解説者のプロフィール

藤井德治(ふじい・とくじ)
一掌堂治療院院長、突発性難聴ハリ治療ネットワーク代表。鍼灸師。上智大学経済学部を卒業後、OA機器メーカーに入社するも、難聴の発症により退社。その後、東京鍼灸柔整専門学校(現東京医療専門学校)に入学し、卒業後に一掌堂治療院を開業。突発性難聴の健常化例は、現在、3350例を超える。著書に『耳は「首押し」で9割ラクになる!』(河出書房新社)、『ハリで治す突発性難聴』(nanaブックス)がある。
▼一掌堂治療院(公式サイト)
首の筋肉がこるとリンパの流れが悪くなる
私は鍼灸師として37年以上、主に突発性難聴をはじめとする難聴の治療に当たっています。そして、難聴の患者さんには、必ず鍼治療とともに、「胸鎖乳突筋」のもみほぐしを行っています。
胸鎖乳突筋は、首の左右の側面に斜めに走っている筋肉です。鎖骨の内側の端と、耳の後ろにある骨の出っ張りを結んでいる筋肉で、首を左右にねじったり、前後に曲げたりするときに使います。
正面から見ると、Vの字に見えるので、私はこの筋肉を「V字筋」と呼んでいます。
難聴や耳鳴り、めまいの症状がある患者さんは、もれなくV字筋がこり固まっています。そして、鍼やマッサージでV字筋をほぐすと、これらの症状が回復していくのです。

耳の後ろ下辺りから、鎖骨にかけて走っている筋肉がV字筋。

少し顎を引いて横を向くと、浮かび出てわかりやすい。
それはいったいなぜか、詳しく解説しましょう。
音の正体は、空気の振動です。耳に入った空気の振動は、鼓膜→奥の骨→内耳(耳の奥深くにある器官)の中のリンパ液という順に伝わります。そして、電気信号に変換されて、脳が音として認識するのです。
V字筋がこり固まると、まるで輪ゴムを巻いたかのように首が締めつけられます。すると、首から上全体へのリンパ液や血液の流れが滞ります。
内耳は聴覚のほか、平衡覚にも関与する器官です。リンパの流れが悪くなり、内耳のリンパ液がたまったり濁ったりすると、難聴や耳鳴り、耳閉感、めまいなどが起こるのです。また、頭への血流が悪くなると、頭痛が生じやすくなります。
逆に、V字筋のこり固まりをほぐすと、内耳の中のリンパ液や血流の循環がよくなり、こうした不調が改善されるのです。
そのほかにも、全身で働いているホルモンは、元をたどれば脳からの指令で分泌されています。V字筋による輪ゴムのような締めつけが取れると、脳が活性化し、ホルモンの分泌がよくなります。体の調子がよくなることも期待できるのです。
めまいの人は押さずに優しくさすろう
私が治療で行っているV字筋のもみほぐしは、ご自身で行っても効果は十分見込めます。それを、セルフケア用として考案したのが、「首のV字筋もみ」です。詳しいやり方は、下項をご参照ください。
注意が必要なのは、めまいのある人や、めまいの心配がある人。V字筋を強く刺激すると、かえってめまいを誘発する恐れがあります。V字筋を押すのではなく、優しくさするようにしてください。
首のV字筋もみにより、突発性難聴などのほか、足の冷えの解消など、体全体が整うかたがいます。難聴とともに、うつが治ったかたもいました。脳内の神経伝達物質である、セロトニンやドーパミンの出入りがよくなったからと考えられます。
さらに、近年話題になっているAPD(聴覚情報処理障害、聴力は正常でも、雑音が多いところなどで話が聞き取れない症状)も改善が期待できます。
APDの原因は脳にあると考えられますが、首のV字筋もみは脳を活性化し、神経伝達物質の出入りをよくするので、効果が現れるでしょう。
V字筋のこり固まりは、加齢のほかスマホやパソコンを長時間見る生活習慣が、原因になります。難聴や耳鳴り、めまいで悩んでいるかたはもちろんのこと、こうした生活習慣が思い当たるかたは、難聴などの予防のために、ぜひ首のV字筋もみを行ってください。
首のV字筋もみのやり方
※めまいの症状がある人、めまいの心配がある人は、押さずに優しくさする。

❶耳の後ろにあるV字筋の後ろ側に、親指の腹を置く。
・そのまま、約3秒鼻から息を吸い、約2秒息を止める。
・その後、約10秒かけて口から静かに息を吐きながら、ゆっくりV字筋を軽く押す。

❷V字筋に沿って、鎖骨まで少しずつずらしながら、①を行う。
❸反対側で同様に①、②を行う。以上を1日1~3回行う。

この記事は『壮快』2021年5月号に掲載されています。
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