解説者のプロフィール

井上恵美(いのうえ・えみ)
歯科衛生士。1981年、日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校卒業。その後、日本大学歯科病院勤務を経て、89年から現在まで、東京都中央区、目黒区、北区などの保健所非常勤勤務。2008年から7年間、特別養護老人ホームで口腔ケアの業務も兼任。現在は、目黒区、北区の介護予防事業に参加し、高齢者に口腔内のケア、口やのどの機能を回復させるトレーニングの指導なども続けている。
食事をする姿勢や食べ方も大事
私は、東京都目黒区の歯科医師会とともに、介護予防のために、口内ケアや口のトレーニングの指導を、10年以上続けています。
加齢とともに、歯の状態や唾液の出が悪くなったり、口やのどの筋力が衰えたりすると、食べる機能が著しく低下します。すると、よく噛めない、飲み込みにくい、むせる、セキ込む、食べこぼす、滑舌が悪くなるなど、さまざまな不ぐあいが生じてきます。
なかでも怖いのが、食べ物をのどに詰まらせたり、気道や肺に入って炎症を起こす「誤嚥性肺炎」を招いたりすることです。特にお年寄りがのどを詰まらせると、窒息して死に至ることもあるので注意が必要です。
私たちは、そうしたことを防ぐために、次のような食事指導を行っています。
通常、のどに詰まりやすい食品といえば、おもちやコンニャクなどが思い浮かぶはずです。ところが、普通に食べているご飯やパンでも、のどに詰まらせているお年寄りが多いのです。
ご飯やパンは、口に入るとだんだん粘着性が出てきます。それが口内に残っているうちに次のひと口を入れると、ご飯やパンどうしがくっついて、大きな塊になります。飲み込む力が衰え、唾液の出が悪くなっているお年寄りは、こうしたことでも、のどに詰まらせるのです。
ですから、口の中にご飯やパンがあるときは、よく噛んでそれを完全に飲み込んでから、次のご飯やパンを食べましょう。
食事のときの姿勢も大事です(下図参照)。背中を曲げてあごを突き出したり、横を向いたりして食事をすると、食べ物の通りが悪くなり、むせやすくなります。あごを引き、飲み込むときに少し頭を下げてうなずくようにゴックンとすると、むせや誤嚥を防げます。
食事のときは、食べることに集中することも大事です。テレビを見ながら食べると、テレビの位置によっては首がねじれて、飲み込みにくくなります。食事中の会話も、できれば控えてください。笑ったり、話したりした拍子に息を吸ってしまうと、むせてしまいます。
誤嚥やのどの詰まりを防ぐ食事の姿勢

テーブルまでの距離は握りこぶし1つ分。姿勢をよくし、足は床にぴったりつける。
あごを引き、飲み込むときに少し頭を下げてうなずくようにゴックンとする。
【ポイント】食べることに集中する

口やのどの筋肉を鍛えるトレーニング
私たちが目黒区で定期的に開催している「お口と食の健康教室」では、歯磨きを中心とした口のケアを指導するとともに、唾液の分泌を促す体操、口やのどの筋肉を鍛える体操(食べトレ)などにも力を入れています。
ここでは、そうした食べトレの一部で、口やのどの機能を高め、飲み込みをスムーズにする、二つの発声トレーニングをご紹介しましょう。
❶パタカラ体操
パタカラ体操は、しっかり口を動かして、大きな声で行います。例えば、「パパパ、タタタ、カカカ、ラララ」とくり返します(やり方は下記参照)。この「パ・タ・カ・ラ」の発音はいずれも、一連の食べる動作にかかわっています。
「パ」は食べ物を口の中に取り込んでこぼさないようにする動き、「タ」は舌を鍛えて食べ物を押しつぶす動き、「カ」は食べ物をのどの奥に送って嚥下しやすくすると同時に、鼻腔を閉じて食べ物が鼻に入らないようにする動き、「ラ」は舌の上に食べ物をまとめて飲み込みやすくする動きに関係しています。
パタカラ体操を行うと、むせや誤嚥を防げるだけでなく、口呼吸から鼻呼吸に変わる、発音がはっきりする、入れ歯が安定する、表情が豊かになるなど、さまざまな効果が得られます。
また、自分の好きな歌の一節ごとに「パパパパ」「タタタタ」「カカカカカ」「ララララ」「パパパパ」と順に音を替えて歌ってみてください。楽しくトレーニングができます。

唇に力を入れて「パ」。上下の唇が閉鎖して発音。

舌の先に力を入れて「タ」。舌の先で上前歯の裏側の歯ぐきを閉じて発音。

舌の奥に力を入れて「カ」。舌の奥で口の奥の天井を持ち上げて発音。

舌の先をしっかり上げて「ラ」。舌の先をしっかり反らせ、上あごに当てて発音。
●パタカラ連続発音
「パパパ」「タタタ」「カカカ」「ラララ」と3音ずつ、3回くり返す。「パタカラ」「パタカラ」と早口で5回くり返す。
●歌パタカラ
好きな曲の一節ごとに「パパパパ」「タタタタ」「カカカカ」「ララララ」と順に音を替えて楽しく歌う。
❷お口のエクササイズ
これは、役者さんなどが滑舌をよくするために使われている発声練習を少しアレンジしたものです(やり方は下記参照)。「ありさんあつまれ アエイウエオアオ」「かにさんかさこそ カケキクケコカコ」……を大きく口を動かし、メリハリよく読むことで、口の筋トレだけでなく、脳トレにもなります。
また、母音が「ア」「イ」「エ」を高い声で読み、「ウ」「オ」を低い声で読むと、のど仏が上下に動いて、のどの周囲の筋肉が効率よく鍛えられるといわれています。楽しく発声しながら、食べる機能が高められるので、皆さんにも好評です。
下の言葉を大きく口を動かして、一音ずつメリハリよく読みます。最初はゆっくり、慣れてきたら、早口で読みましょう。
・ありさんあつまれ アエイウエオアオ
・かにさんかさこそ カケキクケコカコ
・さかだちさかさま サセシスセソサソ
・たのしいたこあげ タテチツテトタト
・ならんでなわとび ナネニヌネノナノ
・はなたばはなびら ハヘヒフヘホハホ
・まえよりまじめに マメミムメモマモ
【効果を高めるには】
後半のカタカナ部分だけ、母音の「ア」「イ」「エ」を高い声で読み、「ウ」「オ」を低い声で読むと、のど仏が大きく上下し、のどの周囲の筋肉が効率よく鍛えられます。

唾液が増えて口臭が減った例も
「お口と食の健康教室」は、全4回ですが、その最初と最後に口の機能がどれだけ改善したか、自己評価をしてもらいます。
例えば、30秒間に唾液を飲み込める回数を比較すると、皆さん回数が確実に増えています。最初は1回しかできなかった人でも、3回以上できるようになるのです。
これは嚥下機能の改善につながるといえるでしょう。唾液が増えれば、口の中が潤って、口の衛生状態も保てます。
ほかにも、「パタカラ」をいえる回数が増えた、むせや食べこぼしが減った、しっかり食べられるようになった、食事がおいしくなった、口臭が減った、会話が増えたなど、いろいろな改善例が報告されています。
筋力や心身の活力が低下し社会参加が困難になり、要介護の一歩手前の状態を「フレイル」といいます。このフレイルの入り口にあるのが、口の機能が低下する「口のフレイル」です。
しかし、口やのどの筋肉を鍛えてしっかり食べられるようになれば、食べた物の栄養を取り込めて元気になります。また、話す機能も向上し、会話が楽しくなって外出する機会も増えます。
まずは、口のフレイルを防いでしっかり食べられるようにすることが、要介護にならない第一歩です。

この記事は『壮快』2021年1月号に掲載されています。
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