今は完全に入れ歯を外したので、料理研究家である娘に、舌でつぶせて飲み込みやすい食事を作ってもらっています。若い頃より食べられる量が少なくなったので、あえて薄味にはしません。食が細くなった今は、いかに食事をおいしく楽しめるかが重要だからです。【体験談】堀江正夫(元参議院議員・105歳)

プロフィール

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堀江正夫(ほりえ・まさお)

1915年6月生まれ。陸軍士官学校を卒業後、1943年12月にパプアニューギニアに上陸。第18軍参謀として、現地で終戦を迎えた後、陸上自衛隊で勤務。退職後は参議院議員を2期務めた。妻は、料理研究家の故・堀江泰子。長生きのコツや健康長寿のレシピをまとめた『100歳まで元気でボケない食事術』(堀江ひろ子他著、主婦の友社)が好評発売中。

105歳の今でも血液検査の結果は良好

私は、今年(2021年)6月で106歳になります。ここ1年は歩くのに押し車が必要になりましたが、元気に生活できています。

例えば、100歳を超えてからも家の中を4000歩近く歩いていますし、今でも毎日、2~3日に1冊のペースで文庫本を読んでいます。

また、私は陸軍として戦争に参加していたため、戦争体験の講演を頼まれることが多くあります。そうした場所に立つ際も原稿の執筆から、校正や時間配分の確認まで、全て自分で行い臨んでいます。

血液検査の結果も至って良好です。血圧は上が124mmHg、下が64mmHg(高血圧の基準値は上が140mmHg以上、下が90mmHg以上)。血糖値も93mg/dlと、基準値を保っています(基準値は110mg/dl未満)。

認知機能テストでも満点を取り、長寿研究をしている大学の先生に「100歳以上でこんな点数を取る人は初めてだ」と、驚かれました。

画像: 105歳の今も毎日読書!作者の名前もスラスラ言える。

105歳の今も毎日読書!作者の名前もスラスラ言える。

健康長寿の秘訣はご飯をモリモリ食べる!

実は私は、1年前に体調をくずし、やせて入れ歯が合わなくなりました。今は完全に入れ歯を外したので、料理研究家である娘の堀江ひろ子に、舌でつぶせて飲み込みやすい食事を作ってもらっています。

そのおかげで、体重も元に戻りました。ひろ子によると、私への食事づくりには、以下の3点に気を付けてくれているそうです。

たんぱく質と油を入れる

毎日の栄養バランスを考えるのは、年齢に関係ありません。しかし、高齢になると食が細くなるので、ビタミン・ミネラル豊富な緑黄色野菜や、たんぱく質が多い食材をたっぷり入れるなどで工夫しています。

その他に、便秘予防として、オリーブ油なども加えます。

飲み込みやすい食事にする

高齢者にとって、一番怖いトラブルは誤嚥です。それを防ぐために、飲み込みやすい食事づくりを心がけています。

ご飯は普通の水加減の1.5倍にし、炊飯器のおかゆモードで炊きます。こうすると、舌でつぶせる硬さに仕上がります。

肉や魚は、加熱調理したものをフードプロセッサーでつぶします。パサつくものには、クリームチーズを混ぜたり、片栗粉を加えたりして、のど越しがよくなるようにしています。

食感や味付けを工夫

飲み込みやすい食事は、食感や味付けが同じになりがち。しかしこれも、少しの工夫で解消できます。

例えばほうれん草は軟らかくゆでて細かく刻むか、フードプロセッサーでつぶすかだけで食感が変わります。これをホワイトソースであえるなどして、のどに詰まらないように仕上げます。

全部がベタベタの料理にならないよう、丸めたり巻いたりと形を変えるのもポイント。

味付けも、若い頃より食べられる量が少なくなったので、あえて薄味にはしません。食が細くなった今は、いかに食事をおいしく楽しめるかが重要だからです。

1食の献立は、ご飯80~90gに4~6種類のおかずを40g。そのうち一品は、煮豆をペースト状にしたものなど、大好物の甘いものを添えています。

また、同じく大好きな温泉卵も、1日1個は食べています。

このような食事を毎回作るのは大変なので、まとめて作りおきをし、1食分ずつラップに包んで冷凍します。

画像: 料理研究家・堀江ひろ子さんが作る正夫さんへの食事。

料理研究家・堀江ひろ子さんが作る正夫さんへの食事。

人生の使命を見つければ元気に長生きできる

ひろ子が作る食事の他に、私が実践している長生きのコツは、次の二つです。

一つ目は、歩くこと。70代の始め頃に、医師から「とにかく散歩をしなさい」と勧められて以降、90歳まで毎日1万5千歩歩きました。歩数も毎日日記に書いていたので、白寿を機に今までの数を計算したところ、地球2周半分も歩いていました。

100歳を過ぎた今は、一人で出かけることも、散歩をすることもなくなりましたが、家の中を端から端まで何周も歩くようにしています。

二つ目は、人生の使命を見つけること。私の使命は、パプアニューギニアに遺された戦友の遺骨を全て日本に持ち帰ることです。これは、現地で第二次世界大戦の終戦を迎えた私が成すべきことだと思っています。

「これを成し遂げるまでは死ねない」という目標があると、自然と健康に気を使いますし、生きる力も湧いてきます。皆さんも、人生の目標に向かって、日々を元気に過ごしてください。

画像: 慰霊訪問をしているパプアニューギニアからは、誕生日のたびに年齢が刺繍された旗が贈られる。

慰霊訪問をしているパプアニューギニアからは、誕生日のたびに年齢が刺繍された旗が贈られる。

画像: この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年5月号に掲載されています。

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