「高血圧は、心筋梗塞や脳出血のリスクが高まります。ですから薬で血圧を下げましょう」と説明されて降圧薬を飲み始めた。そういう人が大勢います。しかし、もし次のように続けられていたらどうでしょう。「ただし、脳梗塞や転倒事故などのリスクが上がり、全体的な死亡リスクは、降圧薬を使わないときよりも高くなります」。【解説】大櫛陽一(大櫛医学情報研究所所長)

解説者のプロフィール

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大櫛陽一(おおぐし・よういち)

大櫛医学情報研究所所長。東海大学名誉教授。1971 年、大阪大学大学院工学研究科修了。大阪府立成人病センター、大阪府立病院などを経て、88年、東海大学医学部教授。2004 年、日本総合健診医学会シンポジウムで全国約70 万人の健康診断結果から日本初の男女別・年齢別基準範囲を発表。『健康診断「本当の基準値」完全版ハンドブック』など著書多数。
▼専門分野と研究論文(CiNii)

降圧薬を飲んでいた人の方が死亡率が高い

血圧を測ったら、高血圧の診断基準値である「収縮期血圧(上)140mmHg/拡張期血圧(下)90mmHg」を超えていた。

そこで医師から「高血圧は、サイレント・キラーと呼ばれ、自覚症状はなくても、放置すると心筋梗塞(心臓の血管が詰まる病気)や脳出血(脳の血管が切れる病気)のリスクが高まります。ですから薬で血圧を下げましょう」と説明されて、降圧薬を飲み始めた。

そういう人が大勢います。しかし、もし次のように続けられていたら、どうでしょう。

ただし、脳梗塞(脳の血管が詰まる病気)や転倒事故などのリスクが上がり、全体的な死亡リスクは、降圧薬で血圧を下げる方が、降圧薬を使わないときよりも高くなります」。

そんなリスクは取りたくないと考える人が、ほとんどのはずです。しかし、実際にこうした状況が起こっているのです。

他の病気や症状がなく、血圧が高いという理由だけで降圧薬を飲んでいた、男女合わせて2万6000人余りを10年以上追跡して、降圧薬を飲んでいる人と飲んでいない人の死亡率を、血圧レベル別に調べたコホート研究(集団を追跡する研究)があります。

その結果、180/110mmHg以上という、かなり血圧が高い群であっても、降圧薬を飲んでいた人の死亡率の方が、降圧薬を飲んでいない人の5倍も高かったのです。

特に、薬で血圧を20mmHg以上下げていた人では、死亡率が10倍に高まる結果が出ています。

中高年以降は老化現象として、年を取るほど血管の弾力が低下してきます。脳や体の隅々にまで十分な血液を届けるために、高めの血圧で血液を押し出す必要が増すのですから、年とともに血圧が上がってくるのは自然な適応なのです。

血液は、一定の圧で流れていれば固まりにくいのですが、血圧を下げて血流が弱まると、固まって詰まりやすくなります。

血圧を下げて血流を弱めることで、確かに血管は破れにくくなりますが、詰まるリスクは高くなります。そして、脳出血と脳梗塞では、脳梗塞の方が4倍も発症率が高いのです。

また、血圧を下げることで、ふらつきや転倒が起こり、浴室での事故や卒倒によるけが、ふらついて交通事故に巻き込まれるといったリスクも高まります。

最適範囲の人まで高血圧と診断される

ここで下のグラフを見てください。これは私が、日本総合健診医学会所属の北海道から沖縄まで全国45施設から、約70万人のデータを集めて策定した、男女別・年齢別の血圧基準範囲(2004年発表)です。

健診を受けた人から異常の可能性がある人を除いた「基準群」から計算したもので、米国の代表的な臨床検査協会などと同じ方法です。

上限値と下限値の間が、70万人調査でわかった正常者の中央95%値(正常者の中で検査値が極端に高い2.5%と極端に低い2.5%を除いた範囲)で、いわゆる「正常値」です。

血圧がこの範囲に収まっていて、他に異常がなければ、治療の必要はありません。

目標上と目標下の間は、正常者の中央50%値(正常者の中で検査値が高い25%と低い25%を除いた範囲)で、「最適範囲」を指しています。

男女別・年齢別の高血圧基準範囲[大櫛陽一先生作成]

画像1: 最適範囲の人まで高血圧と診断される
画像2: 最適範囲の人まで高血圧と診断される

一見してわかる通り、年齢が高くなるほど、血圧の基準範囲も上がっていきます。かつて最大血圧の基準は「年齢+90mmHg」といわれていましたが、おおむねそれに近い値です。

それに対し、2019年に改訂された日本高血圧学会による最新の「高血圧治療ガイドライン(JSH2019)」では、130/85mmHg以上で「高値血圧」として治療の対象とされます。

これは高齢者の場合、私の策定した基準範囲では最適範囲に当たる人まで、「治療が必要」と診断されてしまう基準です。

おまけに、本来は下げる必要のない適正範囲の血圧なのですから、食事や運動だけでJSHの目標値をクリアするのは困難です。ほとんどの人は、「生活習慣による改善不能」として、降圧薬が処方されることになります。

しかし、薬には必ず副作用があります。本来、適正血圧の人が、不必要な薬による副作用で死亡リスクを上げる原因となっている、現在の低過ぎる基準値は、非常に問題があると言わざるを得ません。

そもそも基準値を低くすれば、それだけ「治療が必要」とされる人が増え、多くの薬が使われて、製薬会社は莫大な利益が上がります。その利益供与を受ける人が基準値作りに関わっているために、適切な値よりも大幅に低い基準値がまかり通っているのです。

欧米では基準値の適正化が進んだのに対し、日本では抜本的な見直しが行われないまま、現在に至っています。それどころか、血圧の降圧目標値をさらに引き下げるような、世界に逆行する動きが続いています。

高血圧で注意が必要なのは、すでに心肥大や心不全などが起こっているケースです。この場合は、緊急避難的に降圧薬を使う必要があります。

しかし、それ以外の人は、JSH基準で高血圧と言われても、上グラフの基準範囲内であれば、血圧を無理に下げる必要はありません。 

基準範囲を超えていても、安易に降圧薬を使わず、「DASH食(※1)」や運動、ストレス解消などでの、自然な血圧降下を目指しましょう。

※1 DASH食:米国立保健研究所が提唱した高血圧患者のための食事療法。塩分を控え、カリウム、カルシウム、マグネシウム、食物繊維、たんぱく質を積極的にとるのが特徴。  

また「本態性(他に原因となる病気がない)高血圧」と診断されていても、実際は糖尿病や腎臓病、原発性アルドステロン症(副腎の腫瘍が原因で起こる高血圧)など、別の病気が影響していることが珍しくありません。そうした別の病気の治療を進めることも重要です。

画像: この記事は『安心』2020年12月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2020年12月号に掲載されています。

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