化、それによる目頭の痛み、耳鳴り、難聴など。
こうした症状に心当たりがあるときは、先に挙げた生活上の要因をできるだけ排除するとともに、腎を強化するツボを刺激するとよいでしょう。
特にお勧めなのは、背中にある腎兪(じんゆ)、志室(ししつ)というツボ、さらに足にある照海(しょうかい)、太渓(たいけい)、築賓(ちくひん)というツボです。
照海・太渓・築賓は、腎経という経絡(生命エネルギーである気の通り道)のツボです。これらを刺激すると腎経の通りがよくなり、腎を強化できます。腎兪と志室は、腎経と深く関係する膀胱経のツボで、やはり腎の強化に効果的です。
これらのツボを習慣的に刺激すれば、先に挙げた症状の改善に役立つ上、腎臓病の発症や悪化を防ぐのにも役立ちます。
背中のツボは、自分では押しにくいので、あおむけに寝てテニスボールで刺激するとよいでしょう。足のツボは、じっくり1分ほど押し続ける(持続圧)と、高い効果が得られます。
当院でも、腎の弱った患者さんには、これらのツボを中心に指圧や鍼灸治療を行っています。
Aさん(42歳・男性)は、会社の健診で、腎機能を示すeGFRという数値が「80歳のレベル」と言われました。先に挙げたツボを中心とした鍼灸治療を8ヵ月行ったところ、「60歳レベル」まで腎機能が改善したそうです。このまま続ければ、実年齢のレベルまで回復可能だろうと考えて、継続治療中です。
Bさん(70歳・男性)は、上の血圧が144mmHgと高過ぎる状態でした(高血圧の基準値は上が140mmHg以下)。腎兪などへのツボ刺激により、その場で122mmHgに下がりました。また、脈拍が56で少な過ぎましたが、61に上がりました。
通常、腎兪などのツボ刺激により、血圧が高過ぎる場合は下がり、低過ぎる場合は上がって正常値に近づきます。
Cさん(40歳・女性)は、わきの下で測った体温が、右35.7℃、左36.1℃で、どちらも低過ぎる上、左右差がありました。体温の左右差は心臓の弱りを示しますが、それにも腎が関係することがよくあります。そこで、志室などへのツボ刺激を行ったところ、右36.6℃、左36.4℃と、左右とも上がって差が減少しました。
腎の弱りが気になる人、腎を強化したい人は、ぜひツボ刺激をとり入れてみてください。
腎臓にいいツボの押し方
①背中のツボ

腎愈
背中の、ウエストのくびれの高さの背骨(もしくはその少し上)で、指の幅1本半分横に行ったところ。左右にある。
志室
腎愈から指の幅1本半分横に行ったところ。左右にある。

あおむけに寝て、ウエストの位置にテニスボールを挟み、ツボ付近で痛みや心地よさを感じる部分を探す。その場所に体重で圧をかけて1分ほどキープする。
※背中のツボは自分では位置を取るのが難しいので、だいたい合っていればOK。
②足のツボ

照海
内くるぶしの真下から少し後ろのへこんだところ。
太渓
内くるぶしの後ろで、アキレス腱との間のくぼみ。
築賓
内くるぶしから上に手の横幅分行ったところで、すねの骨の後ろへりとアキレス腱の間。押すと強い痛みがある。

それぞれのツボに親指の先を当て、強く押す。痛みが和らいでくるまで押し続ける(1分ほど)。
※左右のうち、痛みや心地よさをより強く感じる方を刺激するとよい。

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。
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