解説者のプロフィール

江口有一郎(えぐち・ゆういちろう)
1969年、福岡県久留米市生まれ。94年、佐賀医科大学卒業、同内科学講座入局。98年、埼玉医科大学消化器科・肝臓内科助手、10年、佐賀大学医学部総合診療部講師などを経て、12年、同肝疾患医療支援学教授、16年より同大学附属病院肝疾患センター特任教授。20年より医療法人ロコメディカル総合研究所所長、同法人理事長補佐に就任。日本肝臓学会評議員、日本消化器病学会評議員。
肝臓ガンの原因の約8割がウイルス性肝炎
肝臓ガンの原因の大半を占めるのが、C型肝炎(全体の約7割)、B型肝炎(約1割)といったウイルス性肝炎です(佐賀大学医学部附属病院データ)。
こうした慢性肝炎で炎症が継続すると、肝臓の細胞がしだいにかたくなります(線維化)。これが進行して機能低下状態になったのが、肝硬変です。肝硬変は高い率で肝臓ガンを発症します。
肝硬変や肝臓ガンを防ぐには、ウイルス性肝炎の感染の有無を検査することが肝心です。近年、研究の進展によって、ウイルス性肝炎の治療法は急速な進歩を遂げました。C型肝炎、B型肝炎に関する、正確な情報を把握しておくことも重要です。
私は、佐賀県の肝臓ガンを減らすキャンペーンの責任者を務めました。就任した2012年当時、佐賀県は肝臓ガンによる死亡率が12年連続全国ワースト1位でした。
肝臓ガンが多い地域は、佐賀、広島、山梨など、日本住血吸虫(哺乳類の寄生虫)が多かった県です。1920~1940年代にかけて、当時の衛生状態で行われた日本住血吸虫対策の静脈注射の際に、血液を介して、C型肝炎が広まったという説もあります。
キャンペーンの開始当初、C型肝炎に関する情報は、一般の人にあまり行き渡っていませんでした。「沈黙の臓器」である肝臓には、感染していても症状はほとんど現れません。ですから、多くの感染者は「自分の体は平気だろう」と思い、対策を取ろうとしなかったのです。
佐賀県と協力して行ったさまざまな啓発活動や情報発信を進めることで、2019年に、佐賀県はようやく全国ワースト1位を脱することができました。
佐賀県の例でもわかりますが、できるだけ多くの人が、正しい情報に接することで肝臓ガンを避けることが可能になります。今回も、そのための必要な情報をご紹介しましょう。
95%以上のC型肝炎ウイルスを除去できる
C型肝炎は、日本国内で、190万~230万人が感染していると推定されています。
原因は、1992年以前に行われた医療行為(静脈注射、手術による輸血、血液製剤の使用など)や、不衛生な注射の回し打ちなどです。
肝炎ウイルスは、そのほか血液や体液が体内に入る可能性の高い行為も原因となります。例えば、不衛生な状態での入れ墨やピアスの孔あけ、カミソリや歯ブラシ、タオルなどの共有、不特定多数との性交渉などです。
現在では、医療行為で注射針の使い回しは行われなくなりました。普通の日常生活を送っている限り、新たに感染する可能性は低くなっています。
ただし、感染しているにもかかわらず、気づいていない人はまだまだ多数いらっしゃいます。C型肝炎で医療機関を受診している人は、わずか37万人に過ぎないからです(厚生労働省2008年患者調査)。
【C型肝炎の主な感染原因】
1992年以前に行われた医療行為
・静脈注射
・手術による輸血、血液製剤の使用
・注射の使い回しなど
血液や体液が体内に入る可能性の高い行為
・不衛生な状態での入れ墨やピアスの孔あけ
・カミソリ、歯ブラシ、タオルの共有
・不特定多数との性交渉
思いあたる人は、検査(採血)を受けよう!
C型肝炎の治療は、従来、副作用の多いインターフェロン注射が中心でしたが、これは有効率が50%程度でした。
しかし、現在は内服だけでよい抗ウイルス薬が開発されています。薬を飲む期間は、種類によって多少異なるものの、わずか8~24週間です。副作用もほとんどありません。さらに、95%以上の人のウイルスを除去できます。
ただし、肝臓ガンになってからでは、これらの最新治療も受けることができません。
ですから、そうなる前の治療が大切です。ぜひ一度、市町村の健康診断や人間ドックなどで、肝炎ウイルスの検査を受けることをお勧めします。通常の血液検査に、その項目を追加してもらうと受けられます。
感染が判明した場合は、全国71ヵ所にある肝疾患拠点病院の窓口で相談し、最寄りの肝臓専門医に治療をしてもらいましょう。お近くの拠点病院については、国立国際医療研究センターにある肝炎情報センターのホームページで探すことができます。
肝臓専門医の治療が受けられる医療機関情報
●各都道府県「肝疾患診療連携拠点病院」
●日本肝臓学会肝臓専門医・指導医一覧
●国立国際医療研究センター 肝炎情報センター
実際に抗ウイルス薬による治療を受けると、1ヵ月ほどでウイルスが体からいなくなり、体調がよくなります。肝炎も自覚症状はないとされていますが、気づかずに感染しているため、慣れてしまっているだけです。ウイルスが消えると、心身ともに快調になる人は少なくありません。
治療例を1例ご紹介しましょう。
私が診たC型肝炎の女性(89歳)は、もう年だから治療はいらないと遠慮していました。初診時は、暗い印象で、少し認知症も始まったような状態でした。それが、抗ウイルス薬を飲んでウイルスの除去を行うと、すっかり明るくなられたのです。活動性もアップし、「10年ぶりに畑仕事を始めました」と、とてもうれしそうに報告してくれました。
B型肝炎は、C型肝炎とはまた少し事情が違います。感染者は、110万~140万人と推定されていますが、新たな感染者が増えています。
B型肝炎は、感染者の母から子へうつる母子感染が以前は中心でしたが、現在ではあまり見られません。かわりに、海外から入ってきたB型肝炎ウイルスによる、大人どうしの感染が増加しています。
抗ウイルス薬(核酸アナログ)による治療によって、血液中のウイルスは除去することができるようになりました。しかし、C型肝炎と違って、B型肝炎ウイルスは、肝臓の細胞のなかに、そのウイルスの鋳型が組み込まれてしまっています。このため、その鋳型を除去することができません。
いいかえれば、抗ウイルス薬による治療後も、なんらかのきっかけで、ウイルスが再活性化することがあるのです。
例えば、抗ガン剤や、関節リウマチなどの治療でステロイドホルモンが使われると、免疫が低下します。すると、B型肝炎ウイルスが増殖し、最悪の場合、劇症肝炎で亡くなる人が出てきます。
B型肝炎の場合も、まず自分が感染しているかどうか、検査を受けて確認してください。C型といっしょに検査を受けることができます。もしも感染が判明したら、肝臓専門医のもとで抗ウイルス薬による治療を受けてください。
そして、ウイルスを抑え込むことができた場合も、年に2回の血液検査と腹部超音波(エコー)検査を受けてください。肝臓ガンができていないか確認するために、定期的なチェックが必要です。
最後になりましたが、まずは一度でいいので肝炎ウイルス検査を受けてみましょう。それが、知らないうちに肝臓病を悪化させないための最良の一歩なのです。

この記事は『壮快』2021年1月号に掲載されています。
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