WHOのガイドラインでは、「冬季の室内温度は18℃以上をキープするべき」とされています。対して、日本の居間の在宅中平均室温は16.7℃で、値を満たしていない住宅が全体の6割を占めていました。英国建築研究所の評価システムによれば、16℃以下では深刻な健康リスクが現れると警告されています。【解説】伊香賀俊治(慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授)

解説者のプロフィール

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伊香賀俊治(いかが・としはる)

1959年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。(株)日建設計、東京大学助教授を経て2006年より現職。専門分野は建築・都市環境工学。博士(工学)。日本学術会議連携会員、日本建築学会副会長、国土交通省スマートウェルネス住宅等推進調査委員会幹事を務める。

WHOの基準を満たさない家が6割

「冬は家が寒いのは当たり前」と考えている人は多いのではないでしょうか。

昔ながらの日本家屋は、基本的に木と紙で造られており、寒い外気が入りやすい構造です。そうした家にあって、「冬場は、火鉢で暖を取り、寒さをしのぐ」といった慎ましい生活を送るのが、古来日本人にとって習慣になっていました。

しかし、近年では、こうした寒い家が、健康に悪影響を及ぼすことが明らかになってきています。その点について指摘する医学論文も、次々と発表されているのです。

そして、2018年11月には、世界保健機構(WHO)から、「住宅と健康ガイドライン」が発表され、暖かい住まいや断熱工事などの推進勧告が出されました。その内容には、「冬季の室内温度は18℃以上をキープするべき」ということが明示されているのです。

そうした世界的な流れの中、日本では、2014年度から国土交通省と厚生労働省が初めて連携し、生活空間の温熱環境が健康状況に与える影響を検証するために、さまざまな調査を開始しました。

その一環として、日本全国約2200軒に対し、住宅の部屋ごとの冬季平均室温度を調査しました。

すると、居間の在宅中平均室温は16.7℃で、WHOの勧告値18℃を満たしていない住宅が全体の6割を占めていました。

また、寝室と脱衣所に至っては、在宅中平均室温はそれぞれ12.6℃と12.8℃であり、いずれも18℃未満の住宅が9割も占めていたのです。

こうしたデータからも、いかに日本の家屋が寒いかがおわかりでしょう。 

〈都道府県別の在宅中の平均居間室温〉
冬の室温が低い地域ほど、冬の死亡増加率が高い

画像: 出典:Umishio W, Ikaga T et al.: Indoor Air (2020), 30(6), pp.1317-1328

出典:Umishio W, Ikaga T et al.: Indoor Air (2020), 30(6), pp.1317-1328

〈都道府県別冬季の死亡増加率〉

画像: 出典:人口動態統計(2014)に基づき伊香賀研究室分析

出典:人口動態統計(2014)に基づき伊香賀研究室分析

昔から住宅環境と健康の関係についての研究が盛んだった、イギリスの英国建築研究所の評価システムによれば、健康的な室内温度は21℃です。18℃から健康リスクが現れ、16℃以下では深刻なリスクが現れると警告されています。

この基準から、日本の冬の住宅室温を見ると、大きな衝撃を受けるはずです。

では、寒い家に住んでいると、どのような健康リスクが起こるのか、具体的に見ていきましょう。

室温が10℃下がると血圧は約10mmHg上がる

まず、悪影響が及ぶのが、血圧です。調査によれば、室温が20℃から10℃に低下すると、30歳男性では3.8mmHg、80歳男性では10.2mmHg上昇します。同様に、30歳女性では5.3mmHg、80歳女性では11.6mmHg上昇したとのことです。

また、血圧が最も低くなる室温は、30歳男性は20℃、30歳女性は22℃、80歳男性は25℃、70歳女性は25℃ということもわかりました。高血圧の抑制には、高齢者、および女性ほど部屋を暖かく保つ必要があると言えるのです。

寒い家で暮らしていると、数値が高くなるのは、血圧ばかりではありません。

室温が18℃未満の住宅に住んでいる人は、総コレステロール値やLDL(悪玉)コレステロール値が基準値を超えている人が多くなっています。そして、心電図に異常が見られる人も有意に多いのです。

このように健康診断の数値が悪くなるのは、おそらく寒い室内環境が高血圧の状態を引き起こし、動脈硬化が促進されるため、コレステロール値なども高くなるのでしょう。

〈起床したときの室温が低いほど、血圧が上がる〉
室温 20℃のときに比べ 10℃では、80 代女性は 11.6mmHg、80 代男性は 10.2mmHg も高くなる

画像: 出典:Umishio W., Ikaga T., Kario K. et.al: Hypertension (2019), 74(4), pp.756-766

出典:Umishio W., Ikaga T., Kario K. et.al: Hypertension (2019), 74(4), pp.756-766

また、寒い家に住んでいると起こりやすいのが、過活動膀胱です。過活動膀胱とは、急に我慢できないほどの尿意をもよおす症状ですが、通常は頻尿や夜間頻尿を伴い、切迫性尿失禁(尿意を我慢できず尿を漏らしてしまうこと)を伴うこともあります。

過活動膀胱では、睡眠の質が低下するだけでなく、夜間に寒い中、トイレに行く途中で転倒・骨折、心筋梗塞(心臓の血管が詰まる病気)、脳卒中などのリスクも高まります。

就寝前の平均室温が12℃以下の人は、18℃以上の温かい家に住む人に比べ、過活動膀胱に悩まされるリスクが1.6倍も高いことが調査で判明しています。また、室温を2.5℃上げることで、約4割の人で症状の改善が見られています。

まずは平均室温18℃以上を目標にしましょう

部屋の温度差を少なくすることが重要

次に問題になるのは、部屋の間の温度差で起こる「ヒートショック」と、同じ部屋でも足元と上部の室温の温度差です。

居室は暖房をつけていても、廊下や洗面所、トイレ、脱衣所などは一時的に使用するだけだから、そのときだけ寒さを我慢すればよいと考える人が多いのですが、実は血圧に大きな負担がかかっています。

特に注意が必要なのが、入浴時です。暖かい居室から寒い廊下や脱衣所、そして再び暖かい浴槽へ移動するときの急激な温度差が、血圧や脈拍を大きく変動させ、脳出血や脳梗塞、心筋梗塞などを起こす事故が非常に多いのです。

また、居間とトイレの温度差が10℃以上あると、一日に移動する歩数が2000歩も減少するというデータも出ています。

寒い住まいの高齢者は、移動機能が低下する「ロコモティブシンドローム」や、筋力が衰える「フレイル」に陥りやすくなります。

そのため、要介護認定を受けると考えられる年齢で比較すると、年間平均室温が14.7℃の家では77.8歳なのに対し、17.0℃の家では80.7歳と、3年もの差があったのです。

ちなみに、家の温度は、脳年齢にも関係します。家の温度が1℃高いと、脳神経が2歳若いことがわかっているのです。

寒くて体を動かさないことで脳の衰えが進む上に、温度差による血圧の急変が、脳の血管にダメージを与えることも、脳の老化に関係するのでしょう。

〈足元まで温かい家に住んでいる人のほうが持病が少ない〉

画像: 出典:村上・伊香賀(2020):住環境と健康日本21(第二次), 別冊「医学のあゆみ」, p.122-127

出典:村上・伊香賀(2020):住環境と健康日本21(第二次), 別冊「医学のあゆみ」, p.122-127

こうしたさまざまなデータから、高齢期になる少し前から暖かい暮らしにシフトし、健康リスクをなくすことが重要です。

家全体の温度を保つのに一番有効なのは、家の断熱機能そのものを向上させることです。

確かに、断熱工事には少なくないコストがかかります。しかし、その分、光熱費や医療費などが削減できれば、十二分に回収できるはずです。

とはいえ、いきなり家全体の断熱工事を行うのは難しい方もいるでしょう。

その場合は一番熱が逃げやすい窓に断熱シートを張り、脱衣場やトイレにパネルヒーターを設置したり、床暖房を活用したりして、なるべく家全体をむらなく暖かく保つようにすることをお勧めします。

画像: この記事は『安心』2021年3月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年3月号に掲載されています。

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