解説者のプロフィール

前橋健二(まえはし・けんじ)
東京農業大学応用生物科学部醸造科学科教授。1994年、東京農業大学農学研究科醸造学専攻修士課程修了。99年に博士号(農芸化学)取得。同大学応用生物科学部醸造科学科助手、准教授を経て2016年より現職。発酵調味料や味覚研究における第一人者。近著に『砂糖の代わりに糀甘酒を使うという提案』(アスコム)がある。
米こうじを発酵させる「こうじ甘酒」がお勧め
[別記事:腸機能を高める甘酒おでんの作り方→]
甘酒を調味料としておでんに入れる「甘酒おでん」が、近年はやっているそうです。インターネットで検索すると、「甘酒おでん」「発酵おでん」などといったキーワード(タグ)をつけて写真を載せている人が、おおぜいいます。
甘酒とひと口にいっても、二つのタイプがあるのをご存じでしょうか。一つは、米こうじを粥に入れて(あるいは米こうじのみを)発酵させて作った「こうじ甘酒」。もう一つは、酒かすを煮溶かした湯に砂糖を溶いた「酒かす甘酒」です。
甘酒おでんに使われているのは主に前者で、私がお勧めするのも、こうじ甘酒です。
私は醸造学を専門とし、食品に対する微生物の影響や味覚への作用を研究しています。いろいろな食材や食品、料理をおいしくすることが、私の研究テーマです。これまでに米こうじを用いた調味料を、数多く研究・開発してきました。甘酒も、研究テーマの一つです。
そんな私の目から見ても「甘酒おでん」は、上手な甘酒の使い方といえます。そのままでもおいしいおでんに、甘酒のほのかな甘みと発酵食品の風味やコクが加わることで、より重厚な味わいになり、おいしさが増すのです。
特に、しょうゆベースのおでんは、つゆがさっぱりしています。甘酒を加えることで、物足りなさを感じることなく、よりおいしく食べられます。また、おでんは具材をよく煮てありますが、仕上げに甘酒を加えることで、おでんの鮮度が上がるというか、フレッシュな風味がよみがえるような、そんな印象を持っています。
おでんに甘酒を入れると、おいしさに加え栄養もグンとアップします。あらためて、甘酒の成分について説明しましょう。
甘酒の甘みのもとは、主にブドウ糖です。ほぼショ糖からなる砂糖と異なり、分子構造がより単純なので、エネルギー源として速やかに代謝されます。疲労回復にも即効性があります。
また、こうじ甘酒は、ビタミン類や必須アミノ酸をはじめ、350種類以上もの多様な栄養素を含みます。甘みをつける調味料として、砂糖と決定的に違うのはこの点です。
甘酒を砂糖がわりに料理に使えば、知らず知らずのうちに、さまざまな栄養を摂取することができます。私が酒かすタイプの甘酒より、こうじ甘酒を勧める理由も、ここにあります。
栄養素のなかでも、特筆すべきはビタミンB群。糖や脂質、たんぱく質の代謝に欠かせません。やせやすい体をつくるので肥満や糖尿病を撃退する一助になるでしょう。代謝を活発にするので体力回復はもちろん、美肌や育毛にも期待が持てます。
腸内で善玉菌を増やし体温を上げる
なかでも、ビタミンB群の一つである葉酸は、米が甘酒になる発酵の過程で急激に増加します。米の状態に比べて、含有量が14倍にも増えるのです。
葉酸は妊娠中の女性に必須の栄養素として知られますが、実は老若男女にとって重要。不足すると、貧血や動脈硬化、骨粗鬆症などを招きます。ちなみに甘酒の摂取は血圧の上昇を抑制するというデータもあります。甘酒の日常的な摂取は、これらの症状の予防にもなります。
また、甘酒には、オリゴ糖や食物繊維も、たっぷり含まれています。これらは腸内で、ビフィズス菌などの善玉菌のエサになります。善玉菌が増えるに従い、酢酸と乳酸が生成され、酢酸の強力な殺菌力が、悪玉菌の繁殖を抑制。それによりますます善玉菌が優勢になり、腸内環境が良好に整います。
ちなみに、「発酵食品は菌が豊富で腸にいい」というと「発酵食品に含まれる菌がそのまま腸内で働く」と受け取られがちですが、そうではありません。
菌もいろいろで、なかには「腸まで届く」という種類もありますが、大半は、口から入っても胃酸により死滅します。ではなぜ腸にいいかというと、菌の活性がなくなっても、先述したようなオリゴ糖や食物繊維などが、腸内で善玉菌を増やすことに寄与するからです。
そして、全身の免疫細胞の大半が腸に集まっていることから、腸の状態のよしあしは、その人の免疫力に大きく相関します。「発酵食品が免疫を高めるのに役立つ」というのは、こうしたわけなのです。
消化を助ける酵素を含むことも、甘酒の特長の一つです。しかし酵素は熱に弱いので、甘酒は、おでんを煮込んだ最後の仕上げに加えるのがお勧めです。
もちろん、自分の皿に取り分けたおでんに、甘酒を大さじ1程度加えるのもよし。それだけで、普通のおでんが立派な発酵食に変身します。
また、腸が活性化することで期待できるのが、体温の上昇です。「冷えは万病のもと」といわれるとおり、低体温は免疫を低下させます。甘酒おでんは温かい鍋物で、物理的にも体を温めることから、一石二鳥の「免疫アップおでん」といえます。
発酵食品は、少量ずつでも、毎日の食事に取り入れることで腸にいい作用を及ぼします。甘酒おでんは、甘酒をそうした日常使いの調味料として活用する手始めにも、お勧めのレシピです。ぜひ、その意外なおいしさに驚いてください。
炊飯器を使った甘酒の作り方

【材料】(出来上がり量=約1L)
・米…1合
・水…900ml(700mlと200mlに分けておく)
・米こうじ(乾燥または生)…200g
※米は白米でも玄米でもよい。もち米を使うとより甘みが増す。玄米を使う場合は、手順①でひと晩かけて浸水させる。

【作り方】
❶米をとぎ、鍋に入れ、水700mlを注ぎ、30分ほど浸水させたら強火にかける。沸騰したら、少しずらしてふたをし、弱火で30分ほど煮て粥を作る。
※炊飯器の「おかゆモード」で作ってもよい。

❷粥ができたら、水200mlを加えて温度を下げ、炊飯器に移す。

❸60度まで下がったら、よくほぐした米こうじを加えて混ぜる。

❹炊飯器のふたを開けたまま、内釜にふきんをかけて、保温モードで6~8時間放置する。
※途中で、1~2回かき混ぜると均一な仕上がりになる。その際、温度を確認し、下がっていたら炊飯器のふたを閉め、上がっていたら一時的にふきんを外すなどして、60度前後を保つようにする。
※保温にヨーグルトメーカーを使う場合は、粥の温度を60度に下げてから、米こうじを混ぜて専用容器に移し、60度6時間にセットする。

❺ほんのりと黄色みを帯び、甘みが出ていたら出来上がり。冷めたら保存容器に入れて冷蔵庫へ。冷蔵で2~3日、冷凍で1~2ヵ月は保存可能。
[別記事:腸機能を高める甘酒おでんの作り方→]

この記事は『壮快』2021年2月号に掲載されています。
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