解説者のプロフィール

新井圭輔(あらい・けいすけ)
あさひ内科クリニック院長。岐阜県生まれ。1981年京都大学医学部卒業。島根医大放射線科助手、京大核医学科医員、島田市民病院放射線科医長を経て、97年4月に開業。臨床の中で多くの糖尿病患者の治療に携わり、「定説は真実とは限らない」として、定説を覆す「低インスリン療法」を提唱。インスリンを補わない、分泌させない治療で、糖尿病の合併症を防ぐ治療に効果を上げ、多くの医師の賛同を得ている。著書に『糖尿病に勝ちたければ、インスリンに頼るのをやめなさい』(幻冬舎)がある。
血糖値が正常でも合併症を起こすのはなぜ?
糖尿病予備軍も含めると1600万~2000万人、日本人の約6人に1人が血糖値に問題を抱えていると言われています。
糖尿病で怖いのは、糖尿病そのものではなく、血管の動脈硬化が進み、ボロボロになることで起こる合併症です。
3大合併症と言われるのが糖尿病腎症、糖尿病網膜症、糖尿病神経障害で、悪化するとそれぞれ「人工透析」、「失明」、「壊疽(組織の一部が死ぬこと)による手足の切断」を招きます。
目に起こる合併症である糖尿病網膜症は、50~60代の糖尿病患者では4割弱が合併しているとされ、年間に約3000人が失明するという、中途失明の大きな原因の一つです。
その他、動脈硬化に伴う心筋梗塞や脳梗塞(心臓や脳の血管が詰まる病気)なども、糖尿病の合併症に含まれます。糖尿病治療の最大の目標は、これらの合併症を防ぐことにあると言っても過言ではありません。
糖尿病は、「血液中のブドウ糖(血糖)を筋肉や脂肪細胞、肝臓に取り込むインスリンの働きや分泌が不足するために、血液中にブドウ糖が余って高血糖になり、血管が傷害される病気」と理解されてきました。合併症の原因は「高血糖」とされ、「高血糖を治す」ことに治療の主眼が置かれています。
そのため、血糖を下げる働きを持つインスリンの分泌を促す薬を使ったり、インスリンをそのものを注射して補うことで、高血糖を改善する「高インスリン療法」が標準治療になっています。
ところがこうした治療を行い、血糖値を正常値に保っても、合併症を起こす人が後を絶ちません。実際、糖尿病の合併症の数は、増加の一途です。
高血糖を治しているのに、なぜ合併症が起こるのでしょうか。実は、糖尿病の合併症は、「高血糖」ではなく、「高インスリン」の結果なのです。
インスリンが「破れやすい余計な血管」を作り出す
インスリンは血糖を筋肉などに取り込んだり、中性脂肪に変換してため込む作用を持つホルモンです。けれども、処理すべき血糖が多過ぎて、糖を取り込む筋肉や肝臓がすでに満杯だったらどうでしょう。
ラッシュ時の満員電車(筋肉や肝臓)に、駅員(インスリン)が必死に乗客(血糖)を押し込むようなもの。
応援を呼んで、二人がかり、三人がかりの駅員で押し込んだとしても、そこからさらに乗せられる数は限られ、プラットフォームにはたくさんの乗客が残ったままです。ただでさえ多い乗客を全て乗せ切るには、長い時間がかかります。
駅員を増やし労働時間が延びても人件費が上がる程度でしょうが、インスリンが高い状態が長時間続くのは、大きな問題が起こります。というのも、インスリンには、さまざまな「マイナス面」があるからです。
最も大きな弊害が、有害な活性酸素を増やして、動脈硬化や細胞の老化を進めてしまうことです。がんや、アルツハイマー型認知症のリスクを高めることもわかっています。
さらに、インスリンには「細胞の増殖を促す」働きがあります。この働きで、目の奥の網膜や腎臓で、血管壁がもろくて破れやすい余計な血管を作り出します。そこから眼底出血などを起こしやすいのです。
つまり、治療としてわざわざ投与や分泌促進されている、過剰な「インスリン」こそが、合併症の進行をさせている元凶だということです。
なぜ私がこう断言できるのか。当院の2型糖尿病の患者さんは、インスリンを補わない・過剰に分泌させない「低インスリン療法」の結果、合併症の進行は抑えられ、しかも多くの例で回復していくからです。
食事の糖質を減らせばインスリンの追加は不要
下の写真は、50代男性の眼底の推移です。彼は血糖値が190mg/dl(正常値は110mg/dl未満)、ヘモグロビンA1c(過去1~2か月の血糖値がわかる数値で、正常値は6.5%未満)は12.8%になっていたことから、3週間の緊急入院。
インスリン注射を打ち、インスリン分泌を促す薬も服用する、典型的な「高インスリン療法」を受けていました。
その結果、一気に合併症が進んで、両目に網膜症による眼底出血を起こし、右足の小指と左足の親指が黒ずみ、壊疽になった状態で、当院に来たのです。
即刻インスリン注射と分泌促進薬の使用を止め、食事の糖質制限に取り組んでもらいました。すると2ヵ月たたないうちに、ヘモグロビンA1cが7.9%に下がりました。

食事からとる糖質を減らせば、血糖値は上がりません。2型糖尿病の患者さんは、糖の処理能力が低い、いわば「糖質下戸」なのです。
アルコールに弱い下戸の人が酒を控えるように、糖尿病の人は糖質を控えればいいだけで、インスリンを増やしてまで糖質をとる必要はありません。
その上で、動脈硬化の治療を行ったところ、レーザー治療なしで眼底出血が治り、足の指の壊疽も1年少しで完全に元通りになったのです。
低インスリン療法は、まずインスリン分泌を促す薬やインスリン注射をやめることから始めます。
現在、糖尿病専門医にかかっている2型糖尿病患者の90%以上は、インスリンの分泌を促す薬を、50%はインスリン注射を使っていると言われています。
インスリン分泌を促す薬の代表は「SU(スルフォニル尿素)薬」です。そのほか、インクレチン関連薬(DPP‐4阻害薬、GLP‐1受容体作動薬)と呼ばれる注射や経口薬もやめるべき薬です。
これらの薬や注射を続けている間は、絶対に糖質制限を行ってはいけません。低血糖を起こし、死の危険があるからです。
主治医に相談し、血中の余分な糖を尿に出す「SGLT2阻害薬」か、腸管からの糖の吸収を抑える「α‐グルコシダーゼ阻害薬」に変更してもらいましょう。
最近は低インスリン療法(糖質制限)に理解のある医師も増えてきましたから、主治医の賛同が得られない場合は、転院も検討してください。
SGLT2阻害薬などは、インスリンによらず、血糖値を下げる働きがあります。厳密に糖質制限が実行できればこうした薬も不要ですが、それが難しい人は、これらの薬を使うことで補うことができます。
インスリン薬をやめ、低血糖の心配がなくなったら、糖質制限を行います。
主食(米、小麦、イモ、トウモロコシ)と砂糖の入った甘いものを抜き、代わりに野菜、魚、肉、卵などのおかずをバランスよく食べます。この原則を守れば、おなかいっぱい食べて構いません。
特に夜は必ず糖質を抜き、おかずだけにしてください。本当は、3食とも糖質抜きがベストですが、少なくとも夜だけは糖質抜きを実施しましょう。

この記事は『安心』2021年2月号に掲載されています。
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