免疫の攻撃役のT細胞と、ブレーキをかけるTレグ細胞の双方のバランスが取れているのが、安定してよくコントロールされた免疫力を発揮できる状態です。そして食物繊維をエサに、クロストリジウム属菌をはじめとする腸内細菌が作り出す酪酸こそが、カギだということがわかりました。【解説】大野博司(理化学研究所生命医科学研究センター粘膜システム研究チームリーダー)

解説者のプロフィール

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大野博司(おおの・ひろし)

1983年千葉大学医学部卒業。1991年千葉大学大学院博士課程修了。千葉大学医学部助手、米国NIH留学、千葉大学医学部助教授を経て、1999年金沢大学がん研究所教授。2004年より理化学研究所勤務、2018年より現職。横浜市立大学大学院客員教授、千葉大学客員教授、神奈川県立産業技術総合研究所プロジェクトリーダーを兼務。「宿主-腸内細菌相互作用の総合的理解に関する研究」で第61回野口英世医学賞を受賞。

免疫暴走を止めるブレーキ役の細胞

体内に入ってきたウイルスや細菌などの異物や、ウイルスに感染してしまった細胞やがん細胞などを排除し、体を守るために備わっているしくみが免疫です。

ところが、体を守る役割を担っているはずの免疫細胞が暴走し、本来なら攻撃する必要がない花粉などの無害な異物や、正常な自分の細胞まで、激しく攻撃してしまうことがあります。

こうした行き過ぎた免疫応答で起こるのが、いろいろなアレルギー疾患であり、多発性硬化症や関節リウマチのように免疫細胞が自分の細胞を攻撃して起こる、「自己免疫疾患」と呼ばれる病気です。

こうした自己免疫疾患やアレルギーの改善に役立つのではないかと、現在注目されているのが、「Tレグ細胞(制御性T細胞)」です。

リンパ球のT細胞には、免疫応答の指示を出す「ヘルパーT細胞」や、その指示を受けてウイルスに感染した細胞を殺す「キラーT細胞」などがあります。攻撃を担うT細胞は、昔から知られていました。

こうした攻撃役の免疫細胞が暴走したときに、ブレーキをかける特別な役割を持つT細胞の存在が確認されました。

それが「Tレグ細胞」なのです。アレルギーや自己免疫疾患の患者さんは、ブレーキ役のTレグ細胞が不足しているのではないかと考えられています。

そして、これらの患者さんには、ある共通した「腸内細菌の異常」が起こっていることが明らかになってきています。

腸内細菌を持たないマウスはTレグ細胞が極端に少ないのですが、「クロストリジウム属」の細菌(以下、クロストリジウム属菌)を投与するとTレグ細胞が大きく増加することが、東京大学の本田賢也先生(現・慶応義塾大学医学部教授)らの研究で明らかにされました。

さらに腸内にクロストリジウム属菌が増えたマウスは、Tレグ細胞が増えるとともにアレルギーや炎症性腸炎などが抑えられることも確認されたのです。

画像: 免疫の暴走を止めるブレーキ役のTレグ細胞を増やすとアレルギーや自己免疫疾患が起こりにくくなる。

免疫の暴走を止めるブレーキ役のTレグ細胞を増やすとアレルギーや自己免疫疾患が起こりにくくなる。

食物繊維から作られる酪酸がTレグ細胞を増加

では、クロストリジウム属菌はどのようにTレグ細胞を増やしているのでしょうか。

クロストリジウム属菌は、エサとなる食物繊維をもとに腸内で発酵し、短鎖脂肪酸(酢酸、酪酸、プロピオン酸など)をはじめとするさまざまな物質を作り出します。

こうした発酵によって作られた物質の中に、Tレグ細胞を増やす成分があるのではないかと、私たちのチームは実験を行いました。

まず、クロストリジウム属菌を腸に住まわせたマウスを2グループに分け、一つのグループには食物繊維の多いエサを与え、もう一つのグループにはほとんど食物繊維の入ってないエサを与えました。

すると、食物繊維の多いエサを与えたグループだけ、Tレグ細胞が増加していることがわかりました。

高食物繊維食群のマウスの腸内で増えていたのが、短鎖脂肪酸やアミノ酸でした。それらの成分で比較したところ、短鎖脂肪酸、特に酪酸に、顕著なTレグ細胞を増やす効果が見られたのです。アミノ酸ではTレグ細胞は増えませんでした。

酪酸濃度が高くなるエサを与えたマウスは、そうでないマウスに比べてTレグ細胞が約2倍も多くなり、大腸炎の症状も抑えられることが確認できました。

以上の実験から、食物繊維をエサに、クロストリジウム属菌をはじめとする腸内細菌が作り出す酪酸こそが、Tレグ細胞を増やすカギだということがわかりました。

日本人の食生活は、近代になって大きく欧米的な食生活へと変化し、食物繊維の摂取量が減っています。このことが、アレルギーや自己免疫疾患など免疫の暴走を増加させる一因となっている可能性が否めません。

免疫の「攻撃役」のT細胞と、ブレーキをかけるTレグ細胞の双方のバランスが取れているのが、安定してよくコントロールされた免疫力を発揮できる状態です。

野菜や海藻、キノコなど、食物繊維の多い食品を日頃から積極的に食べるように心がける。そして腸の環境を整えることは、免疫の暴走を防いで健康を保つ一助として、大いに期待できるでしょう。

■イラスト/高橋陽子

画像: この記事は『安心』2021年3月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年3月号に掲載されています。

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