解説者のプロフィール

森維久郎(もり・いくろう)
腎臓内科医。三重大学医学部医学科卒業。東京医療センター研修医、千葉東病院腎臓内科・糖尿病内科、東京北医療センター総合内科/腎臓内科、ふくだ内科を経て、2020年5月に「赤羽もり内科・腎臓内科」を開業。人工透析予防や生活習慣病の予防を目指し、診療を行っている。webサイト「腎臓内科.com」で、腎臓病の情報を積極的に発信中。
▼赤羽もり内科・腎臓内科(公式サイト)
最近注目を集める腎臓と腸の関わり
腎臓は、血液をろ過して余分な水分や老廃物などを排泄する役割を担う臓器です。近年、医学界では、この腎臓と腸の関わりが注目されています。
実は、慢性腎臓病になると、便秘になる方が少なくありません。健常な人と比べると、腸内細菌のバランスが悪化しているのも確認されています。いわゆる善玉菌の数が、慢性腎臓病の方は著しく減るのです。腸への血流が悪化することも確認されています。
これらの変化が、なぜ慢性腎臓病で生じるのかは、まだ正確にはわかっていませんが、その理由の一つとして考えられるものに、食事があります。
慢性腎臓病の方は、病状が進行すると、たんぱく質やカリウム・リンなどの制限が必要となります。中でも、食物繊維を多く含む野菜やイモ類は、カリウムを多く含むため、厳しく制限されます。その結果、腸内で食物繊維をエサにして増える善玉菌の数が減るのでしょう。
また、腎臓の働きが悪くなると、体は酸性に傾きます(代謝性アシドーシス)。この代謝性アシドーシスや薬の副作用なども、腸内細菌のバランスをくずすと考えられます。
便秘は腎機能そのものを低下させる危険性も
慢性腎臓病の方が便秘になると、体にはさまざまな悪影響が生じます。まず確かなのは、合併症のリスクの増大です。
腎臓は、体内の電解質(ミネラル)バランスを維持する働きも担っています。腎機能が低下すると、高カリウム血症や高リン血症などの電解質異常が、合併症として起こります。
腎機能が低下すると、本来は腎臓でろ過されて尿から排泄されていた余分な電解質が、便から排泄されるように変わります。便秘になると、それもうまくいかなくなるため、電解質異常が起こりやすくなるのです。
また、慢性腎臓病では、体に不要な老廃物・尿毒素も体に蓄積されます(尿毒症)。尿毒素は心臓病や動脈硬化、筋肉や骨の異常、感染症などのさまざまな合併症を起こします。
尿毒素は、腸内でたんぱく質などの食事成分をもとに、腸内細菌の働きによって作られます。たんぱく質が制限されるのは、体内でこの尿毒素を増やさない意味もあるのです。
慢性腎臓病の方が便秘になると、食べた物が腸内で滞留する時間が長くなるので、尿毒素はより多く作られます。腸内細菌のバランスの乱れも、尿毒素の量を増やすといわれています。
尿毒素が筋肉にたまると、筋肉量が低下しやすくなります。その結果、たんぱく質不足も加わって、フレイル(虚弱。加齢によって心身の活力が低下した状態)に陥る方も少なくありません。便秘は、慢性腎臓病の方のフレイルも、進行させる一因になると言えるでしょう。
体内に蓄積した尿毒素は、腎機能そのものも低下させます。便秘は、腎臓病を悪化させる可能性もあると考えてください。
合併症のリスクの増大
・体内の電解質の調整ができず、ミネラル異常が起こる。
・尿毒素もたまりやすくなり、心臓病や動脈硬化、筋肉や骨の異常、感染症などの合併症のリスクが高まる。
腎機能そのものの悪化
・体内に蓄積した尿毒素は、腎機能そのものも悪化させる。
一般に、慢性腎臓病の方が便秘になると、便秘薬が処方されます。ただ、この便秘薬の選択や使用法には注意が必要です。
便秘薬として広く使用されているのは、便をゆるくする作用のある酸化マグネシウムを含んだ便秘薬です。ただ、慢性腎臓病の場合、このタイプの便秘薬を使い過ぎると、血液中のマグネシウムの量が増えて、心臓の不整脈など、重篤な副作用が起こる可能性があります。
腸を刺激して腸の蠕動運動を促すタイプの便秘薬もありますが、このタイプの便秘薬は依存性が高く、腸の血流も悪化させるといわれています。
私自身は、慢性腎臓病で便秘の方には、「アミティーザ」という便秘薬を勧めています。これは最近開発された便秘薬で、便秘の改善だけでなく、腎臓を保護する作用があるかもしれないという報告もされています。
また、一般に便秘改善には、ウォーキングなどの有酸素運動や、おなかのマッサージなどもよいといわれています。それぞれの体力・生活習慣に応じて試してみるのもよいでしょう。
便秘改善が大切!
▶︎適切な便秘薬での治療を行う。
▶︎ウォーキングなどの有酸素運動や、おなかのマッサージなどを行うのもよい。

へそを中心に「の」の字を描くように時計回りにマッサージする
慢性腎臓病にとって、便秘は悪影響しかありません。そして便秘を改善することで、先述したような合併症のリスクは、確実に下がります。さらに、腎機能そのものへの保護効果も期待しています。
腎臓病の原因となっている、糖尿病や高血圧などの治療を適切に受けることが大前提ですが、その上で、生活の質向上のためにも、医師と相談をしながら、便秘の予防・改善を目指してください。

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。
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