解説者のプロフィール

松生恒夫(まついけ・つねお)
1955年東京都生まれ。80年、東京慈恵会医科大学卒業。同大学第三病院内科助手、松島病院大腸肛門センター診察部長を経て、2004年に松生クリニック(東京都立川市)を開業。大腸内視鏡検査や炎症性腸疾患の診断と治療を得意とし、これまでに行った大腸内視鏡検査は5万件を超える。著書多数で、近著『大人のバナナジュース健康法』(主婦の友社)、『腸ストレッチ』(マイナビ出版)が好評発売中。
筋力の衰えや食欲の低下も便秘の原因
便秘というと、女性に多いイメージです。しかし、私のクリニックで開設している「便秘外来」には、老若男女問わず、たくさんの患者さんがいらっしゃいます。
中でも多いのが、高齢の患者さん。年を取ると、腸も老化をするので、腸の働きそのものが落ちてしまいます。そのため、誰もが便秘になりやすくなるのです。
加齢によって、腸には次のような変化が生じています。
●大腸壁が硬くなる
大腸壁は20歳前後が最も軟らかく、そこから加齢とともに弾力性が低下します。60代の腸は、20代の半分程度の弾力性しかありません。
●腸の蠕動機能が低下
大腸は伸びたり縮んだりをくり返して、便を先へ先へと押し出しています(蠕動運動)。しかし、前述のように大腸壁が硬くなると、蠕動機能も弱まるので、便を通過させるのに時間がかかるようになります。
●腸内細菌が変化する
大腸の内容物1gあたりには、1千億~数千億もの細菌がいるといわれています。 しかし高齢者では、これらの細菌が変化することがわかっています。善玉菌であるビフィズス菌の数も減るので、腸内環境が悪化しやすくなります。
これらの変化に加え、高齢になると、運動量が減り、腹筋が衰え、便を押し出す力が弱くなります。また、食が細くなると、便の材料も減ってしまいます。こういったさまざまな要因が複合的に絡み合い、便秘になるのです。
安易に薬に頼るとますます出にくくなる
便が出ないと不快ですから、市販の便秘薬に手が伸びる人もいるでしょう。しかし、薬頼みの排便が習慣化すると、やっかいなことに、便秘はさらに悪化します。
便秘薬に依存するようになると、自然な「便意」が失われます。これがひいては、腸や肛門の筋肉の機能低下を招きます。
また、生薬のアロエやセンナ、ダイオウなどが成分として配合された「アントラキノン系下剤」は、長期にわたって飲み続けると、腸の粘膜が黒ずむ「大腸メラノーシス」という障害を起こすことがあります。
ですから、私は便秘薬に頼り過ぎず、食事や生活を改善して、腸の機能を保つ方法を患者さんにお勧めしているのです。
腸の健康は全身や心の健康にもつながる
実は、腸の健康を意識して生活することは、体全体の健康のためにも欠かせないことです。
「腸は免疫の要」といわれています。これはリンパ球など免疫に関わる細胞の60%以上が、腸に集中しているからです。
私たちの体内にも、周囲にも、常にたくさんのウイルスや細菌が存在しています。がん細胞も毎日、発生しています。
それにも関わらず、多くの人が普段と変わらず元気に過ごせるのは、免疫力がこれらの増殖を抑えてくれているおかげ。
新型コロナウイルス感染症も同じです。たとえウイルスが体内に入っても、免疫力が強ければ、無症状か軽いカゼ程度で済むことでしょう。
また、腸の健康は、心の健康とも深くつながっています。
腸は「第二の脳」と呼ばれています。これは腸には、脳と同じように神経ネットワークが張り巡らされており、連携して働くからです。
例えば、うつ病の患者さんには便秘が多いことが知られています。しかし、腸内環境をよくすることで、不安感が軽減することもわかってきました。
現在、コロナの影響で、うつ状態になる人が増えています。しかし、腸が元気であれば、コロナによる不安感にも打ち克つことができるでしょう。
現在、「便秘ではない」という人も、次の症状が思い当たる場合は、腸の老化が進んでいる可能性があります。
・便が細い
・便が硬い
・排便に時間がかかる
・思うように排便できない
・残便感がある
・便意を感じない
・腹部の膨満感や腹痛がある
これらの自覚症状がある人は、次項で紹介する、「腸の機能をアップする4つのポイント」をぜひ実践してください。腸機能の低下を補うことができるでしょう。
腸の機能を上げる4つのポイント
当院の患者さんを見ていると「腸が若い人は、体も元気」ということが、よくわかります。 便秘がない患者さんは、90歳を過ぎても、高血圧があるくらいでピンピンされています。
では、腸の機能を上げるには、どうすればよいのでしょうか。基本となる4つのポイントから説明しましょう。
ポイント① 食生活の改善
肉類、油脂類、乳製品は、とり過ぎると腸内環境を悪化させます。これらは控えめにして、腸の働きをよくする食材(後述)を増やしましょう。
ポイント② 生活習慣の改善
排便は体内時計と連動して行われます。腸のリズムをくずさないように、1日3食を習慣化し、夜更かしは避けましょう。
特に、排便を促す腸の運動は、朝食後に最も活発になるため、朝食抜きは禁物です。
ポイント③ ストレスの解消
腸の運動は、自律神経の副交感神経(主に休息時や食事時に働く)が優位のときに活発になります。
反対に、交感神経(主に日中の活動時に働く)が優位になると、腸は動かなくなります。ストレスがあると交感神経が優位になるので、意識してリラックスする時間を取りましょう。
ポイント④ ウォーキングなどの運動
体を動かさなくなると、腸の動きも悪くなります。お勧めは、1日30分、軽く汗をかく程度のウォーキング。上半身をひねったり、足踏みしたりするのもいいでしょう。
冬はこれらに加えて、「腸を温める」ことを心掛けましょう。気温が低下する冬は、体内の中心部の温度を維持するため、交感神経が優位になります。すると腸の動きが抑制されてしまいます。
そこで、腸を温め、血行をよくして、動きを促すといいのです。実践しやすいのは、ぬるめのお湯をはった湯船に長くつかることです。
これらを実践した上で、次の「腸の働きをよくする」栄養素や食品をとり入れましょう。
腸の老化を防ぐ食材

豆乳+甘酒は松生先生お勧めのドリンク。
●食物繊維(特に水溶性)
食物繊維には不溶性と水溶性の2種類があります。
不溶性は、穀類、イモ類、豆類、根菜などに多く含まれており、腸を刺激して、排便を促す作用があります。
一方、水溶性には、善玉菌を増やしたり、有害物質を吸着して排泄したりする作用があります。キウイフルーツやバナナなどの果物、大麦やもち麦、海藻類に多く含まれます。
水溶性食物繊維は、腸内で分解されると「酪酸」という物質になります。酪酸は腸のエネルギー源で、これがないと腸は十分な働きができません。
不溶性と水溶性は、2対1の割合でとるのが理想的ですが、現代人は水溶性が不足しているので、積極的にとりましょう。
●エクストラバージンオリーブオイル
腸の滑りをよくして、便通を促します。サラダやフルーツにかけるほか、冬にお勧めなのは、温かい汁物に回しかけるとり方。腸を温める高い効果があります。
●グルタミン
アミノ酸の一種で、小腸のエネルギー源となります。刺し身や生卵、発芽大麦などに含まれます。
●オリゴ糖
善玉菌のエサになるだけでなく、腸内で分解されると、その一部は酪酸となります。タマネギ、バナナなどに含まれます。
●植物性乳酸菌
植物由来の乳酸菌のことで、漬物やみそに含まれています。生命力が強く、生きたまま大腸に届き、善玉菌が繁殖しやすい腸内環境を作ります。
●ココア
便通を整える成分が豊富で、腸を温める効果があります。
●マグネシウム
便通促進効果があります。ヒジキやカキ、ホウレンソウ、サツマイモ、バナナ、納豆などに含まれます。
●ペパーミント
腸内のガスを排出しやすくする効果があります。ハーブティーを利用すると手軽です。
●野菜や果物、キノコ類
健康維持、老化防止に欠かせない抗酸化成分を豊富に含みます。大腸がん予防にも有効です。
別記事では、私がお勧めするこれらの食材を利用したレシピも紹介しています。あわせてご覧ください。
[別記事:腸が元気になる美味レシピ→]

この記事は『安心』2021年1月号に掲載されています。
www.makino-g.jp