解説者のプロフィール

伊藤公一(いとう・こういち)
目黒歯科クリニック院長、日本大学名誉教授。日本歯周病学会指導医、専門医、前理事長、日本口腔機能水学会指導医、監事。日本大学大学院歯学研究科修了後、米国インディアナ大学歯学部に留学。Dr. O’Learyに師事し、Master of Science in Dentistry(MSD)の資格を取得。日本大学助教授、日本大学教授(歯周病学担当)、日本大学特任教授を経て、現在に至る。
▼目黒歯科クリニック(公式サイト)
進行がゆっくりなので気づかないことが多い
物を食べたり話したりするのに、歯はなくてはならないものですが、その歯を失う最大の原因は、40代以降では歯周病で、成人の3人に2人、40歳以上の約8割に歯周病があるといわれています。それに対して、子どもや若年層に多いのが、ムシ歯による歯の喪失です。
歯を失う原因は、この二つに大別されますが、近年は歯周病が若年化する傾向があり、子どもの歯周病(歯肉炎)も増えています。
歯周病は文字通り、歯の周りの組織に起こる疾患です。歯は悪くないのに、歯周組織に炎症が起こって、歯が抜けてしまうのです。また、独特の強烈な口臭も伴います。
原因は歯周病菌による感染ですが、それに加えて、生活習慣の影響も強く受けます。
口の中には500〜700種もの常在菌がいますが、甘い物を過剰にとったり、歯磨きを怠ったり、生活習慣が乱れたりすると、口内のばい菌が増え、常在菌のバランスがくずれます。
すると、増えたばい菌が、歯の表面にプラークを作り、その中に歯周病菌がすみ着いて、歯周組織をむしばんでいきます。
歯周組織とは、歯を支えている組織のことで、歯の根っこのセメント質、根っこが埋まっている歯槽骨、根っこと歯槽骨をつないでいる歯根膜、それらを覆っている歯肉(歯ぐき)を指します。
この一番外側の歯ぐきの炎症から歯周病は始まります。これが歯肉炎で、この段階では自覚症状はほとんどありません。出血やむずがゆさなどの症状が出ることもありますが、出ても消えてしまうことがあります。
しかし、歯肉炎が自然治癒することはなく、少しずつ進行して、歯周炎に発展します。歯周炎が進行すると、歯槽骨や歯根膜、さらに根っこのセメント質に炎症が広がって、歯周組織が壊れていきます。
■歯周病の進行

❶健康な状態

❷歯ぐきに炎症が起こる(歯肉炎)。この段階では、自覚症状はほとんどない

❸歯肉炎を放置すると、歯ぐきだけでなく歯周組織にも炎症が広がり、歯周炎に発展

❹歯周炎を放置すると、さらに歯周組織の炎症が進み、最終的には歯が抜けてしまう
歯肉炎や歯周炎は感染性の歯周病ですが、感染性ではない歯周病もあります。「咬合性外傷」による歯周病で、歯ぎしりや食いしばりがあって、歯にいつも力がかかっていると、歯ぐきを除いた歯周組織が壊れていきます。歯周炎に咬合性外傷が加わると、歯周病の進行が促進されます。
歯周病は、進行がゆっくりなので気づかないことが多く、歯科医院で指摘されたときには、相当悪化していることが少なくありません。
歯ぐきがむずがゆかったり、歯磨き中に出血があったりするようなら、歯ぐきに炎症が起こっているサインです。その段階で、早めに歯科医院に行くことをお勧めします。
放置して歯周炎が進行すると、歯槽骨が溶けて歯がグラグラし、やがて抜けてしまいます。通常は、感染が広がりやすい奥歯(第一、二大臼歯)から抜けることが多いのですが、炎症が広範にあると、複数の歯が同時に抜けることもあります。
大事なことは、抜けた歯をそのままにしないことです。歯が抜けると、見た目が悪いだけでなく、かむ機能が落ちていきます。硬い物がかめなくなり、軟かい物しか食べられなくなって、口の中がどんどん虚弱になっていきます。
こうした口の虚弱状態を、「オーラルフレイル」と言います。「フレイル」とは、加齢によって起こる心身の衰えのことを指しますが、それが口の中で起こると、全身のフレイルにつながっていきます。
野生の動物にとって、歯がなくなることは死を意味します。歯がなければ、何も食べられなくなってしまうからです。
人も同じで、歯がなければ、生きるのに必要な食事をとれなくなってしまいます。ですから歯が抜けたら、入れ歯やブリッジ、インプラントなどで、かむ機能を維持しなければなりません。
歯周病菌や炎症性物質が血流に乗って全身を回る
歯周病が深刻なのは、それが全身の健康状態に影響を及ぼすことです。
歯周病菌は嫌気性菌で、空気を嫌います。ですから、プラーク(歯垢)の中や歯と歯ぐきの間(歯肉溝が深くなったポケット内)で増殖していきます。増殖した歯周病菌を唾液と一緒に誤嚥すると、肺に入って誤嚥性肺炎を起こす恐れがあります。誤嚥性肺炎は、高齢者の大きな死亡原因になっています。
また、歯周病との関連が早くから指摘されていたのが、糖尿病です。口内に常に炎症があると、炎症性物質(TNF‐αなど)が多量に作られて血液中に入り、インスリンの分泌を阻害して糖尿病を引き起こします。
一方、糖尿病になると、免疫力(病気に対する抵抗力)が低下して感染に弱くなり、歯周病菌が増殖して、歯周病のリスクが高くなります。
このように、歯周病と糖尿病は双方向の関係にあり、歯周病が糖尿病を悪化させ、糖尿病がさらに歯周病を進行させるという負の連鎖を生むのです。
歯ぐきの炎症層から、歯周病菌や歯周病菌が出す毒素、炎症性物質などが血管の中に入ると、血流に乗って、口から離れた臓器に流れていきます。
それが動脈に入れば、動脈硬化を悪化させたり、心臓血管障害を起こしたりすることもありますし、脳血管に入れば、脳血管障害の一因になります。最近では認知症との関係も指摘されています。さらに、妊娠した女性に歯周病があると、胎児にも影響し、早産や未熟児の原因になるという報告もあります。

歯周病は他の病気のリスクも高める。
歯周病は慢性疾患で、口の中に常に炎症が起こっている状態です。ですから、血管の中に歯周病菌や炎症性物質が侵入して全身を巡り、どこにでも行く可能性が、いつでもあるのです。
ただ、それが各組織でどのような悪さをしているのか、なかなか解明できません。しかし、いろいろな病気のリスク因子になっていることは間違いないでしょう。ですから、歯周病をきちんと治療しないと、その影響が全身に出てくる可能性があるのです。
歯周病は自覚症状のないまま進行していきますから、早期発見・早期治療が望ましいのは、言うまでもありません。
歯肉炎のうちなら、治療すれば治る可能性があります。しかし、歯周病が進行し、歯槽骨や歯根膜、セメント質まで破壊されてしまうと、元に戻すのは困難です。ですから、歯周病が見つかったら、それ以上悪くしないことが基本です。
そのためには、定期的な歯科でのメンテナンスと、ご本人のセルフケアがとても大事です。その両輪で、歯周病の進行を抑えることができるのです。
「とにかくプラークをためない」ことが大切
歯磨きをサボったり、磨き方がぞんざいだったりすると、歯の根本がざらついたりしますね。
これが「プラーク(歯垢)」です。この中に、歯周病菌をはじめとするたくさんの細菌がすんでいます。
歯周病を進行させないためには、このプラークをためないことが、最も重要です。
歯垢染色剤を歯にぬって調べるプラークの付着率(プラークコントロールレコード)が全体の20%以下なら、歯周病のリスクは非常に低いとされています。しかし、このハードルはかなり高いと言えましょう。
プラークは、うがい程度では落ちません。しっかり歯磨きをして、落とします。
そのために皆さんにやっていただきたいのは、毎日の適切な歯磨きです。この歯磨きによって、歯ぐきから上にあるプラークをできるだけ除去する。これが、歯周病の予防と治療の出発点です。
歯磨きは、起床時や食後にするという人が多いでしょうが、私が推奨したいのは、夜寝る前の丁寧な歯磨きです。
適当に食後に3回磨くより、1回でもいいですから、夜寝る前に時間をかけてしっかり磨く方が、効果があります。
口の中の菌は、夜、寝ている間に増殖します。夜間は口を動かすことが少なく、唾液の分泌も減るからです。したがって、夜寝る前に歯磨きをしっかりしてプラークを取っておけば、翌朝の口の中の菌をかなり減らすことができます。
では、どのように歯磨きをしたらいいでしょうか。
使う歯ブラシはどんなものでも構いませんが、うまく歯磨きできない人は、まっすぐな柄に直角にブラシが出ているシンプルな形の歯ブラシがいいでしょう。

まっすぐな柄のシンプルな形の歯ブラシがお勧め。
■磨き方
歯ブラシの柄を鉛筆を持つように軽く持ち、歯にブラシの先を直角に当てて、1〜2本ずつ小刻みに左右に動かします。これは「スクラビング法」という基本の磨き方です。

もう一つは「バス法」です。プラークは歯周ポケットの中に入り込んでいますから、歯と歯ぐきの境目に45度の角度で毛先を入れて、小さく左右に動かします。この磨き方はやや難しいですが、口の状態に合わせて磨き方を使い分け、歯ぐきから上のプラークを除去します。

また、歯ブラシが届かない歯と歯の間は、デンタルフロスや歯間ブラシを使ってお掃除します。そして、できれば最後の仕上げにデンタルリンスで口の中をすすぎ、残った菌を洗い流します。
こうして、1日の最後にその日のあかを落とすように、口の中をきれいにしてから寝るように心がけてください。
しかし、自分ではちゃんと磨いているつもりでも、汚れが取れていないことがあります。
それをチェックするのが、歯垢染色剤です。歯磨きの後にこれを歯にぬると、磨き残したプラークが赤や青に染め出されます。その染まった部分を特に意識して、丁寧に歯磨きをしてください。
染色剤はドラッグストアなどでも売っていますが、一度歯科医院で染め出してもらい、磨き方を指導してもらうといいでしょう。
こうした日々のセルフケアでは落とせないプラークもあります。歯ぐきの下(歯周ポケットの中)や、歯と歯の間などにたまったプラークは、歯磨きだけでは落ちません。
ですから、3〜4ヵ月に一度はプロ(歯科衛生士)の手を借りて、定期的なメンテナンスを受けるといいでしょう。
このメンテナンスとセルフケアがうまくかみ合うと、歯周病の進行を抑えることができます。
よくかめばプラークがつきにくくなる
歯周病は感染症であると同時に、生活習慣病でもあります。食事、喫煙、ストレス、不規則な生活などによって、悪化することがあります。
甘い物や歯につきやすい軟かい物をよく食べている人は、ばい菌にエサをやっているようなもの。いくら手入れをしても、プラークはなかなか減りません。甘い物はなるべく控え、かみごたえのある物を食べるようにしましょう。
「かみごたえのある物」と言っても、これを食べなければいけない、ということはありません。普段の食材でも、工夫次第でかみごたえのあるものになります。
❶食材は大きめに切る
食材を大きめに切るだけでも、かむ回数は増えます。
❷薄味にする
味が出るまで、よくかんで食べるようになります。

❸調理時間を短くする
硬めにゆでたり、煮る時間を短くしたりして、歯ごたえを残します。
❹トッピングを工夫する
例えば、ヨーグルトにナッツのような歯ごたえのある物をのせます。

このように、調理や食材を少し工夫するだけで、かむ回数を増やすことができるのです。
よくかむと、唾液がよく出て口の中を洗い流してくれるので、プラークがつきにくくなります。
木の実や葉っぱを食べている野生の猿には、歯周病はありません。しかし、人間と同じように軟らかい物を食べている動物園の猿は、人間同様、歯周病になるそうです。
唾液には他にも、消化を助けたり、細菌の増殖を抑えたり、免疫(体の防衛機構)を高めてがんを予防するなど、さまざまな効用があります。
また、よくかめば、脳に刺激が伝わって認知症の予防に役立ちますし、食べる時間が長くなって満腹中枢が刺激され、食べ過ぎを防げます。
さらに、咀嚼筋や口の周りの筋肉が鍛えられるので、かむ機能が上がり、発音や発声もよくなります。よくかむことは、いいことだらけなのです。
口の健康は本人の努力と管理にかかっている
最後に、お口を鍛えるセルフケアをご紹介しましょう。いずれも、1日のうちいつ、何度やっても構いません。こまめに実践して、お口の健康を保ちましょう。
❶あいうべ
口を大きく開けて、「あー」「いー」「うー」「ベー」と大きな声で発声します。舌や周囲の筋肉が鍛えられます。




❷舌回し
左右の頬を口の中から舌で押したり、舌を右回り、左回りに回したりします。唾液の分泌が促されます。



❸唾液腺マッサージ
口の中には、耳下腺、顎下腺、舌下腺という三大唾液腺があります。
唾液腺は年を取ると萎縮して、唾液が出にくくなります。それが歯周病の悪化にもつながるので、マッサージして唾液の出をよくします。
耳下腺は、耳たぶの前辺りにあります。そこに人さし指、中指、薬指の3本を当て、回すようにマッサージします。


顎下腺と舌下腺は、耳の下からあご先にかけてのラインの、あごの骨の内側にあります。親指の腹で、耳の下からあごの先まで、押すようにマッサージします。


歯周病の治療が難しいのは、日頃の歯磨きやセルフケア、生活習慣などを、患者さんに委ねなければならないことです。自宅でのケアは、私たちの目に届きません。患者さん自身の努力と管理にかかっているのです。
症状がないと、セルフケアもつい怠りがちになります。それを防ぐために、ぜひかかりつけ歯科医を持ち、定期的に受診し、メンテナンスを受けてください。それによって歯周病への意識を喚起できます。
歯がたくさん残っている人は、健康で長生きです。お口の健康は、健康長寿の大事な入り口なのです。

この記事は『安心』2021年3月号に掲載されています。
www.makino-g.jp