解説者のプロフィール

戸原玄(とはら・はるか)
歯科医師、歯学者。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科老化制御学系口腔老化制御学講座高齢者歯科学分野教授。1997年東京医科歯科大学卒業、2002年同大学院修了。以後、東京医科歯科大学歯学部附属病院医員、助教、日本大学歯学部准教授を経て、2013年より現職。
口を開けてあごを鍛えれば飲み込む力がつく
以前に比べて、食べ物や飲み物をスムーズに飲み込めなかったり、むせてしまったりすることが多くなったら、嚥下障害のサインです。
嚥下障害は、のどや口の病気や、脳卒中などの脳血管障害の病気の後遺症、あるいは薬の副作用などでも起こります。また、加齢によっても起こります。
私たちの体の筋肉は、何もしなければ年を取るとともに必ず衰えますが、「のどの筋肉」にも同じことがいえます。
のどの筋肉は、あごから宙づりにされたような構造なので、少しでも筋力が衰えると、引力に負けてどんどん下がってしまいます。
特に男性の場合は、のどの筋力が衰えることで、のど仏の位置が下がります。そのため嚥下の際、のど仏を持ち上げるのに時間がかかってしまい、飲み込みがスムーズにいかなくなることで、嚥下障害を起こしやすいといえます。
嚥下障害の予防には、のどの筋肉を鍛えればいいのですが、のどだけをピンポイントで鍛えるのは簡単ではありません。
そこで私が着目したのが、口を開けるときに使う筋肉を鍛える「口開けトレーニング」です(やり方は下記参照)。
口を開けるときに使う筋肉「舌骨上筋(ぜっこつじょうきん)」は、嚥下にもかかわる筋肉です。

舌骨上筋はあごの下にあり、口を開けるときには収縮してあごを引き下げ、飲み込むときには、舌骨をあごのほうに近づけます。
ですから、舌骨上筋が衰えると、口を開ける力も、飲み込む力も低下してしまうのです。
逆に、舌骨上筋を鍛えれば、それらの力がついてきます。つまり、口開けトレーニングで舌骨上筋を鍛えれば、スムーズに飲み込めるようになるのです。
口開けトレーニングのやり方

大きく10秒間口を開け続ける。これを5回くり返す。
※1日2セットを目安に行う。
※毎日継続して行う。
※いつ行ってもよい。
物を食べることは認知症対策にも
私は長年にわたり、高齢者や介護を必要とする摂食嚥下障害を改善するリハビリに取り組んできました。口開けトレーニングもその一つで、嚥下障害のある患者さん(平均年齢70歳)に指導したところ、1ヵ月程度で多数の改善が見られています。こうしたことをNHK『ガッテン!』で紹介したところ、大変な反響がありました。
短時間でできる簡単なエクササイズですが、毎日続けることで確実に効果が期待できます。早い人では2週間程度で効果が実感できるでしょう。「食事中にむせることが増えた」「飲み込みがうまくできなくなった気がする」などと感じている人は、ぜひお試しください。
また現在、胃ろうをつけている人も、口開けトレーニングをすることで、将来的に胃ろうを外して、口から食べることができるようになることも期待できます。
口の機能が低下して嚥下障害で飲み込むことが難しくなると、最終的に胃ろうになるケースが多くなります。しかし、口開けトレーニングのように、必要な筋肉を鍛える適切なトレーニングを続ければ、胃ろうは防げると私は考えています。
胃ろうをつけている状態だと、「友人や家族と外食に出られない」「孫が来てもいっしょに食事できない」など、楽しみが減るとともに、社会と切り離されたという孤立感を抱くことにもなります。
そしてこれは、むせる頻度が高い人でも同じことがいえるのではないでしょうか。「みっともないので、飲んだり食べたりする場へ行きたくない」と引きこもりがちになれば、精神的にも落ち込むことが多くなります。鬱につながりますし、人とのつながりが希薄になれば、認知症にもなりやすくなります。
また口の機能が低下すると、やわらかくて飲み込みやすいご飯やパンなどの炭水化物ばかりを食べるようになります。そして、栄養摂取が不十分になり、さらなる筋力や免疫力の低下などにもつながります。その結果、体が弱って、さらに口も弱るという悪循環が起こってきます。
そのような悪循環を断ち切り、いつまでも楽しくおいしい食事をとれるように、ぜひ口開けトレーニングを毎日の生活に取り入れてください。

この記事は『壮快』2021年1月号に掲載されています。
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