ワールドカップのときには、腰がおばあちゃんのように曲がり、まっすぐ伸ばせなくなっていました。少し腰を動かすと、お尻から両足にかけて、痛みとしびれが走り、日常生活もままならない状態です。通常、脊柱管狭窄症になるのは中高齢の方がほとんどなのに、私は20歳そこそこで発症してしまったのです。【体験談】大山加奈(元全日本女子バレーボール選手)

プロフィール

画像: プロフィール

大山加奈(おおやま・かな)

1984年、東京都生まれ。小学2年生に地元バレーボールクラブに入団。小中高の各年代で全国制覇を経験。17歳で日本代表に選ばれ、高校卒業後は「東レ・アローズ」に所属。オリンピック、世界選手権、ワールドカップの3大大会にも出場。2010年に現役を引退。現在は講演、バレーボール教室、解説者として、スポーツならびにバレーボールの発展に尽力している。

20歳そこそこで脊柱管狭窄症に

私は小学2年生でバレーボールを始めました。小学6年生になると身長が175cmまで伸び、全国大会で優勝することもできました。

ところが、中学生になると、腰痛に悩まされるようになったのです。その頃には、空中に高く跳ぶジャンプからのスパイクがすでに私の武器となっていました。それが、腰に負担をかけていたのでしょうか。腰サポーターが欠かせませんでした。

高校生になると、足にもなんだか突っ張るような違和感を覚えるようになりました。その原因がまさか腰にあるとは思いもよらず、「この違和感はなんだろう? 」となんとなく疑問を持ちながらも、特に何の対処もせず、普通にプレーを続けていたのです。

高校卒業後、実業団チームに入り、トレーナーに足が突っ張ることを話すと、「すぐ病院でMRI(核磁気共鳴画像)を撮ってもらいなさい」と言われました。

検査結果は「腰椎椎間板ヘルニア」とのこと。

そのときに初めて、腰の問題で足に症状が出ていると知ったのです。

画像: 大山加奈さんの小学生時代の写真。

大山加奈さんの小学生時代の写真。

その後、2004年のアテネオリンピックが終わった頃から、ますます腰の状態が悪くなりました。特に、レシーブをするときの前傾姿勢を維持するのがつらくて、つらくてたまりません。

その当時は、ありがたいことに「パワフルカナ」と呼ばれたり、同い年の栗原恵選手と「メグカナコンビ」と注目されたりと、とにかくたくさんの期待を背負っていました。

そんな体にむち打って、だましだましプレーを続けていたら、2007年のワールドカップのときには、腰がおばあちゃんのように曲がり、まっすぐ伸ばせなくなっていました。

少し腰を動かすと、お尻から両足にかけて、痛みとしびれが走り、日常生活もままならない状態です。

寝返りを打つと激痛が走り、何度、涙を流したことか……。

腰痛専門医の診察を受けたところ、初めて「脊柱管狭窄症」と告げられました。通常、脊柱管狭窄症になるのは中高齢の方がほとんどなのに、私は20歳そこそこで発症してしまったのです。

生まれつき脊柱管が細い

脊柱管とは、背骨の中の神経が通る隙間のこと。私はこの隙間が、生まれつき人より細いのだそうです。

また、体が出来上がる前の小学生の頃から、背中を反り返らせてスパイクを打つ動作をくり返してきたことも影響しているとのことでした。

画像: 高く跳び上がり、スパイクを放つ中学生時代の大山加奈さん。中学生のときも全国制覇を果たす。

高く跳び上がり、スパイクを放つ中学生時代の大山加奈さん。中学生のときも全国制覇を果たす。

しかも、私のスパイクはフォームが悪くて、それもより腰に負担をかけていたのかもしれません。

スパイクは通常、体の横の回旋(ひねり)を使って打つのが理想的とされています。

しかし、アメリカ、ロシア、ブラジルといった強豪国の代表選手と10代から戦っていた私は、強いスパイクを打つことに必死で、背中を必要以上に反らせて打つ癖がついてしまっていたのです。

筋肉のバランスが悪いのも、脊柱管狭窄症を招く一因でした。太ももや腹部など、体の前面は強いのに、背骨を支える背面の筋肉は弱く、腰に強く負担がかかっていたと医師から教えられました。

手術とオリンピックを天秤にかける

脊柱管狭窄症と診断された直後に、手術を勧められました。そのときは、寝返りすらできないほどの腰の痛みだったので「この痛みがなくなるなら」とも思ったのですが、踏みとどまりました。

というのも、手術を受けると、2008年の北京オリンピック出場は断念せざるを得なかったからです。

言うまでもないことですが、オリンピックは、アスリートにとって人生を大きく左右する大会です。出ないという選択肢はありませんでした。

そこで、担当医と相談して、まずは薬で血行をよくして、しびれを和らげる治療を受けてみました。2週間ベッドにほぼ寝たきりで、24時間点滴を投与し続けたものの、残念ながら、その治療による改善効果は見られませんでした。

当時は地獄の毎日でした。そのことは、今でも忘れられません。階段の上り下りは本当につらく、建物の4階から「いっそ、ここから飛び降りてしまおうか」と思ったこともあったくらいです。

もう、この痛みを抱えながらバレーボールをやっていくことはできない……。私は当時、23歳だったので、けがさえなければこれからがピークという年齢です。悔しいやら、チームメイトに申し訳ないやら、いろいろなネガティブな気持ちを抱えて落ち込みました。

画像: 名門・成徳学園高校(現・下北沢成徳高校)でプレーしている頃の大山加奈さんの写真。主将としてインターハイ、国体、春高バレーの3冠を達成し、高校生ながら全日本代表に選出された。

名門・成徳学園高校(現・下北沢成徳高校)でプレーしている頃の大山加奈さんの写真。主将としてインターハイ、国体、春高バレーの3冠を達成し、高校生ながら全日本代表に選出された。

実を言うと、引退も考えていたのです。そんなある晩、「明日起きたら、監督に引退を相談しよう」と横になりました。そのとき、「脊柱管狭窄症の手術を受けて復帰したアスリートはいない」と聞いたことを思い出したのです。

「それなら私が復帰した選手の第1号になればいい」と、頭に浮かびました。

それがもし実現できたら、同じ悩みを抱えるアスリートの希望になれるかもしれません。そう思うと、手術を受ける決断ができました。

スパイクを再び打てた喜び

手術を受けたのは、2008年8月のこと。まだ24歳でした。背骨を切って開き、神経を圧迫している部分を切り取るという手術を受けました。

手術後は、腰の痛みや足のしびれがうそのように消え、本当に安心できたのを覚えています。

でも、試合に復帰するまでが本当に長い道のりでした。しばらくの間は、ジャンプをするときに「着地の衝撃でまた腰を傷めるのでは……」と不安で、恐る恐るで跳ぶことができません。

でも、手術後、初めてスパイクを打てたときはとてもうれしかった!

小学2年生でバレーボールを始めて、最初にスパイクが打てたとき……それ以来の喜びでした。そして、半年ほどリハビリを重ねて、2009年3月、プレミアリーグ(日本の社会人バレーボール・Vリーグの1部リーグ)の試合に復帰を果たしました。

復帰戦でコートに立ったのは、ほんの1分ほどでしたが、ファンの皆さんに温かく迎えられ、中には涙を流して喜んでくれている方までいて、私自身、胸が熱くなる思いでした。

画像: 日本人離れした体格と跳躍力からくり出されるスパイクで、強豪国相手でも得点を増産。

日本人離れした体格と跳躍力からくり出されるスパイクで、強豪国相手でも得点を増産。

手術後に思い知ったリハビリの大切さ

翌シーズンは、開幕戦にスタメンとして出場できるまでに回復しました。

ところが、しばらくたつと、腰痛が再発したのです。腰に炎症が起こっているとのことで、医師からは再度休んでリハビリすることを提案されました。

後になって考えてみると、このときにじっくりとリハビリに取り組んだら、もしかすると、まだ現役を続けられたかもしれません。

でも、北京オリンピックに出られなかった悔しさから、「また日の丸を背負って戦いたい」と強く思うあまり、私は焦っていたのです。

「あんな思いで手術まで受けたのに……」と、心が折れてしまいました。そして2010年6月、現役の選手生活に別れを告げたのです。

実は復帰できたとき、「またバレーボールができて幸せ!」と皆に言っていました。

私のことをよく知る恩師は、それを伝え聞いて、「加奈は危ないかもしれない」と話していたそうです。

きっと、私が気持ちの面で無理していることに気づいていたのでしょう……。

もし同じように、脊柱管狭窄症の手術を受けようという方がいらしたら、どうか焦らないでください。しっかりと治してから、社会復帰を果たすことが大切だと身を持って痛感しました。

ストレッチを習慣にして姿勢や動作にも注意

現在でも、長時間歩いたりすると、腰痛や足のしびれが出ることはあります。でも、現役時代と比べれば症状は軽く済み、日常生活に大きな支障をきたすほどではありません。

普段は、セルフケアとしてストレッチを習慣的に行っています。お尻の筋肉や腸腰筋(腰の骨から太ももの骨をつなぐ筋肉群の総称)が硬くなると、痛みが出やすいので、それらの筋肉をストレッチでほぐして、予防を心がけています。

また、前かがみの姿勢をとると腰に負担がかかりやすいので、何かを持ち上げたり、下ろしたりするときには、しっかりと腰を落としてしゃがむように気をつけています。

実は、私は現在、双子の赤ちゃんを妊娠中です。

これからおなかも重くなってくるでしょうし、出産後も抱っこなどで腰に負担がかかる場面が増えそうです。

私に似て大きくなるかもしれないので、ちょっと心配ではありますが、くれぐれも気をつけて生活しようと思います。

画像: 現在は双子を妊娠中。おなかが徐々に大きくなってきているが、腰に負担がかからないよう過ごしている。

現在は双子を妊娠中。おなかが徐々に大きくなってきているが、腰に負担がかからないよう過ごしている。

画像: この記事は『安心』2021年1月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2021年1月号に掲載されています。

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