解説者のプロフィール

今井一彰(いまい・かずあき)
みらいクリニック院長。NPO法人日本病巣疾患研究会副理事長。1995年、山口大学医学部卒業。2006年に福岡市博多駅前にみらいクリニックを開業後、さまざまな方法を駆使しながら、薬を使わずに体を治す独自の治療を行う。「あいうべ」による息育や「足指を伸ばす」ことによる足育の普及にも力を入れている。著書に『免疫を高めて病気を治す 口の体操「あいうべ」』、『マンガ 医師が教える足指のばし』『1日4分でやせる!ゆるHIIT』(いずれもマキノ出版)など多数。
▼みらいクリニック(公式サイト)
病気が悪化すると口臭が強くなる
「呼吸と病気が関係しているかもしれない」
私がそう思うようになったのは、患者さんの「におい」がきっかけでした。毎日多くの患者さんと接しているうちに、鼻のきく私は、患者さんたちに特有の口臭があることに気づいたのです。そして、その口臭は病態が悪化すると強くなり、病態が改善すると弱くなる傾向にありました。
調べてみると、口の中の粘膜の乾燥が健康を大きく阻害することは、一部の歯科医師の間で早くから指摘されていました。
そのことを踏まえて改めて患者さんに向き合ってみると、外来患者さんのなんと9割以上が、ポカンと口を開けて口呼吸をしていることがわかったのです。これに気づいたのが、2000年のことです。
口呼吸は、口の中の粘膜を乾燥させる最大の要因です。「口呼吸を直せば、病気を治癒に導くことができる」と、私は確信しました。
ここでいう「口呼吸」とは、安静時に口で呼吸をしている状態を意味します。
私たちは、しゃべる、歌うなどの言葉を発するとき、また、酸素を多く必要とする激しい運動時には、口で呼吸をします。
しかし、それ以外の安静時は、鼻から吸って鼻から吐く「鼻呼吸」が、哺乳類本来の正しい呼吸法です。安静時にもかかわらず口で呼吸をする「口呼吸」は、ほかの哺乳類を見ても、不自然極まりない呼吸法といえます。
では、鼻呼吸と口呼吸にはどんな違いがあるのでしょうか。
鼻呼吸の場合、空気中の異物や病原菌は、たとえ吸い込んだとしても鼻粘膜の表面に生えている線毛や粘液、それに口の奥にある扁桃リンパ組織でとらえられるしくみになっています。
また、鼻から吸い込んだ空気は鼻の中を通ることで温かく湿った状態で肺へと送られます。いわば、鼻は「加湿機能つきの空気清浄機」なのです。
一方、口呼吸では冷たく乾燥した空気をいきなり吸い込むことになります。ウイルスが体内に侵入したり、のどや器官を傷めたりするおそれもあります。しかも、空気を吸い込んだとき、口の中の水分まで奪い取られてしまうのです。
口の中が乾燥すると唾液による殺菌・消毒作用が発揮されず、細菌が繁殖しやすくなります。そうなると、ムシ歯や歯周病(ペリオ)、口臭といった口の中の問題が起こりやすくなるだけでなく、全身の血管や内臓の働きを調整する自律神経のバランスが乱れ、さまざまな病気へとつながります。

鼻は加湿機能のついている空気清浄機!
口が半開きになっている「隠れ口呼吸」の人も多い
私は、この口呼吸の弊害に気づいてから、患者さんに鼻呼吸をしてもらうよう、指導してきました。すると、薬を使わなくても、病気が改善する人が次々に現れたのです。
こうして私は、いつしか「口呼吸の弊害を伝えることに、私の医師人生をかけよう」と 決意するようになりました。
そして、患者さんやスタッフの協力を得てつくり上げたのが、口呼吸を鼻呼吸に変える口の体操「あいうべ」です。
この体操は、「あ、い、う、べー」と口を大きく動かすだけで、舌や口の周囲の筋肉を鍛えられます。お金もかからず、いつでもどこでも、どなたでも簡単に行うことができます。
私は8年前に、内科・リウマチ科・アレルギー科を診療科目とするクリニックを開業しました。
ここでは、薬をほとんど使わず、「あいうべ」や、睡眠時の口呼吸を防ぐ「口テープ」などの指導をメインに行っています。近隣の調剤薬局からは、休診していると勘違いされるほど、薬を処方していません。
「口を閉じて鼻で呼吸する」
そうすれば、病気の多くは防げるし、改善できます。薬などなくても、人間は本来「治す力」を持っているのです。
私は、このようなことを、病気やつらい症状で苦しんでいる一人でも多くの人々に知ってほしいと思っています。
そこで、この3~4年、休診日を中心に、全国各地で講演活動を続けています。おかげさまで、インフルエンザ対策として「あいうべ」を実践してくれる学校や、患者さんに「あいうべ」を勧めてくれる医療施設などもかなりふえました。
ところで、私が患者さんに口呼吸の話をすると、「自分は鼻呼吸だから関係ない」という人がいます。しかし、そういう人でも、口が半開きになっていることがよくあります。私はこのような人を「隠れ口呼吸」と呼んでいます。隠れ口呼吸を含めると、日本人の実に9割が口呼吸といってもいいでしょう。
あなたは、鼻呼吸なのか口呼吸なのか、下項の「口呼吸チェックリスト」で確認してみてください。

小学校で子供たちに口の体操「あいうべ」を指導。
チェックリストで確認してみよう
自分が鼻呼吸なのか口呼吸なのか、よくわからないという人もいらっしゃるでしょう。そういう人は、まず下の「口呼吸チェックリスト」で確認してみてください。
口呼吸チェックリスト
□1. いつも口を開けている。
□2. 口を閉じると、あごに梅干し状のふくらみとシワができる。
□3. 食べるときにクチャクチャ音をたてる。
□4. 歯のかみ合わせが悪い。
□5. 唇がよく乾く。
□6. 口臭が強い。
□7. 朝、起きたときに、のどがヒリヒリする。
□8. イビキや歯ぎしりがある。
□9. タバコを吸っている。
□10. 激しいスポーツをしている。

いかがでしたか。いくつか該当する項目がありましたか。
実は、一つでも該当するようでしたら、口呼吸の可能性があります。それぞれの項目について、簡単に説明しましょう。
1は口の周囲の筋肉が衰えているから、意識しないと口が閉じられない、典型的な口呼吸といえます。
2の「梅干し状のふくらみとシワ」は、ふだん口呼吸で舌が下がっているために起こります。無理に口を閉じようとすることで、口の周囲の口輪筋が緊張して、あごにふくらみやシワが発生するのです。
3の「クチャクチャ音」は、口呼吸がクセになって、口を開けたまま、ものをかんでいるのが原因です。
4の「歯のかみ合わせが悪い」というのも、口呼吸と関係しています。口呼吸の人は、舌が下がって舌先で前歯の裏を押すことになり、少しずつ歯並びを悪くしてしまうのです。出っ歯や受け口などになる人も少なくありません。
また、口呼吸をしていると、口の中だけでなく、5のように唇も乾燥します。そのため、よく唇が荒れて皮がむけたり、血が出たりする人もいます。
6の「口臭が強い」のは、口呼吸で口の中が乾燥しているので、細菌が繁殖しやすいからです。これは、歯周病の悪化にもつながります。
イビキや歯ぎしりは口呼吸をしている証拠
7、8は、就寝時に口呼吸になっている証拠。「のどのヒリヒリ」は、口の中が冷たい空気が入って乾燥することで、ウイルスなどが侵入し、のどを傷めるからです。睡眠中に「イビキや歯ぎしり」をしている人は、無意識のうちに口呼吸になっています。
イビキは、舌の筋力が衰えて、下がってしまうため、気道が狭くなり、苦しくて口が開いてしまうのです。
9のタバコを吸うことは、煙を口から吸って口から吐く、つまり口呼吸にほかなりません。喫煙は長い「ため息」と同じです。
10の「激しいスポーツをしている」アスリートは、鼻だけの呼吸では酸素摂取が間に合いません。だから、口を開けて補うのです。ふだんから口を閉じる意識をしていないと、いつも口呼吸になってしまいます。v
さて、一つや二つ該当項目はあったが、自分は鼻で呼吸している、口呼吸とは思っていないという人は、もう一つチェックする方法があります。
下の「口呼吸チェック2」を試してください。
口呼吸チェック2
口を閉じてみてください。そのとき、舌先はどこに当たっていますか?

①の人は鼻呼吸、それ以外の人は口呼吸といえます。でも、②〜④の人も心配することはありません。口の体操「あいうべ」を10回やってみてください。舌の先が当たる場所が、①に近づくはずです。
口呼吸はさまざまな病気につながる
下の一覧をご覧ください。口呼吸をしていることで起こる可能性のある主な病気です。私は、病気の約7割は口呼吸がもたらすものと考えています。
口呼吸によって起こる可能性のある主な病気
①歯や口の病気
歯周病、虫歯、ドライマウス、口臭、口内炎、口唇ヘルペス、顎関節症など
②消化器の病気
胃炎、便秘、下痢、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎、クローン病、痔など
③精神の病気
うつ病、うつ症状、パニック障害、全身倦怠など
④呼吸器の病気
カゼ、インフルエンザ、肺炎(誤嚥性肺炎)、気管支炎、上咽頭炎、蓄膿症(慢性副鼻腔炎)など
⑤アレルギー
アトピー性皮膚炎、ぜんそく、花粉症、鼻炎、鼻づまりなど
⑥膠原病
関節リウマチ、エリテマトーデス、筋炎、シェーグレン症候群など
⑦その他の病気
高血圧、腎臓病、睡眠時無呼吸症、イビキ、尋常性乾癬、掌蹠膿疱症、頭痛、肩こり、腰痛、パーキンソン病、化学物質過敏症など
①口呼吸で口の中が乾燥すると、唾液による殺菌・洗浄・消毒作用などが発揮されないため、口の中の細菌が繁殖し、虫歯や歯周病(ペリオ)が起こりやすくなります。
②虫歯や歯周病が悪化すると、食べ物をしっかりかめなくなるため、それに連動して、胃や腸の働きも悪くなります。すると、便秘をはじめ、消化器の病気を発症しやすくなります。
③また、口の中が乾燥すると、不快に感じます。話しにくいし、食事もしにくい。口の中がヒリヒリと痛むことも出てきます。そのような状態が慢性化すると、不快感というストレスを浴び続け、それが倦怠感やうつなどにつながります。
④さらに、唾液の分泌は自律神経に支配されているため、常に口の中が乾燥していると、活動時に働く交感神経の優位な状態が続き、自律神経のバランスが乱れます。そうなると、免疫力が低下して、カゼやインフルエンザにかかりやすくなります。
⑤⑥全身の免疫系に異常が起こると、アトピー性皮膚炎、関節リウマチ、膠原病、腎臓疾患といった難治性の病気も引き起こします。
特にやっかいなのは、睡眠中の口呼吸です。唾液の分泌がへる睡眠中に、口呼吸をしていると、口の中はより乾燥して細菌が増殖するからです。
④そのうえ、口呼吸は舌の力も衰えさせるため、誤嚥性肺炎(食物や細菌などを誤って気管に入れて起こる病気)を引き起こしやすくなります。
⑦加えて、休息時に働く副交感神経に切り替わるべき睡眠中に、交感神経の優位な状態が続くことで、睡眠不足や高血圧をも招くのです。
口呼吸で舌の位置が下がると気道が狭くなるため、中高年の突然死の一因とされる睡眠時無呼吸症を引き起こすおそれもあります。
睡眠時無呼吸症の人は、体が酸素不足になって、循環機能に負担がかかります。その影響で、不整脈や心筋梗塞、脳梗塞などを起こすこともわかっています。
出っ歯や二重あご猫背になる人もいる

今井先生の講演風景
口呼吸によって起こる弊害は、病気だけではありません。口の中での舌の位置が下がると、歯並びや姿勢、顔つきが悪くなります。出っ歯や受け口、猫背、二重あごになる人や、ほうれい線が目立ち、口角が下がる人も少なくありません。
口が乾燥するので、唇は荒れ、下唇は厚ぼったくなります。また、口呼吸の人は、片側がみの人が多く、顏に左右差が出てきます。片方の目が小さくなったり、口角の高さが左右で異なったりするのです。
そのほか、口で呼吸をすると、舌が下がって気道が狭くなります。加えて、鼻呼吸に比べると速くて浅い呼吸になるので、酸素の供給量が少なくなります。
そのため、代謝が悪くなり、体の冷えや機能低下を招き、活動能力、運動能力の低下につながります。脳への酸素や血液の供給量も不足し、集中力や学力の低下にも影響しかねません。
でも、ご安心ください。口呼吸をやめて鼻呼吸をすることで、いずれも改善するからです。
口呼吸によって起こるそのほかの弊害
● 顔や体のゆがみ
● 歯並びの乱れ、口元の変形
● 体の冷え・機能低下
● 浅く速い呼吸
● 学力・運動能力の低下

口呼吸になりやすい悪い習慣
口呼吸を始めるきっかけは、たくさんあります。主なものを取り上げてみました。いずれも、ふだんから口を閉じる意識を持つことが大切です。口の体操「あいうべ」を行うことで、それも簡単に実現できます。
●よくかまない
現代の子供たちは、かたい物を食べることがへって、よくかまなくなり、舌も使わなくなりました。その影響で、舌や口の周囲の筋肉が衰え、口を閉じることが難しくなったのです。

●ため息・喫煙
ストレスや過労などから、ため息をつく大人もふえています。このため息を頻繁についていると、舌の位置が下がり、口が開くクセがつくようになります。タバコも口で吸って口で吐く、長いため息と同じです。
●うつぶせ寝・ほおづえ
睡眠時のうつぶせ寝や横向き寝は、口呼吸を引き起こしやすくなります。顔の形や筋肉のバランスをくずし、口を開けやすくなるからです。ほおづえも同様です。
●よく話す・歌う・吹奏楽
おしゃべりの好きな人は、夢中になってしゃべっていると、口だけで呼吸することになります。アナウンサーや司会業、歌手、カラオケの好きな人、吹奏楽者なども、常に口で呼吸しますから、できるだけ口を閉じる意識が必要です。

●鼻づまり・鼻炎
アレルギー性鼻炎や花粉症、蓄膿症(慢性副鼻腔炎)などで、鼻がつまったり、鼻汁が出たりする子供がふえました。鼻が使えないので、どうしても口呼吸になりがちです。
●口を閉じる意識の薄さ
以前は、口を開けている子供がいると、親や先生から「口を閉じなさい」と注意されました。しかし、今はそういう大人がへったうえに、アレルギーの子供たちがふえ、注意もしにくくなりました。また、自分で口を閉じようとする意識自体も薄くなったようです。
●マスクの不用意な着用
冬や、花粉の時期は、マスクを着用する人がふえます。この際、マスクの繊維が空気の通りを遮るので、鼻だけでは呼吸が苦しくなり、口を開いて呼吸することになります。

●激しいスポーツ・太極拳・妊娠時の呼吸法
陸上競技や水泳、球技などの激しいスポーツの際は、鼻呼吸だけでは苦しいので、口を開けて呼吸します。太極拳・妊娠時の呼吸法も、息を口から吐くのが基本。いずれも、ふだんの生活で口呼吸になるリスクがあります。

この記事は『壮快』2021年3月号別冊付録に掲載されています。
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