長寿遺伝子とも呼ばれる「サーチュイン遺伝子」を活性化させる物質「NAD」。しかし、残念ながらNADを口から摂取しても、胃や腸などの消化管で分解されてしまいます。そのため、体内でNADを増やす手段として、NADの前段階の成分である「NMN」という物質が注目されています。【解説】中神啓徳(大阪大学大学院医学系研究科健康発達医学寄附講座教授)

解説者のプロフィール

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中神啓徳(なかがみ・ひろのり)

大阪大学大学院医学系研究科健康発達医学寄附講座教授。1994年奈良県立医科大学卒業。米国ハーバード大学医学部Brigham and Women's病院研究員、大阪大学医学部附属病院未来医療センター研究員などを経て、2015年より現職。
▼専門分野と研究論文(CiNii)

長寿遺伝子を活性させるNADの減少が「老化」

皆さんは「サーチュイン遺伝子」をご存じでしょうか。

「長寿遺伝子」、あるいは「抗老化遺伝子」などとも呼ばれ、名前の通り、活性化することによって寿命が延びると考えられている遺伝子です。

以前、アカゲザルを用いた実験により、カロリー制限をすると、この遺伝子が活性化するという論文が発表されて話題になりました。そのとき、サーチュイン遺伝子という言葉を見聞きした人も多いかもしれません。

この研究発表では、30%のカロリー制限をさせたサルと、させなかったサルの比較写真が公開され、前者のほうが明らかに若々しい毛並みや顔つき、姿勢だったので、強いインパクトがありました。

とはいえ、これが人間に当てはまるとしても、30%のカロリー制限をずっと続けるというのは、実践しにくいアンチエイジング法です。

ところが、最近、カロリー制限をしなくても、サーチュイン遺伝子を活性化させる物質があることがわかり、注目されています。

それはNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)という物質です。

NADは、細胞内のエネルギー産生工場である「ミトコンドリア」の中にあり、体を動かすエネルギーであるATP(アデノシン3リン酸)を作り出すのに欠かせません。

このNADが、サーチュイン遺伝子を活性化させ、遺伝子の傷の修復を助ける働きもあることがわかってきました。

画像: サーチュイン遺伝子が調節する生体機能

サーチュイン遺伝子が調節する生体機能

通常、細胞はある程度で増殖が止まり、余分になったりなんらかの異常を起こしたりしたときに、自ら死んで除去する「アポトーシス」という機能によって入れ替わっていきます。

がん細胞は遺伝子の傷によってこのアポトーシスが働かなくなっているために、際限なく増殖を続ける細胞です。

そして、老化細胞とは遺伝子の傷によって、「分裂・増殖は止まるが、死なずに体内にとどまり続ける」細胞です。

正常に働かない老化細胞が増えると、体の機能が低下し、病気にもなりやすくなると考えられます。

しかも、この老化細胞は「老化誘因物質」を出し、腐ったミカンのように周囲の細胞を次々と老化細胞化させていくことがわかってきました。

NADは、老化細胞になる遺伝子の傷を抑えることでも、老化の抑制につながると考えられています。

まさに、生きていくために不可欠であるとともに、若さの維持や長寿の実現に大きな役割を果たす物質といえます。

ところが、体内で産生されるNADは、加齢とともにどんどん減っていきます。NADの減少という現象自体が、「老化」そのものではないかともいわれています。

NADはビタミンB3から作られる

なぜNADが加齢とともに減少してしまうのでしょうか。

NADの元となっているのは、ビタミンB群の一種であるナイアシンです。ナイアシンは、ニコチン酸(植物由来)とニコチンアミド(動物由来。NAM)という物質の総称で、ビタミンB3とも呼ばれます。体内で、アミノ酸である「トリプトファン」からも合成されます。

なお、ニコチン酸、ニコチンアミドなどは、タバコの有害物質「ニコチン」とは全く無関係の物質です。

ナイアシンは、魚介類(カツオ、マグロなど)、肉類(特にレバー)、キノコ類(ヒラタケ、エノキタケ、エリンギなど)、豆(落花生、グリンピース、枝豆)などに多く含まれています。

ナイアシン(ビタミンB3)を多く含む食品

【ニコチン酸】
ヒラタケ、エノキダケ、落花生、グリンピース、枝豆、コーヒーなど

【ニコチンアミド(NAM)】
タラコ、カツオ、マグロ、豚レバー、牛レバーなど

このうち、ニコチンアミドからNADが合成されるためには、一度「NMN(ニコチンアミド・モノ・ヌクレオチド)」という物質に変換される必要があります。

しかし、そのナイアシンからNMNを作るために働く酵素(NAMPT)が環境や栄養状態によって減りやすいのです。

特に大きな要因が加齢で、ナイアシンをとっても、酵素不足のためにNMNに変換されにくくなり、結果的にNADも少なくなってしまうのです。

老化が進む→酵素が減る→ナイアシンから作られるNMNが減る→NADが減る→老化が進む……という、老化の悪循環が進んでいくのです。

画像: NADはビタミンB3から作られる

この悪循環を切るためには、直接NADを補えばよいだろうと思われるかもしれません。

しかし、残念ながらNADを口から摂取しても、胃や腸などの消化管で分解されてしまいます。そのため、体内でNADを増やす手段として、NADの前段階の成分である「NMN」が注目されています。

NMNをとれば、消化管で吸収された後に体内でNADに変わり、NADの血中濃度を高めることができるからです。

中年太りが抑えられ視機能や骨密度も維持

現在までに国内外で、NMNに関するさまざまな研究が行われています。NMN研究の第一人者であるワシントン大学の今井眞一郎教授らは、マウス(実験用ネズミ)にNMNを1年間投与して、老化抑制効果を確認しています。

人間でいうと20代に当たる月齢5ヵ月から、人間の60代に当たる17ヵ月まで、マウスにNMNを与え、与えない対照群と比較した研究です。

これにより、確認されたNMNの主な効果は、

体重=対照群は中年太りをしたが、NMNを与えたマウスは食べる量や飲水量が増えているにも関わらず肥満しなかった。

血糖値=一般に老化が進むと、インスリンの効きが悪くなって血糖値が下がりにくくなる(糖尿病リスクが高まる)が、NMN投与マウスでは、高齢でも血糖値がコントロールされた。

=NMN投与マウスは、目の老化の進行が遅かった。

骨密度=通常、加齢とともに起こる骨密度の低下が、NMN投与群では抑えられた。

つまり、全身の至るところで老化が抑えられたわけです。

遺伝子の発現状況を調べたところ、NMN投与マウスでは、通常、老化に伴って起こる遺伝子の変化が抑えられ、投与後12ヵ月後の時点で、半分の6ヵ月程度しか進んでいなかったとも報告されています。

NMNの投与によって、人間でいえば「実年齢60歳でも40歳のような機能が保たれていた」という結果になります。私自身、ここまで劇的な違いがあるとは思っておらず、この論文には大変な衝撃を受けました。

画像: 中年太りが抑えられ視機能や骨密度も維持

この他、やはり海外の研究で、NMNの投与により、高齢ラットの認知機能の低下が抑えられたという報告もあります。

動物実験の結果を、そのまま人間に当てはめることはできませんが、NMNの持続的な摂取により、老化を抑えられる可能性は大きいと言えるでしょう。

ワシントン大学の研究グループは、NMNの効果を人で実証する臨床試験も行っています。

私たち大阪大学医学部の研究チームも、高齢の糖尿病患者さんを対象として、NMNの抗老化作用を調べる臨床試験を行いました。試験は完了し、現在、結果を解析中です。

さまざまな研究結果から、抗老化などの効果を得るためのNMNの摂取量は、1日250mgが目安と考えられています。

とはいえ、食品中のNMNは微量で、250mgをとるためにはブロッコリーなら280株、アボカドなら600個、枝豆なら20000粒が必要と、現実的な量ではありません。

NMNは、すでにサプリメントとして市販されており、しっかり摂取するには、それを利用することになります。現状では全般的に価格が高いのが難点ですが、将来的にはもう少し利用しやすくなるかもしれません。

いずれにしてもNMNの本格的な研究は、まだまだこれからです。まずは、臨床試験の解析結果に期待したいところです。

画像: この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。

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