解説者のプロフィール

岡部哲郎(おかべ・てつろう)
岡部漢方内科院長。1948年、群馬県生まれ。73年、東京大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科特任教授を経て現職。現在は西洋医学をベースに、中国伝統医学による自由診療を行う傍ら、海外の医学会で多数論文を発表し、中医学の啓蒙活動に取り組む。日本東洋医学会指導医。著書に『病気を治せない医者』(光文社)などがある。
欠けていた視野が漢方治療で改善
日本人の失明原因の第1位で、40歳以上の20人に1人が発症するのが緑内障(眼圧が高過ぎるために視神経が障害され、視野が欠ける病気)です。
そして、日本人の緑内障の7割は、正常眼圧緑内障(眼圧が正常範囲にありながら起こる緑内障)です。
当院では、正常眼圧緑内障の患者さんたちに、漢方治療を行い、高い効果を上げています。一例を紹介しましょう。
眼圧が15〜18mmHg(眼圧の正常値は10〜20mmHg)の正常眼圧緑内障の50代の女性患者さんは、眼科で眼圧を下げる手術を勧められました。
しかし、正常範囲の眼圧を、手術でさらに下げることに疑問を感じ、漢方治療を求めて来院されたのです。
約1年間の漢方治療の結果、眼圧はそのまま、MD値(視野の欠損状態を示す数値)が21%改善しました。このため、眼科での手術は中止。その後、もう1年漢方治療を続けた結果、MD値は48%まで改善したのです(下図のA)参照。
漢方治療の前後での視野変化
視野の欠け具合を数値化したものがMD値。0dBが正常で、視野が全くなくなると-30dB。-6dBまでが軽度、-6~-12dBまでが中度、-12dB以下が重度の視野異常となる。単位はdB(デシベル)。

通常の緑内障治療は、視野が欠けていくスピードをいかに遅くして、失明を遅らせることができるかというところに目標を置いています。それを考えると、視野を欠けないようにするだけでなく、欠けてしまった視野を改善させる治療の革新性がわかるでしょう。
もちろんこれは、お一人だけの改善ではありません。次のグラフをご覧ください。これは、眼圧が15〜20mmHg の正常眼圧緑内障の患者さんに、24〜32種類の生薬(漢方薬の原料となる天然物)の煎じ薬を処方し、3ヵ月〜1年間治療したときの、MD値の記録です。

漢方治療の前後でのMD値の変化
眼圧は下げず、3ヵ月、6ヵ月、1年後の視野検査で、ほぼ全員の視野が改善しています。残念ながら改善しなかったのは、治療開始時点で、失明してからすでに長期間が経過していた方、お一人だけです。
その方以外では、MD値が少ない人でも10%程度、効果の高かった患者さんでは20〜40%、非常にうまくいった例では視野の正常化も含め、50%以上の改善も見られました。
一般に、緑内障で欠けた視野は戻らないとされています。しかし、私が治療を続ける中で、視神経が障害され正常に働けなくなり、視野が欠けた時点でも、完全に死んでいるとは限らないことがわかってきました。
確かに、完全に死滅した視神経を生き返らせることはできません。残念ながら改善が見られなかった方の視神経は、完全に死んでしまった状態だったのでしょう。
しかし、視神経がいわば「瀕死」の状態になり、機能を果たす力がなくなってからも、死滅するまでには一定の猶予期間があると考えられます。
その猶予の間に、原因に即した適切な治療を行えば、瀕死状態の視神経を救うことができ、その分の視野は回復できるのです。
その瀕死の期間は、眼科の専門医によると、通常、2〜4年程度とのこと。すなわち、適切な漢方治療を行えば、視野の狭窄は、平均で3年前、うまくいけば4年前の状態にまで戻せるということです。
どの程度の視野が戻るのかは、実際に治療をやってみなければわかりません。しかし、少なくとも当院では、これまで悪化した例はありません。
視野狭窄が始まって間もない初期の患者さんでは、ほぼ正常の視野に戻った例(上掲の図B)もあります。
視神経が弱くなる最大の要因は「血流不足」
これだけの治療が可能なのは、私が正常眼圧緑内障を「目の病気」ではなく、視神経の脆弱性(弱いこと)から起こる「神経の病気」と捉えた治療を行っているからです。
これは、私が元々眼科ではなく、脊髄小脳変性症などの神経難病を専門としてきたことも関係しているかもしれません。
視神経が脆弱化する最大の要因が「血流不足」です。
血液中には、生体活動に欠かせない酸素と、エネルギー源になるブドウ糖、その他の栄養素が含まれています。
当然、視神経の働きも、血液中の酸素や栄養素によって支えられています。その血液が十分に届かないことから、視神経が脆弱化して起こるのが、正常眼圧緑内障なのです。
この意味で、眼圧が高くなって起こる通常の緑内障(以下、高眼圧緑内障)とは、大きく病態が異なります。
眼圧を下げる手術は、高眼圧緑内障には有効ですが、正常眼圧緑内障には効果がないばかりか、悪化を招くので注意してください。
手術をすると必ず傷が生じ、止血のために血液が固まりやすくなります。その結果、血流不足がさらに悪化するからです。
正常眼圧緑内障の根本にある血流不足の原因は、人によってさまざまです。
低血圧の他、体質や食事、生活習慣などから、血流量そのものが少なくなっている場合もあれば、逆に血液が多く濃く、いわゆる「ドロドロ血液」になり、血流が悪くなっている場合もあります。
他にも、視神経のむくみで血流が悪くなっている場合や、脱水傾向によって、視神経に十分な水分や血液が補給されていない場合もあります。
ストレスによって交感神経(緊張状態を作り出す自律神経)が興奮状態になり、それが長年続いたために視神経がオーバーワークになって脆弱化している場合もあります。
詳細な問診と、脈診や舌診など漢方的な手法で、臓器ごとの状態や血流の状態を判断し、その結果に基づいて、血流不足の原因を取り除くための、漢方処方を決めていきます。
漢方処方も、市販の「●●湯」などとして作られたエキス剤ではなく、一人一人に合わせたオーダーメイドの処方で、煎じ薬の形で出します。
この辺りの、原因の正確な把握と的確な処方、生薬の質の見極めが難しく、今のところ、この治療を行える医師が他にいないのが現状です。
しかし、適切な治療を行えば、視神経を救えることを、ぜひ覚えておいてください。

この記事は『安心』2021年2月号に掲載されています。
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