解説者のプロフィール

大山恵子(おおやま・けいこ)
医療法人社団つばさ・つばさクリニック院長。帝京大学医学部卒業。帝京大学医学部附属病院第二内科、同愛記念病院内科、田島病院を経て両国クリニック勤務。1998年より両国駅前クリニック院長、2001年両国東口クリニック開設、2009年つばさクリニック開設、同院長。2012年より、スポーツトレーナーの指導による透析患者への運動療法を開始。透析専門医、日本腎臓リハビリテーション学会代議員、腎臓リハビリテーション指導士、透析運動療法研究会世話人。監修書に『腎機能を運動で守る』(扶桑社)がある。
▼つばさクリニック(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
透析患者の足のつりが運動で改善した
[別記事:腎臓病は早期発見が最重要!自分でできるチェック法で異変を素早く見つけよう→]
人工透析専門クリニックである当院では、患者さんが人工透析を受けている間、ちょっと変わった風景が見られます。
普通なら、静かに横になって透析を受けているはずの患者さんたちが、当院では足を曲げ伸ばししたり、腰を動かしたりして運動しているのです。
透析をしながらなので、動かすのは下半身が中心です。運動は、透析開始の1時間後から始め、約20分間を1クールとして、1回の透析中に1~2クール行っています。
「腎臓病の患者さん、しかも透析を受けている人が運動している」と聞けば、驚く人も多いのではないでしょうか。少し前まで、「腎臓病は安静第一。運動は悪化のもと」と信じられてきたからです。
しかし今では、運動が慢性腎臓病の悪化防止や改善に役立つことが、明らかにされています。それに関する研究報告は、世界的には2003年頃から、日本ではその10年後くらいから、盛んに行われるようになりました。
日本では、腎臓リハビリテーション学会理事長で、東北大学大学院教授の上月正博先生らによって、詳しい研究報告がなされています。
私が、透析患者さんの運動療法プログラムを考案・導入したのは2013年で、ちょうど日本国内でも腎臓病の運動療法が注目され始めた頃です。
当時私は、透析患者さんの「足のつり(筋肉のけいれん)」を何とかして防げないかと考えていました。
一般に透析中は、足がつることが多いのです。これは、一時的な体液量の減少や、血圧低下などによるものと考えられています。足がつると、非常に痛くてつらい上、透析治療後に足がふらつきやすくなり、転倒の危険も高まります。
足がつる患者さんを観察すると、足底筋膜(足の裏のアーチ構造を支えている組織)の硬い人が多かったので、そこをゆるめるストレッチを中心に、運動をとり入れてみました。
すると、足のつりを訴える患者さんがかなり減り、「透析後に足が軽い。歩きやすい」という声も多く聞かれたのです。
当初は個別に運動を指導していましたが、その後、全ての透析患者さんに導入することにしました。足のつりを起こす人が多い上、足がつらない人にも運動をとり入れた方が、さまざまな効果が期待できるのではないかと考えたからです。

血液透析中に運動療法を実践!
前述の通り、その頃には運動が腎臓病患者さんにもたらす効果について、海外では広く知られ、国内でも論文が出始めていました。そうした研究結果にも後押しされる形で、一律で導入することにしたのです。
そこで、透析中でも無理なく効果的にできる下半身の運動プログラムを作り、楽しく行えるように音楽を組み合わせて「つばさミュージックエクササイズ(TMX)」を考案しました。
透析中にTMXを実施するために、各ベッドに備え付けているテレビモニターに、TMXの映像と音楽を流し、皆さんに運動していただくことにしたのです。また、血液透析中だけでなく日常的にも、できるだけ適切な運動をとり入れるように指導しました。
そのように運動療法の導入や指導を行ったところ、全体的に透析効率が上がってきました。
透析(血液透析)とは、簡単に言うと、機能が低下した腎臓の代わりに、専用の機械で血液をきれいにして体内に戻す治療法です。透析効率とは、血液がきれいになる度合いを示します。それが上がると体への負担が減り、予後(病気の経過や将来的な状況)もよくなりやすいことは言うまでもありません。
また、「透析後も疲れにくくなった」「体と足の重だるさが改善された」「前より長く歩けるようになった」など、体調がよくなった患者さんが多くいます。
最初の来院時には車いすが必要だった方が、半年ほどでしっかり歩けるようになったり、80歳を超えた方でも筋肉量が増えたりと、さまざまな効果が得られています。
腎臓病の段階が、透析を導入する以前(保存期)の患者さんにも、運動療法をお勧めしています。その結果、早期であれば人工透析の導入を回避できる可能性もあります。
例えば、保存期の50代の男性は、腎機能の指標であるeGFRが45で、ステージはギリギリG3aでした。これは、通常だと、もうすぐ透析治療に移行しなければならない段階です。
しかし、食事療法とともに運動を習慣化したところ、eGFRが66に上昇し、透析への移行を回避できました。
運動によって得られる八つの効果
以上は当院で確認できた効果ですが、ここで、多くの研究によって明らかにされている、慢性腎臓病患者さんに対する運動の効果を挙げておきましょう。
それをわかりやすくまとめると、下記の通りになります(上月先生らの報告から抜粋し、表現を平易にしたもの)。
慢性腎臓病患者に対する運動の効果
①肺が元気になる
②心臓が元気になる
③栄養障害や慢性炎症の改善
④貧血の改善
⑤不安・うつの改善
⑥QOL(生活の質)やADL(日常生活活動)の改善
⑦死亡率の低下
⑧透析効率の増加
透析患者さんは肺機能の低下や心臓病の発症、栄養障害、慢性炎症、貧血(腎性貧血)などが起こりやすく、不安やうつ状態も発症しやすいことが知られています。運動療法は、それら全ての予防や改善に役立つことがわかっているのです。
その結果、生活の質や日常生活活動も改善され、日常生活が過ごしやすくなるという効果が得られます。
死亡率については、透析施設ごとの調査で、「運動する人が多いほど死亡率が低い」というデータや、「運動回数の多い透析患者さんほど死亡率が低い」などのデータがあります。
透析患者さんの運動群と非運動群を比較した研究では、1年後の死亡率は、後者の方が約1.8倍多いという海外のデータも出ています。
保存期の患者さんについては、ステージ3〜5の人を対象にした研究で、歩行運動が多いほど、透析や腎移植などへの移行を回避できたという論文があります。その移行リスクは、運動の導入によって25%低下したと報告されています。
また、歩行運動の導入により、保存期の慢性腎臓病患者さんの全死亡リスクが35%低下したという報告もあります。
⑧の透析効率の増加については、先に述べた通りです。
できるだけ保存期のうちから始めてほしい
慢性腎臓病の患者さん、透析治療を受ける患者さんは、年々増えています。特に70歳以上の方が増え続けており、2025年には、透析患者さんの3人に1人が75歳以上になるといわれています。年齢的な筋力の低下も加わるので、ますます腎臓病の運動療法は重要になるでしょう。
ですから、慢性腎臓病の患者さんには、こうした運動の効果を知っていただき、できるだけ保存期のうちから、また、透析治療を始めてからも、ぜひ運動をとり入れていただきたいと思います。
実際に、慢性腎臓病の患者さんが運動をとり入れる場合、一般的には、下記が目安になります。このようなペースで、有酸素運動と筋トレをあわせて行うと、より効果的です。
具体的な運動の目安
●有酸素運動(ウォーキング、スロージョギングなど)
▶︎週5回、1日60分(連続で行わなくても、小分けに行ってもよい)
●筋トレ(下項で紹介しているもの)
▶︎週2~3回

ただし、個々の患者さんの病状によって、例えばたんぱく尿が多量に出ているときなどは、運動が悪化要因になる場合があります。運動を始める前には、行ってよいかを、必ず主治医に確認してください。
腎機能を守り高める「おうち筋トレ」
ここでご紹介している5種の筋トレを、週2~3回、まずは1セットずつ行ってみましょう(※できる人は3セット行ってもよい)。すでに透析をしている方にもお勧めの運動ですが、透析を行った直後には行わないでください。

腎機能を守るためには運動がとても大切ですが、無理は禁物です。体に痛みがある、熱がある、体調が優れないなどの不調があるときは、運動を行わずに、適切な治療を受け、休息をとりましょう。
また、運動中にものすごく苦しくなる、激しく息が切れるなどの症状が出た場合は、無理をせず、そこで運動をやめてください。
自分の体調に合わせて、楽しみながら行うことが、長続きの秘訣です。
1. いすスクワット
太ももに力が入っているかどうか、意識しながら行いましょう。20cm程度の台に座ったとき、そこから反動をつけずに立つことが難しい人は、特に行ってください。
【1セット】
立ち上がる→座るを1回として、5~10回

❶安定したいすに浅く腰かける。手は胸の高さで重ねるか、腰に当てる。

❷そのまま5秒ほどかけてゆっくり立ち上がる。

❸立ち上がったら、5秒かけてゆっくり座る。
2. カーフレイズ(かかと浮かし)
ふくらはぎの筋肉を意識しながら行いましょう。ふくらはぎの一番太い部分が、自分の両手の親指と人さし指で作った輪より細い人は、特に行ってください。
【1セット】
浮かせる→下ろすを1回として、10~15回

❶両手をいすの背、もしくは壁について立つ。

❷そのままかかとを浮かせ、1秒キープしてから下ろす。
3. プッシュアップ(斜め腕立て伏せ)
腕や胸の筋肉を意識しながら行いましょう。
【1セット】
曲げる→伸ばすを1回として、10~15回

❶壁から1歩離れたところに立ち、両手を壁につける。

❷腕立て伏せをするように両ひじを曲げて、胸を壁に近づける。その後、ひじを伸ばして①に戻る。
※背すじは常にまっすぐを意識する。
4. 片足立ち
体のバランスを取る力を鍛える運動です。片方のかかとの後ろと、もう片方のつま先を合わせて両足を縦に揃えて立ったとき、10秒バランスが取れない人は、特に行ってください。
【1セット】
両足を1回ずつ上げる

❶腰に手を当てるか、あるいは壁に手をついて立つ。
❷片方の足を、太ももが床と平行になるまで上げて、30秒キープする。足を換えて同様に行う。
※足を上げたときにふらつく人は、壁に手を当てて行うとよい。
5. 上体下ろし
体幹を鍛える運動です。ひざを伸ばしてあおむけに寝た状態から体を起こしたときに、肩甲骨が床から離れるまで上がらない人は、体幹部の筋力が落ちている可能性があるので、特に行ってください。
【1セット】
倒す→戻すを1回として、5~10回

❶両ひざを立てて床に座り、両手はひざの上に置く。

❷へそを見ながら、背中を丸めて床に近づけるようにして、ゆっくり上体を倒す。少しつらくなる位置まで倒したら、ゆっくり①の姿勢に戻す。
※上体を完全に倒す必要はない。

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。
www.makino-g.jp