解説者のプロフィール

江上一郎(えがみ・いちろう)
1947年生まれ。歯学博士。1973年、岩手医科大学歯学部を卒業後、 1983年、大阪歯科大学口腔衛生学教室・博士課程卒業。1978年に大阪市北区に江上歯科を開院。口腔衛生・歯科口腔外科を専門とする。「口腔は全身の健康の玄関」「口腔ケアのカギは唾液」をモットーに掲げ、地域医療、自治体や学校、メディアなどで口腔ケアを啓発している。著書に『すべての不調は口から始まる』(集英社新書) がある。
▼江上歯科(公式サイト)
口腔の乾燥や汚れは感染症リスクを高める
例年、寒い季節には、カゼやインフルエンザへの備えが大切になります。今シーズンはそれに加え、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)対策も必要です。
新型コロナのワクチンは、実用化と普及までに、まだまだ時間がかかるでしょう。ですから、まずは自分でできることを心がけたいものです。
歯科領域で言うと、ウイルス・細菌対策としては、口腔を清潔にして、唾液の分泌を促すことが非常に重要です。これらは手軽にできる上、多くのウイルスや、細菌の感染リスクを下げるのに役立ちます。
なぜなら、口腔が不潔な状態だと、歯ぐきなどに炎症が起こって粘膜が弱くなり、ウイルスや細菌が付着しやすくなってしまうからです。
また、ウイルスや細菌は、乾燥した口腔やのどを好みます。のどの粘膜に取りついた後、気管から肺に炎症を広げながら体に侵入していくというのは、多くのウイルスや細菌に共通の感染経路です。
口腔やのどが十分に潤っているほど、ウイルスや細菌は取りつきにくく、排除されやすくなります。逆に言えば、口やのどが乾燥していると、ウイルスや細菌がたやすく通過し、気道に侵入しやすくなるのです。
うつむき姿勢やマスクであごがこる人急増中
それを防ぐのに、重要なカギとなるのが「唾液」です。
唾液には、ムシ歯予防や消化促進、消臭などの他、口腔内の洗浄・保湿、抗菌・殺菌、粘膜の保護・修復といった、多彩な作用があります。
こうした働きを持つ唾液が減ると、ウイルスや細菌の感染リスクが高まります。唾液は、加齢とともに減少しがちですが、ちょっとした心がけで、できるだけ減らさないこと、増やすことができます。
そのために効果的な方法として、今回、特にご紹介したいのが「あごゆらし」です。あごゆらしは、歯科医師の佐藤青児先生が考案した「さとう式リンパケア」の一種です。
当院では、顎関節症などの患者さんに施術・指導して喜ばれていますが、あごゆらしの効果はそれだけではありません。唾液を増やし、感染症のリスクを減らすためにも、高い効果を発揮します。
そもそも、唾液が減る原因として、加齢やストレスと並んで現代人に多いのが「あごのこり」です。
現代人は特に、スマートフォンの使用などでうつむく姿勢が多く、そのせいであごがこりやすくなっています。これが原因で、唾液の出が悪くなっているケースが多いのです。
さらに最近は、マスクの影響によってもあごのこりが増えています。軽い力とはいえ、持続的にゴムで引っ張って口を覆うことで、口が動きにくくなり、無意識のうちにあごが緊張するからです。
また、新型コロナの感染対策で、大声でしゃべったり、笑ったり、歌ったりする機会が減っています。これもまた、こりの増加につながっていると考えられます。
こうしたこりから、筋・筋膜性歯痛という歯の痛みを起こす人や、顎関節症になる人が多くみられます。また、あごのこりは、肩・首のこりや、頭痛も招きます。
あごゆらしを行うと、自然にあごをゆるめてこりを取り、唾液の分泌を促せます。また、これをやれば肩・首・頭まで軽くなり、唾液がジワッと出てくるのが感じられるでしょう。
やり方は下記の通りです。簡単なので、ぜひやってみてください。
あごゆらしのやり方
解説:江上歯科院長 江上一郎/さとう式リンパケアインストラクター 江上浩子
・①~⑥を1セットとして、3セットくり返す。
・1日に何回行っても問題ない。行うタイミングも自由なので、都合のいいときや、習慣化しやすい時間帯に行うとよい。
・くちびるの力を抜き、口を少し開いた状態で行うと、あごが動きやすい。
・下あごの力を抜くときは、よだれが出るくらいのイメージで、だらんと下げるように脱力する。なかなか力が抜けないときは、一度深呼吸してリラックスするのもお勧め。
・顎関節症で、あごからカクカク音がしたり、グキッと痛んだりする方は、無理に動かさず、動かせる範囲で軽く動かすだけで構わない。

❶口を少し開いた状態で、下あごの力を抜き、上の前歯よりも前方に突き出す。

❷下あごの力を抜いたまま、手前に引っ込める。
❸①と②を、往復4回くり返す。

❹①と同じく下あごの力を抜き、下あごを軽く前に出してから左にずらす。

❺下あごの力を抜いたまま、右にずらす。
❻③と④を、往復4回くり返す。
食後にお勧めの「ぐちゅぐちゅゴクン」
その他にも、いたって手軽でありながら効果が高いのが、私が「ぐちゅぐちゅゴクン」と名づけて患者さんたちに勧めている方法です。
やり方は下記で紹介していますが、要は、食後に水で口をすすぎ、ゴクンと飲み込むだけ。一見「汚い」と思われるかもしれませんが、食後は食べた直後の食物のかけらが残っているだけで、まだ細菌も繁殖していないので、心配いりません。
それをすすいで、ゴクンと飲むことで、口臭予防とともに、のどの奥まできれいにして潤すことができます。さらに、感染リスクの低減にも役立ちますし、嚥下(飲み込むこと)の訓練にもなります。
ぐちゅぐちゅゴクン
・食後に行う。
・最後は口にためた水を、意識してゴクン!と飲み込むのがコツ。
・お茶などを使わず、水で行うこと。食後にお茶を飲んだ場合も、その後に水でぐちゅぐちゅゴクンを行う。

❶一口程度の分量の水を口に含む。
❷縦に4~5回と横に4~5回、ぐちゅぐちゅと口をすすいでからゴクンと飲みこむ。
なお、日頃の歯磨きは、食後よりも口腔内の細菌が一番多い「起床時」が重要です。また、睡眠中は唾液が出にくく、細菌感染が促されやすいため、「就寝前」も丁寧に磨きましょう。ウイルスや細菌が、のどに入りにくい状況をつくることができます。
食後は、唾液が十分に出て口腔内を洗っているので、食事の直後の歯磨きは逆効果になりかねません。その意味でも、食後はぐちゅぐちゅゴクンで洗浄する方がよいのです。せっかく出ている唾液を無駄にしないよう、食後に磨く場合は、20~30分後にしましょう。
あごゆらしを行うとともに、これらの口腔ケアで歯周病菌などの細菌を除去しておくと、口腔粘膜の免疫力(病気に対する抵抗力)が維持・向上し、感染を防ぎやすくなります。

この記事は『安心』2021年3月号に掲載されています。
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