解説者のプロフィール

今井一彰(いまい・かずあき)
みらいクリニック院長。NPO法人日本病巣疾患研究会副理事長。1995年、山口大学医学部卒業。2006年に福岡市博多駅前にみらいクリニックを開業後、さまざまな方法を駆使しながら、薬を使わずに体を治す独自の治療を行う。「あいうべ」による息育や「足指を伸ばす」ことによる足育の普及にも力を入れている。著書に『免疫を高めて病気を治す 口の体操「あいうべ」』、『マンガ 医師が教える足指のばし』『1日4分でやせる!ゆるHIIT』(いずれもマキノ出版)など多数。
「呼吸を極めれば強くなれる」は真実
私は20年以上、呼吸の研究を続け、鼻呼吸の大切さを訴えてきました。「生きる」とは「息る」、つまり「息をする」ことに直結します。呼吸はまさに、生きる基本なのです。
その呼吸が、最近、特に注目を集めています。理由は、大ヒットアニメ『鬼滅の刃』に、呼吸の重要性が描かれているからです。私のもとにも、呼吸に関する取材が週に何本も舞い込んできます。こんなにも呼吸がクローズアップされたことは、この20年間で初めてです。
『鬼滅の刃』では、「全集中の呼吸」と呼ぶ呼吸の鍛錬法が描かれ、「体のすみずみの細胞まで酸素が行きわたるよう、長い呼吸を意識せよ」「呼吸を極めれば、昨日の自分より確実に強い自分になれる」などというセリフが出てきます。
そのとおりです。呼吸のやり方によって、私たちは自分を鼓舞したり、逆に気持ちを落ち着かせたりすることができます。また、自然治癒力を高めることも可能になります。

大ヒットアニメ『鬼滅の刃』でも呼吸の重要性が描かれている。
現在、新型コロナウイルス(COVID-19)などの感染症の流行もあり、セルフケアへの意識が高まっています。自分で自分をコントロールできる手段として、呼吸はその中核になるのではないでしょうか。
私はこれまで、口呼吸をやめて鼻呼吸にすることの重要性や、そのために考案した口の体操「あいうべ」を、講演会などを通じて伝えてきました。テレビでも再三取り上げていただいたおかげで、少しずつ全国へと広まり、小・中学校や自治体などでも、「あいうべ」を実践してくださるところが増えています。
その一つ、山口県玖珂郡和木町では、「あいうべ体操」、「あしゆび体操」、「あるこう運動」の三つの「あ」を町民に推奨。その取り組みが、このたび厚生労働省とスポーツ庁が開催する「第9回健康寿命をのばそう! アワード」の自治体部門で、厚生労働省老健局長賞を受賞しました。
ほかにも、「あいうべ」を実践して、「インフルエンザによる学級閉鎖が減った」「カゼをひきにくくなった」「高齢者の転倒が減った」「むせにくくなった」などの成果が、全国から報告されています。子供から高齢者まで、健康づくりに役立てていただいているのはうれしい限りです。

台湾での講演後、歯科医療関係者と「あいうべー」。
ゆっくりした深い呼吸が細胞への酸素供給を促す
近年は呼吸がもたらす体への影響について、ますます多くのことが明らかになってきました。ここでは、私が最近、特に注目している、二酸化炭素の重要性について、お話ししたいと思います。
呼吸というと、どうしても酸素を取り込むことばかりに意識がいきがちです。しかし、私たちの体内では、二酸化炭素も非常に重要な役割を担っています。
血液中の二酸化炭素が少なくなると、赤血球の機能が低下し、各細胞へ酸素を十分に供給できなくなります。また、脳血管が収縮して、脳の血流も低下します。こうした症状を、低二酸化炭素血症といいます。
現代人は、前かがみの姿勢から巻き肩になったり、運動不足で呼吸筋が弱くなったりする人が少なくありません。そのため、胸郭が広がらずに、浅く早い呼吸になりがちです。
浅くて早い呼吸は、換気量が増えてしまうことにより、体内の二酸化炭素濃度を低下させます。その状態に体が慣れると、二酸化炭素に対する耐性が低くなり、必要な二酸化炭素をためておくことができなくなってしまうのです。
試しに、「息止めテスト」をやってみてください。まず鼻から息を5秒ほど吐き出します。そのあと息を止めて、何秒耐えられるでしょうか。
20秒未満だった人は、低二酸化炭素血症の可能性大です。二酸化炭素をためられる体にするために、まずは二酸化炭素への耐性を高めることが必要です。

ミャンマーの子供たちに口の体操「あいうべ」を教える今井先生。
具体的にどうすればよいのでしょうか。答えは簡単です。深くゆったりとした呼吸をして、呼吸数を少なくすればよいのです。理想は、1分間の呼吸数を10回以下にすること。15回以上は呼吸のし過ぎです。
ここでもポイントになるのは、鼻呼吸です。鼻で呼吸をすると、口呼吸のように一気に空気を吸い込めないので、腹式呼吸に大切な主呼吸筋である横隔膜を十分に使ってゆっくり深く呼吸することになります。
横隔膜を使ったゆっくりした深い呼吸は、体内の二酸化炭素濃度を高め、細胞への酸素供給や脳への血流を促進します。さらに、自律神経(自分の意志とは無関係に血管や内臓の働きを調整する神経)のうちの、休息時やリラックス時に働く迷走神経(副交感神経)の刺激にもなります。
ストレス社会で交感神経(活動時や緊張時に働く自律神経)優位に傾きがちな現代人にとって、迷走神経を刺激することは自律神経のバランスを整え、自然治癒力を高めることにつながります。
ゆっくりした深い呼吸が迷走神経を刺激することは、さまざまな研究でも明らかになっています。例えば、「心拍変動バイオフィードバック療法」という心理療法もその一つです。この療法では、1分間に6回の呼吸が推奨されています。
さらに、二酸化炭素への耐性を高めるには、「ブレスフォールディング(息止め)」も有効です。そこで、今、私がお勧めするのが、「あいうべ」を進化させた「無呼吸あいうべ」です。
「無呼吸あいうべ」で1分10回の呼吸を保つ

ミャンマーの子供たちに口の体操「あいうべ」を教える今井先生。
「無呼吸あいうべ」のやり方は、下項を参照してくさい。最初は5回くらいから試し、10回を目安に少しずつ増やしましょう。1日1度、できれば交感神経が高まる起床後すぐに行って、迷走神経を刺激することをお勧めします。
「無呼吸あいうべ」の目的は、息を止めた状態で「あいうべ」を行うことで、二酸化炭素への耐性を高め、体じゅうの細胞に酸素を巡らせることです。また、口周りの筋肉を鍛えて鼻呼吸にするとともに、舌を動かすことも迷走神経への刺激となり、自然治癒力を高めることに役立ちます。
まずは基本の「あいうべ」で、口呼吸を鼻呼吸に変えましょう。それができるようになったら、自分の呼吸の回数に意識を向けてください。さらに、ステップアップとして、「無呼吸あいうべ」で二酸化炭素への耐性を高め、1分間に10回程度の呼吸を保てるようにしましょう。
なにかと不安やストレスの多い時代ですが、自律神経のバランスを整えるポイントは「少息」です。呼吸で自分をコントロールし、強い心と体を手に入れましょう。
「無呼吸あいうべ」体操のやり方
この体操は、基本の「あいうべ」体操を行い、鼻呼吸が十分にできるようになってから始めましょう。1日1度、起床後すぐに行うのがお勧めです。
❶鼻から息をゆっくり吸って、
→ゆっくり吐き切ったら、息を止める。
→息を止めたまま、声を出さずに「あいうべ」を行う。

❷「あー」と、口を大きく開く。

❸「いー」と、口を大きく横に開く。

❹「うー」と、口を前に突き出す。

❺「べー」と、舌を突き出して下に伸ばす。

※②~⑤を息を止めたまま5回くり返す。慣れてきたら少しずつ回数を増やし、10回を目安に行う。

この記事は『壮快』2021年3月号別冊付録に掲載されています。
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