解説者のプロフィール

髙森建二(たかもり・けんじ)
1941年宮崎県生まれ。順天堂かゆみ研究センター長、順天堂大学名誉教授、学校法人順天堂理事。かゆみの生理学、アトピー性皮膚炎の病態と治療、難治性かゆみのメカニズムと治療法の開発などを研究。近著『かゆみをなくすための正しい知識』(毎日新聞出版)が好評発売中。
かゆみは異物から自分の身を守る反応
「長年、かゆみに悩まされています。かゆみは、痛みよりはるかにつらいです」
「かゆみで夜は眠れず、昼は何に対しても集中できません」
かゆみの専門医療機関である当センターには、このように訴える方が大勢、訪れます。
近年、かゆみの研究は格段に進歩しています。かつては、「命に関わらない」という理由で重視されなかったかゆみですが、かゆみによって著しくQOL(生活の質)が下がることがわかり、世界的に熱心に研究されるようになったのです。
現在、米国に4つ、ヨーロッパに2つ、かゆみ研究センターができました。そして、日本ではもちろん、アジアで初めて開設されたのが当センターです。
まずは、かゆみの対策や治療法について、正しく理解するためにも重要な「かゆみの正体」からお話ししましょう。
かゆみは「皮膚や粘膜に認められる感覚で、『引っかきたい』という欲望を起こさせる不快な感覚」と定義されています。
生物学的には、「引っかくことによって体を守る自己防衛反応」でもあります。
異物(虫、病原体、刺激物など)が皮膚についたり、それが毒素を出したりといった異常を知らせるとともに、引っかいて異物を除去する行動を促すための反応が「かゆみ」です。
また、原因不明のかゆみが、「実は内臓の病気を知らせるものだった」というケースも少なくありません。
このように、かゆみは大切な反応ですが、異常に長引いたり、慢性化したりすると、患者さんを苦しめます。
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かゆみの原因で最も多いのは皮膚の乾燥です。加齢、または何らかの原因で皮膚が乾燥すると、かゆみが起こりやすく、治まりにくくなります。
皮膚は、外側から「表皮・真皮・脂肪組織」の3層に分かれています。
表皮の表面には、角質細胞(死んだ皮膚の細胞)がレンガのようにつながった角質層があります。角質細胞の間には「角質細胞間脂質」があり、細胞同士をつないでいます。その主成分は、水分を保つ力の強い「セラミド」です。角質細胞内にも「天然保湿因子」という水分を保つ成分があります。
さらに、角質層の表面には皮脂膜(皮脂と汗などが混じった膜)があり、水分の蒸発を防ぎます。
これらで皮膚の水分が保たれていれば、皮膚のバリアーが働いて、異物の侵入が防がれます。ところが、皮膚が乾燥すると、まるで干からびた田んぼのように表面がひび割れます。こうなると、皮膚に異物が入り、その刺激でかゆみが引き起こされます。

うるおいのある肌

乾燥した肌
かゆみの神経が伸びてわずかな刺激でもかゆい
かつては、痛みとかゆみは同じ神経を伝わると考えられていました。しかし、近年、かゆみは痛みとは別の「C線維」という神経線維を伝わって起こることがわかってきたのです。
私たちが、かゆみと神経の関係を詳しく調べたところ、乾燥肌などでひどいかゆみを感じる患者さんの皮膚には、健常者に比べて、はるかに多くのC線維があることがわかりました。
しかも、本来は真皮までにとどまっているC線維が、表皮まで延び、中には角質層のすぐ下まで来ているケースもありました。

健常者(左)アトピー性皮膚炎患者 (右)
ここまで神経が延びると、わずかな刺激でも、我慢できないようなかゆみとなります。乾燥肌だけでなく、アトピー性皮膚炎の患者さんにも同じ現象が見られました。
さらに、健康な皮膚なら、異物などでかゆみが起こっても、「少しかけば痛くなり、痛みによってかゆみが治まる」というしくみが働きます。
しかし、重症の乾燥肌やアトピー性皮膚炎の患者さんでは、このしくみがうまく働かずにかき続けるため、皮膚が炎症を起こしてますますかゆくなり、悪循環に陥ります。
かゆみ止めの薬が効かない理由
かゆみ止めの薬として、現在、最も広く使われているのは「抗ヒスタミン薬」です。ヒスタミンは、体内で放出されて、かゆみを起こす物質です。
かゆみの大部分は、皮膚に何らかのトラブルがあって起こります。乾燥肌、虫刺され、アトピー性皮膚炎、その他の皮膚の炎症など、全てそうです。こうしたかゆみを「末梢性のかゆみ」といいます。
末梢性のかゆみが出るときには、皮膚の中でかゆみを起こす原因物質が放出されています。その代表がヒスタミンです。
抗ヒスタミン薬は、ヒスタミンの作用を邪魔してかゆみを止める薬で、多くの末梢性のかゆみに有効です。
ところが、最近、抗ヒスタミン薬が効かないケースが増えてきました。これを「難治性のかゆみ」と呼んでいます。
特に、前述のように、かゆみを伝える神経線維(C線維)が表皮まで伸びていたり、炎症をくり返してかゆみの悪循環に陥っていたりするケースでは、そうした難治性のかゆみを起こしやすくなります。
一方、内臓の病気などが原因で、脳・脊髄(にあるオピオイド受容体という部分)が刺激されて起こるかゆみを「中枢性のかゆみ」といいます。腎臓病や肝臓病、がんなどが原因になります。
皮膚に異常がないのに強いかゆみが続いたら、これらの病気のサインではないかと疑ってみることも大事です。中枢性のかゆみも、抗ヒスタミン薬が効かない難治性のかゆみです。
なお、腎臓病の治療法である人工透析は、それ自体もかゆみを引き起こします。人工透析患者さんは、ほぼ例外なくかゆみに悩まされています。
難治性のかゆみに有効な治療法も続々登場
最近は、こうした難治性のかゆみに対し、高い効果をもたらす治療法が登場しています。
まず、重症の乾燥肌やアトピー性皮膚炎で、C線維が表皮まで延びているケースには、「紫外線療法」が効果的です。これは文字通り、皮膚に紫外線を当てる療法で、厳密な治療法としては医療機器で行います。
アトピー性皮膚炎に日光浴が有効ということは、昔から経験的には知られていました。その効果を私たちが科学的に検証したところ、かゆみを訴える患者さんの皮膚で、驚くべき変化が確認されました。
紫外線を照射することで、表皮まで延びていたC線維が退縮し、健常者と同じように真皮までに納まったのです。それに伴い、かゆみも軽減しました。
そこで、私たちは紫外線療法として確立し、現在、難治性のかゆみに悩む多くの患者さんに行って、喜ばれています。
患者さん自身が、日ごろ、適度な日光浴を行うことも、かゆみの改善や悪化予防に役立ちます。ただし、急激に強い日光に当たるのは避け、徐々に慣らしていってください。

日ごろ、適度な日光浴をすることもかゆみの対策になる。
アトピー性皮膚炎の治療には、従来、ステロイド外用薬が使われています。しかし、これは長期間使うことによる、副作用が問題になっています。
そこで、副作用のない外用薬として、タクロリムス軟膏(商品名:プロトピック軟膏など)という薬が開発されました。日本で開発され、世界中で使われています。
さらに、重度のアトピー性皮膚炎に劇的な効果をもたらす抗IL‐4/13抗体薬(商品名デュピクセント)という注射薬も開発され、治療に使われています。これは、皮膚が見違えるようにきれいになり、かゆみも治まるので、重症の患者さんには福音となっています。
ただし、薬価が高く、1回3万円で、月2回必要なのが難点ですが、高額療養費の申請ができます。
腎臓病や人工透析、肝臓病などによる中枢性のかゆみには、私たちも開発に携わったナルフラフィン塩酸塩(商品名:レミッチなど)という内服薬があります。かゆみが劇的に止まるので、特に、ひどいかゆみに悩まされてきた人工透析患者さんに喜ばれています。
こうした最新治療があることを知っておき、希望するときは医師に相談しましょう。治療によっては、大学病院などのほうが受けやすいものもあります。
我慢できないかゆみは「かかずに冷やす」
セルフケアとして、前述した日光浴以外に以下も大切です。
①保湿
市販の保湿剤には、ローション、クリーム、軟膏などの形状があり、成分としては、ワセリン、尿素、セラミドなどがあります。尿素は、傷や炎症のある部分にぬるとしみるので注意が必要です。その他は、自分が効果を感じられる保湿剤を選べばよいでしょう。
入浴、水仕事の後、皮膚が乾く前に、肌がしっとりする程度にぬります。
②体を洗い過ぎない
洗い過ぎると、皮脂膜が落ち、再生までに時間がかかるので、皮膚の乾燥とかゆみの悪化につながります。石けんを使うのは、顔、手足などの露出部だけでよく、他はお湯で洗い流せば十分きれいになります。
③適度な運動
ストレスはかゆみを悪化させることがわかっています。適度な運動でストレスを発散すると、かゆみが緩和されることが論文などで報告されています。ウォーキングなど、無理なく続けられる運動を取り入れ、かゆみの軽減に役立てましょう。
④冷やす
我慢できないかゆみに襲われたときの応急処置は、冷やすのが一番です。氷のうでも保冷剤でもよいので、凍傷に気をつけながら、かゆみが治まるまで冷やしましょう。「かかずに冷やす」ことを心掛けるだけでも、かゆみを軽減を促し、皮膚を守ることにつながります。
できることを取り入れ、かゆみを上手にコントロールしていきましょう。

この記事は『安心』2021年4月号に掲載されています。
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