解説者のプロフィール

有賀豊彦(ありが・とよひこ)
日本大学名誉教授。医学博士。1980年にニンニクの研究を開始し、以降ニンニク研究の第一人者としてして知られる。1981年にはニンニクオイル中から抗血小板成分としてMATSを発見し、英国の医学誌「ランセット」に発表。以後抗がん作用の解明などを行うなど、多数の学術論文を発表。
▼専門分野と研究論文(CiNii)
ピラミッド建設を支えたニンニクパワー
ニンニクは古くから薬効の優れた食品として重宝され、エジプトではピラミッド建設に関わる労働者、日本では参勤交代の長旅をする人たちのスタミナ源となっていました。
その効果については、現在までに世界中で盛んに研究が行われており、新たな事実が次々に判明しています。
最近は、ニンニクが脳に及ぼす作用に注目が集まっています。そのことがよくわかる、ネズミを使った実験結果も報告されています。
実験では、健康なネズミと、人為的にうつ状態にしたネズミを水に落とします。正常なネズミは脱出しようと泳ぎ続けるのに対して、人為的にうつ状態にしたネズミは、すぐに諦めて溺れてしまいます。
そんなうつ状態のネズミにニンニクを与えてみたら、泳ぎ続ける時間と距離が伸びたのです。早い話が、ネズミのうつが改善し、簡単には諦めなくなったということです。
うつ病は、脳内でノルアドレナリンなどの神経伝達物質が酸化、変質することによって発症するのではないかと考えられています。
ニンニクの成分には、この酸化を引き起こす酵素を阻害するものがあります。
ニンニクには強力な殺菌作用もあります。それは、あの独特な匂いのもとになる「アリシン」によるものです(詳しい解説は下項)。
実は私自身、ニンニクに含まれるアリシンの効果を用いて、水虫を治した経験があります。
やり方は簡単です。すりおろした生ニンニクを、絵筆などで足の水虫の箇所のみにぬりつけます。強い刺激がありますが、5分ほど我慢してからきれいに洗い流します。
1回行えば、1週間ほどで改善がみられるでしょう。これは、アリシンが水虫の原因となる白癬菌を退治したのだと考えられます。
ただし、アリシンは非常に強い刺激があるので、足の裏以外の皮膚にニンニクをつけてはいけません。足の裏は角質層が厚いため、ニンニクをつけても平気ですが、角質層が薄くて、柔らかい皮膚につけると、刺激でかぶれてしまいます。絶対にやめてください。
血管が広がり血液が流れやすくなる
ニンニクの持つ抗がん作用も、最近では世界中で注目されています。
最も有名なのが、1990年にアメリカの国立がん研究所が中心となって発表した「デザイナーフーズプロジェクト」でしょう。これによると、ニンニクは、約40種類の野菜や果物の中で、がん予防効果が最も期待できる食品として位置付けられています。
抗がん作用が強い理由は、いくつか考えられます。
まず、ニンニクに含まれる「アリイン(硫黄を含む成分で含硫アミノ酸の一種)」です。これには、免疫細胞のナチュラルキラー細胞を活性化し、免疫力(病気に対する抵抗力)を上げる効果があると判明しています。
また、ニンニク成分中のスルフィド類は肝臓に作用して、肝臓からの解毒酵素の分泌を高めるとわかりました。これより、発がん物質を体外へ排泄する働きが高まり、がん予防につながります。
動物実験の段階ではありますが、ニンニクのアリシンなどの成分が体内で化学反応を起こして、がん細胞を直接殺す作用を持つ物質に変わることも判明しました。この研究が進んでいけば、将来はがん治療にニンニクが利用されることも考えられます。
アリシンは交感神経(全身の活動力を高める)を刺激し、心肺機能を促進する成分に変わるだけでなく、体内で代謝されると硫化水素にもなります。
硫化水素によって、心臓から全身に血液を送り出す機能が高まると同時に、血管が広がり、血液が流れやすくなります。これはつまり、血圧を上げずに全身の血流をよくするというわけです。
この血管拡張作用は、男性機能を高めることにも有効です。実際、ニンニクを毎日食べていたら、若い頃のように元気になったという話はよく聞きます。

多彩なニンニクパワー
❶強壮作用 ❷血小板抑制作用 ❸疲労回復 ❹殺菌・抗菌作用 ❺抗ウイルス作用 ❻老化予防 ❼糖尿病の改善 ❽肝機能の向上 ❾ダイエット効果
ニンニク臭が気になる人は切らずに加熱がオススメ
前項で紹介したように、ニンニクには多彩な薬効が期待できます。しかし、ニンニクの成分をひもといてみると、水分65%、炭水化物25%、たんぱく質5%と、これらが95%もの割合を占めています。
けれど、残りの5%の中に、硫黄を含む成分が豊富に含まれていて、ここにニンニクの薬効の秘密があるのです。
硫黄といえば、温泉で独特の匂いを発していることでおなじみではないでしょうか。あの硫黄を含む成分の含有量が、ニンニクは植物の中ではだんとつに多いのです。
ニンニクが硫黄成分を蓄えているのは、細菌や動物から身を守るためです。
ニンニクのあの匂いのもとになる成分を、「アリシン」と言います。これは、ニンニクが自分の身を守るための成分でもありますから、傷がつかないと出てきません。実際、丸のままのニンニクはほとんど匂いませんよね。
しかしニンニクをすりおろすと、細胞からアリイナーゼという酵素が出て、生のニンニクに含まれている「アリイン」と反応し、アリシンに変化します。
前項でも少し触れましたが、アリシンは強い刺激臭と殺菌効果を持っています。それらによって、細菌、動物、虫などから身を守るというしくみなのです。
アリシンは、他の物質と反応するなどして、別の物質に変化しやすい性質を持っています。
つまり、一度アリシンが生まれると、化学反応が次々に起こり、その後さまざまな物質が生成されるのです。その数はなんと100種類以上といわれています。
そして、それぞれの物質ごとに異なる作用があるため、さまざまな健康効果をもたらしてくれるわけです。
ここではほんの一部ですが、ニンニクに含まれる代表的な成分について説明しましょう。
【アリイン】
生のニンニクに含まれる含硫アミノ酸。無臭。脂肪や糖を燃焼させる作用を持ち、血糖値を下げたり、体熱を生み出したりする効果が期待できる。
【アリシン】
生のニンニクを包丁で切ったり、すりおろしたりすると、アリインとアリイナーゼという酵素が反応を起こしてアリシンができる。ニンニク特有の匂いのもと。殺菌、殺虫作用がある。
【スルフィド類】
アリインをとることで、その多くが体内でスルフィド類に変化。その他にも、刻んだニンニクをすぐに油に入れても、アリシンから生成される。
がん予防効果や、血小板凝集抑制作用(血液サラサラ効果)による高血圧、高血糖の改善効果がある。
【アホエン】
アリシンを、オリーブ油などで低温加熱することで生成される。がん予防、抗ウイルス・抗菌作用、抗血栓作用(血液の塊である血栓ができるのを防ぐ)などがある。
これらの硫黄成分の他にも、ニンニクには水溶性の食物繊維やオリゴ糖が比較的多く含まれており、腸内環境を整えるのに役立ってくれます。便秘の改善にもつながるでしょう。
たんぱく質の分解・合成を助けて皮膚や粘膜を健康に保つビタミンB6や、血液の生産を助ける葉酸もわずかに含んでいます。
前述したように、ニンニクを切ったり、加熱したりすることによって、硫黄成分はさまざまに変化します。すりおろした生ニンニクは、殺菌作用を持つアリシンが豊富なので、魚や肉の刺し身に合わせるのは理にかなっています。
ただし、アリシンは刺激性がかなり強いため、すりおろしニンニクを多量にとるのはいけません。あくまで薬味として使う程度にしましょう。
ニンニクを加熱調理すると、アリシンの量はあまり増えません。酵素のアリイナーゼが熱に弱く、働かなくなるからです。
ですから、ニンニクを1片ずつのまま、切らずに加熱すると、アリシンが増えません。匂いが気になる人は、ぜひこのように調理をしてください。
私たちが通常とり入れるニンニクの薬効は、主にアリシンから生じるスルフィド類や、アリインなどの安定した成分によるものです。
食べ過ぎは禁物!1日1~2片を目安に
成分的に説明するとややこしいですが、どのように食べても、最終的に体内でスルフィド類がたくさん生成されます。ですから、いろいろな食べ方が、健康増進に役立ってくれるでしょう。
もちろん、食べ方によって成分に変化はありますが、糖尿病、肝機能の強化、免疫力(病気に対する抵抗力)の向上が期待できます。それだけでなく、血行が促進して新陳代謝が高まるので、ダイエットにもお勧めの食材です。
味の好みや取り入れやすい調理法を選び、自分に合った食べ方をしてください。
ただし、食べ過ぎは禁物です。どれだけニンニクが好きでも、1日に1~2片を目安にしましょう。

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。
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