解説者のプロフィール

佐々木みのり(ささき・みのり)
大阪医科大学卒業。日本でも十数名しかいない女性の肛門科専門医・指導医で、国内唯一・元皮膚科医という経歴を持つ。肛門周辺の皮膚疾患の中でも、特に「肛門掻痒症」については独自の治療を行い、良好な成績を得ている。学会での講演実績も多数。「痔=手術」という肛門医療業界において、痔の原因となった「肛門の便秘」を治すことによって、「切らない痔治療」を実現。日本全国から患者が訪れている。
毎日快便でも肛門付近に便が残る
「私は便秘じゃない」と思っているあなた、本当にそうでしょうか?
肛門科に来る方は、痔や、かゆみ等の不快感、便失禁など、お尻になんらかの異常を抱えて受診されます。
そのような患者さんに話を聞くと、「毎日ちゃんと便通がある」とか、「1日2〜3回出るくらい快便です」と答える人が結構います。
ところが、実際に診察してみると、肛門付近に便が停滞していることが多々あるのです。
これは、排便時に出し切れなかった便が、出口に残ってしまっている状態です。腸はきちんと動いて便をつくって出口まで運んでくれているのですが、それを完全に排泄することができていないのです。
当院ではこれを、おなか(腸)の便秘と区別するため、「出残り便秘®︎」と名づけました。
「自分は便秘じゃない」と思っていても、実は出残り便秘の人は非常に多いものです。そして、この出残り便秘こそが、肛門の異常を引き起こす諸悪の根源だと、私は考えています。
肛門は本来、便の通り道であって、便をためるところではありません。そこに便があるのは排便の直前だけ。それによって便意が起こり、排便したら肛門は空っぽの状態に戻る、というのが正常な排便サイクルです。
しかし、きちんと出し切れずに、本来空っぽであるはずの肛門付近に便が残ったままだと、それが刺激となり、かゆみ等の不快感を引き起こします。
また、肛門付近に残った便は、直腸から水分が吸収されて硬くなります。
硬い便を無理やり排出しようとすれば、肛門が裂けて「切れ痔(裂肛)」に。さらに、その傷口が残った便で汚染されて炎症を起こして腫れると、「見張りイボ」や「肛門ポリープ」になります。
一方、肛門に残った便に圧迫され、うっ血して腫れた状態が「イボ痔(痔核)」を引き起こす要因となります。
出残り便秘が治れば痔も改善
下着に便がついて「便失禁ではないか」と悩んでいる方も、肛門付近に便が残っているために下着が汚れているだけ、というケースはよくあります。私たちはこれを「ニセ便失禁」と呼んでいます。
このように、肛門の異常のほとんどは、出残り便秘が原因で起こっています。裏を返せば、出残り便秘を治せば、肛門の異常は解決するということです。
現に、当院で出残り便秘の治療を受けた方は、痔にならないだけでなく、痔になっていた人が手術を回避できた例も多くあります。切れ痔はもちろん、イボ痔も脱出症状がなくなるなど、顕著に改善しています。
ここで、自分が出残り便秘かどうかを知るための、簡便なチェック方法を教えましょう。
まず、排便後、お尻を3回拭いても便がついたら、出残り便秘の可能性大です。肛門に付着した汚れではなく、肛門に残った便をこすっているために、いつまでも汚れがついてくるのです。下着によく便がつく人も、同じことが考えられます。
温水洗浄便座で洗わないと気持ちが悪いというのも、スッキリ出し切れていない証拠です。排便の後、お尻がムズムズかゆい、くさいオナラがよく出る、なども出残り便秘の典型的な症状といえます。
また、出始めの便が黒くて硬いのは、まさにその部分が、前日までの出残り便です。
いかがですか? 思い当たることはないでしょうか。
出残り便秘のチェック表
□ 排便後、何度も紙に便がつく
□ 1日に何度も便が出る
□ くさいオナラが出る
□ おなかが張る
□ 下着に便がつく
□ 温水洗浄便座を愛用している
※1つでも当てはまれば、「出残り便秘」です!
便意を逃していると肛門は鈍感になる
出残り便秘の最大の原因は、排便を我慢することです。便意が起こったとき、すぐに排泄すれば、便は勢いよく出し切ることができます。しかし、我慢すると便意が消失します。
それをくり返していると、肛門はどんどん鈍感になり、便を感知しないどころか、排泄力が低下して、勢いよく出すことができなくなります。その結果、肛門付近に便が残ってしまうのです。
そのほか、加齢によっても排泄力は低下します。60歳を過ぎると尿の出が悪くなるのと同じで、便も残りやすくなります。
次項では、出残り便秘を避けるために心掛けるべきこと、また、やってはいけないことについてお話しします。
「毎日出るが出始めが硬い」は出残り便秘
さまざまなお尻のトラブルを引き起こす「出残り便秘®︎」。それを改善し、便をスッキリと出し切れるようにするには、どうすればよいのでしょうか。
まず心得ていただきたいのは、「腸の便秘」と「出残り便秘」は違うということです。
皆さんが一生懸命行っている「腸活」や、腸を刺激する下剤は、出残り便秘を改善するものではありません。
実際、当院の患者さんは「毎日出るけど、出始めが硬い」という方が少なくありません。「毎日出る」ということは、腸には問題がないということです。
出残り便秘をきちんと治すのであれば、本来は、臨床現場での経験豊富な専門医を受診し、診断と治療を受けることが望ましいです。しかしながら、出残り便秘に着目し、治療を行っている病院は、残念ながらまだごくわずかです。
そこで今回は、出残り便秘を避けるために、自分でできるいくつかのポイントを伝授したいと思います。
1つ目は、少しでも便意を感じたら、すぐにトイレに行くことです。出残り便秘になる一番の原因は、排便を我慢すること。「あっ」と思ったらすぐトイレに行くようにしましょう。
2つ目は、排便時におなかを「の」の字にマッサージすることです。当てた手をブルブル動かして振動を加えると、よりスムーズな排便を促すことができます。
3つ目は、姿勢です。よく「前かがみがいい」と言われますが、人によって出やすい姿勢は違います。大事なことは、足の裏を床につけ、余計な力を入れずに排便することです。

1.「あっ」と思ったらすぐトイレへ
便意を感じたら、とりあえずトイレに行って座る。
2.「の」の字マッサージ
便座に座りながら、おなかを「の」の字にマッサージする。マッサージする手を揺らしながら行うと、なおよい。
下剤を選ぶ際の注意点
なお、腸の便秘と出残り便秘を併発している人は、下剤が必要となるケースもあります。
その場合は、下剤選びにも注意が必要です。
例えば、センナ、アロエ、カスカラサグラダ、ダイオウなどのハーブ系の下剤は、飲み続けると大腸メラノーシスを引き起こします。
大腸が真っ黒になると、蠕動運動が起こらなくなり、下剤を飲まないと便が出ない体になってしまいます。また、最近は大腸がんとの関連も懸念されています。
医師から処方される酸化マグネシウムも、便を軟らかくし過ぎて、便失禁につながることがあるので要注意です。
温水洗浄便座は肛門を硬く狭くする
日本人は皆大好きなので言いにくいですが、お尻の健康のためには、温水洗浄便座の使用もやめましょう。
肛門周辺の皮膚は、目の周囲の皮膚と同じくらい薄いものです。
そこに温水洗浄便座の水を勢いよく当てるのは、目の周囲の皮膚に水鉄砲で水を噴射するようなもの。皮膚を守っている皮脂膜がはがれ、ホクロやシミを増殖させたり、かゆみを感じやすい肌にしたりします。
そして、炎症を起こした皮膚は硬くなって縮んでいきます。すると、肛門が狭くなってしまうため、ますます便が残りやすくなるのです。
しかも、温水洗浄便座のノズルには菌やウイルスがウヨウヨいます。皮脂膜がはがれた皮膚はバリア機能が傷害され、菌やウイルスが侵入しやすくなっています。そもそもスッキリと便を出すことができていれば、温水洗浄便座を使う必要などないのです。
お尻のトラブルはもちろん、感染予防の観点からも、便を残さず排泄するのはとても大切なこと。まずは自分でできることから、始めてみてください。

この記事は『安心』2021年1月号に掲載されています。
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