解説者のプロフィール

内藤裕二(ないとう・ゆうじ)
京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学准教授。1983年京都府立医科大学卒業。日本消化器病学会専門医。日本消化器内視鏡学会専門医。専門は消化器病学、消化器内視鏡学、消化管学、酸化ストレスと消化管炎症、生活習慣病。長年、腸内細菌を研究し続けている腸のスペシャリスト。京都府立医科大学附属病院内視鏡・超音波診療部部長も務める。『消化管(おなか)は泣いています』(ダイヤモンド社)など、著書多数。
▼専門分野と研究論文(CiNii)
日本有数の長寿地域の人の腸内には酪酸菌が多い
京都府の京丹後市は、長寿の高齢者が非常に多いことで有名な地域です。
人口に対する100歳以上の高齢者の割合が全国平均の約3倍で、しかも要介護率も低く、健康な高齢者が多いのです。
ちなみに、116歳54日という男性長寿世界一のギネス記録を持つ、故・木村次郎右衛門さんもこの町で暮らしていました。
そんな京丹後市の高齢者を対象に、われわれの研究チームはさまざまなデータを取り、長寿の研究を行っています。
その中でわかったことは、京丹後市の人たちがよく食べている食品には、「発酵性が高い食物繊維(後述)」が多く含まれているということです。
そして、高齢者の方々の腸内細菌を調べてみると、クロストリジウム属などの、酪酸を作り出す菌(以下、酪酸菌)が、目立って多くなっていました。
酪酸というのは、健康のために重要な働きをしてくれることで、現在大きな注目を集めている短鎖脂肪酸の一つです。
長寿の秘訣は、この酪酸の働きによるところがおそらく大きいのではないかと考えられているのです。
酪酸の働きとしてまず挙げられるのが、腸管内で産生することで、腸の上皮細胞(栄養や水分を吸収し、また粘膜によるバリアをつくる)のエネルギーとなり、腸を強化することです。
これにより、腸管壁のバリア機能が高まり、病原菌などの侵入を防ぎやすくなって、病気が起こりにくくなるのです。
逆に、酪酸が不足すると大腸が正常に機能しなくなり、腸内環境が悪くなって、便秘なども起こりやすくなります。
もう一つの酪酸の大きな働きは、免疫細胞を活性化し、免疫機能のバランスを調整するということです。
私たちの体には、もともと細菌やウイルスなどを排除し、体を守るために備わっている免疫というシステムがあります。しかし、免疫の反応が過剰に働き過ぎると、潰瘍性大腸炎や関節リウマチなどの自己免疫疾患の原因となってしまいます。
こうした病気にならないように過剰な免疫反応を抑えるのもまた免疫の働きの一つであり、その役割を制御性Tレグ細胞という免疫細胞が担っています。
酪酸には、この制御性Tレグ細胞を増やし、免疫のバランスを調整する働きがあることも判明してきています。
その他、腸で酪酸が増えると、血糖値の制御に働くGLP-1というホルモンが増えて血糖値が安定したり、脂肪代謝が高まったりしたという試験結果もあります。
また、腸由来の酪酸が、脳機能の老化を進行させる炎症を抑えたという、動物実験の結果も報告されています。

発酵性食物繊維から酪酸が作られる
このような優れた働きをする酪酸を増やすカギを握っているのが、食物繊維です。
食物繊維というと、「体内で消化吸収されず、体内を素通りする、栄養にならない成分」「大便のかさを増し、老廃物や有害成分を掃除してくれる成分」と捉えている人が多いかもしれません。
これまでも、食物繊維は糖や脂肪の吸収をゆるやかにしたり、便通をよくして排出を促したりする作用が知られていました。
加えて、もう一つ重要な働きが、腸内の酪酸菌によって発酵され、酪酸を作り出す材料となるということです。
以前から、食物繊維に関しては、水溶性と不溶性という区分がされていました。
海藻に含まれるアルギン酸、リンゴやモモなどの果物に含まれるペクチンなどの水溶性食物繊維は、水に溶けてゲル状になり、余分な糖や脂肪を包み込む働きを持ちます。
一方、植物の細胞壁にあるセルロースなどの不溶性食物繊維は、腸内で水分を吸収して膨らみ、蠕動運動を促す働きがあります。
それに対し、酪酸が注目されるようになってからは、酪酸への変わりやすさ、つまり、「発酵しやすい食物繊維かどうか」ということが重視されるようになってきました。
全体的に不溶性よりも水溶性の食物繊維のほうが発酵性が高く、酪酸が作られやすいのですが、寒天やオオバコ種皮(サイリウム)、ポリデキストロースなどは、ほとんど発酵されないといわれています。
高発酵性の食物繊維と、それを含む一般的な食品としては、
アラビノキシラン:全粒穀物(全粒小麦、玄米など)
水溶性大豆食物繊維:蒸し大豆、きな粉
β‐グルカン:大麦(押し麦)オーツ麦(オートミール)、キノコ
レジスタントスターチ:おにぎりやポテトサラダなどの冷やされたでんぷん
などが挙げられます。

実際、京丹後市の人たちは、大麦ご飯や玄米ご飯などの全粒穀物をよく食べていました。
また、京丹後市の郷土料理を調べたところ、ヒジキやワカメなどの海藻類といった食物繊維を豊富に含む食品を多く摂取していることがわかっています。
このような食物繊維たっぷりの食生活が、酪酸菌を活性化させて酪酸の産生を増やし、体の免疫を高めたり血糖値を安定させて動脈硬化を防いだりといった相乗効果で、長寿に導いているのだと考えられます
われわれが、京丹後市の高齢者に対して行ったアンケート調査においても、インフルエンザにかかったり、肺炎で入院したりしたことがあると回答した人は、わずか1.6%しかいませんでした。
食物繊維摂取量が多いほど死亡リスクが低い
こうした食物繊維の摂取の必要性は、世界的にも広く認識されるようになっています。
欧米では、動脈硬化を防ぎ、健康を維持するために、1日24g以上の食物繊維を食べることが推奨されています。
ところが、日本人の食物摂取量は、年々減ってきているのが現状です。戦後すぐの頃には1日に25g以上あった食物繊維の摂取量が、現在では約14gまで減ってきているのです。
特に主食(穀類)からの食物繊維摂取量が減ってきたことが、大きく影響しています。
かつては日本人は、麦や雑穀が入ったご飯や玄米などをよく食べていました。しかし、現代人は精製度の高い白いご飯やパンを食べることが多くなっています。
野菜や果物などはよく食べていたとしても、これらの食品から得られる食物繊維だけでは到底足りていないのです。
厚生労働省では、2020年版の「日本人の食事摂取基準」を作成する際に、当初は食物繊維摂取目安量を、日本でも欧米基準同様に、1日24gを目標値を定めようとしました。
しかし、14gしかとれていない現状を踏まえ、実際は男性21g以上、女性18g以上という目標値を定められたのです。
ちなみに、45~74歳の約9万3000人の食事データを平均17年間追跡調査した結果、食物繊維の摂取量が多いほど死亡リスクが低いことがわかっています(国立がん研究センター予防研究グループによる研究)。
![画像: 白米よりも玄米は6倍、押麦は20倍もの食物繊維を含む。いつもの白飯に、玄米や押し麦(もち麦)を1/3混ぜるだけでも、食物繊維の摂取量を大幅に増やせる。[日本食品標準成分表2015年版(七訂)より可食部100g当たり]](https://d1uzk9o9cg136f.cloudfront.net/f/16783536/rc/2021/05/21/eaee088f200c39a607bd149655128225aeb7205d.jpg)
白米よりも玄米は6倍、押麦は20倍もの食物繊維を含む。いつもの白飯に、玄米や押し麦(もち麦)を1/3混ぜるだけでも、食物繊維の摂取量を大幅に増やせる。[日本食品標準成分表2015年版(七訂)より可食部100g当たり]
こうしたことを考えれば、食物繊維の摂取量を増やすことが、健康維持に必要不可欠といえます。それには、食物繊維の大きな摂取源となる全粒穀物を主食にとり入れるのが、一番の近道です。
とはいえ、いきなり全てを麦ご飯や玄米にしろと言われても、なかなか続けられないかもしれません。
お勧めはいつもの白米2に対し、玄米や押し麦(大麦。もち麦)、雑穀などを1の割合で混ぜることです。
最近は発芽玄米のように、白米に混ぜてそのまま炊飯器で炊けるように加工された商品もいろいろ出ています。
ポストコロナ時代、ウイルスに負けずに健康に過ごすためにも、ぜひ酪酸を産生しやすい良好な腸内環境を作り、免疫力を高めるようにしてください。

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。
www.makino-g.jp