著者のプロフィール

久保 明(くぼ・あきら)
医学博士。医療法人財団百葉の会 銀座医院 院長補佐・抗加齢センター長。東海大学医学部医学科客員教授。元厚生労働省 薬事・食品衛生審議会専門委員。
1979年慶應義塾大学医学部卒業。1988年米国ワシントン州立大学医学部動脈硬化研究部門に留学。帰国後、一貫して生活習慣病診療、予防医療とアンチエイジング医学に取り組む。「高輪メディカルクリニック」を設立し16年間院長を務め、東海大学医学部付属東京病院で「抗加齢ドック」を立ち上げ、現在は医療法人財団百葉の会 銀座医院など都内で診療を行う。『名医が教える!週に1度食べないだけで体の不調はリセットできる』(日東書院本社)、『人気の「これだけ健康法」が寿命を縮める 老化指標を改善する28のステップ』(講談社)など著書・監修書多数。
▼銀座医院(公式サイト)
▼学歴・職歴(久保明事務所)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
本稿は『最新医学でわかった新健康常識 カラダに良いこと 悪いこと』(永岡書店)から一部を抜粋して掲載しています。
実は健康の敵じゃない!?
ストレスを活力に
変える方法
プラスになりやすいストレス・
マイナスになりやすいストレス
同じストレスでも程度や強さの差、さらに受け手の受け止め方によって、プラスになったり、マイナスになったりすることがある。
プラスになりやすいストレス
- 入浴・シャワー
- 熟睡・快眠
- 良質な食事
- 軽い飲酒
- 成功
- 達成感
- 充足感
どちらにもなり得るストレス
- 運動
- 仕事
- ノルマ
- 放射線・紫外線
- 酸素
- 脂質酸化物
マイナスになりやすいストレス
- 厳寒酷暑
- 不眠
- 過食
- 飢餓
- 失敗
- 不況
- 破産
※出典 二木鋭雄『日薬理誌』 2007;129:76-9.
ストレスを良い刺激として
受け取ると心が軽くなる!
一般的に「ストレス」という言葉はネガティブな意味が強く、健康的な生活にとって好ましくない印象が強いでしょう。確かに過度なストレスで健康が脅かされ、不調や疾患につながることがあるのは事実です。しかし、完全なるストレスフリーの生活など現実にはあり得ないですから、ストレスの受け止め方を工夫しましょう。
目に見えるもの、におい、音、肌触り、味など、私たちが五感で受け取るものも、実はそのすべてがストレスです。日常生活を送る上で、プラス、マイナスになりやすいストレスを示します(上記参照)。
ある企業の従業員171人を対象に、ストレスに対してポジティブな群と、ネガティブな群に分けて比較したドイツのマンハイム大学の研究報告があります。前者は仕事に対して明確なスケジュールを立て、生産性が高まる傾向があり、終業後の疲労感も少なかったのです。対して後者は、仕事の量が増えるほど対応力が落ち、終業後には疲れ果てるという結果に……。
つまり、ストレスの受け止め方で行動や疲れ方に違いが出たわけです。とは言え、ポジティブ思考に縛られることもまたストレスになります。物事を少し俯瞰する視点をもつようにしたいものです。

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※出典 Anne C, et al. Mindset matters: the role of employees’ stress mindset for day-specific reactions to workload anticipation. Eur J Work Organ Psychol. 2017;26(6):798-810. 二木鋭雄「良いストレスと悪いストレス」『日薬理誌』 2007;129(2):76-9.
乳酸は疲労物質じゃない!
慢性疲労の真の正体は
「脳の疲れ」だった
激しい運動をすると筋肉に乳酸がたまることから「乳酸=疲労物質」と思われがちです。ひと昔前までは過度な運動によって乳酸がたまると、筋肉が酸性に傾くために筋肉疲労・筋肉痛を起こすと考えられていました。しかし、乳酸は新たなエネルギー源として使われることもあり、現在は疲労のひとつの目安とされています。
疲労には2種類あり、肉体的な疲労感を「末梢性の疲労」、精神的な疲労感を「中枢性の疲労」と言います。末梢性の疲労は休息や栄養補給、血行を整えることである程度改善できるでしょう。中枢性の疲労は〝脳の疲れ〟が関係していて、休息をとっても回復しないことがあります。また、脳の疲労は自覚しづらいため、「慢性疲労」を招きます。
京都大学のラットを使った研究によって「TGF−β」という物質が自発行動を抑制させ、脳内に疲労感をつくりだすことが明らかになりました(2002年)。慢性疲労は疲労伝達物質「TGF−β」の増加とともに、セロトニンの減少、各種インターフェロンなどの免疫物質が低下することで起こる脳や神経系の機能障害です。
長時間のデスクワークで脳を使い続け、集中できないと感じたら要注意。この「飽きた」という感覚は、脳の疲労サインのひとつです。こまめに休憩をとって脳の疲れの原因「TGF−β」をためないように心がけましょう。

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※出典 井上和生「運動時における栄養素代謝ならびに疲労感の発生機序に関する研究」『日本栄養・食糧学会誌』2002;55(2):111-7.
かつお節に含まれる
豊富なアミノ酸が
眼精疲労をやわらげる
かつお節からとれる〝かつおだし〟は和食でよく用いられますが、古来より滋養強壮や疲労回復の効果があると言われてきました。実際にかつおだしを摂取することで気分を向上させたり、ストレスを軽減させる効果が報告されていますが、パソコン端末などを長時間使用するVDT(Visual Display Terminals)作業者が抱えがちな「眼精疲労」を改善させる効果についての調査報告(2006年)があります。
調査対象となった11名は全員1日4時間以上のVDT作業をしており、事前の調査では9名に「目が疲れる」「目がかすむ」「肩・腰がこる」という症状がありました。ところがかつおだし125mlを1日1パックとして28日間摂取してもらったところ、「涙が出る」「目が赤くなる」なども含めて、眼精疲労の症状の低下が認められました。
かつおだしには、必須アミノ酸のヒスチジンや回遊魚であるかつおならではのアンセリン、抗疲労物質であるタウリン、血流を改善するアルギニンなどが含まれているため、疲労回復に役立つのだと考えられます。仕事のブレイクタイムをコーヒーから、かつおだしスープに変えてみませんか?
※出典 本多正史ほか「鰹節だし継続摂取による眼精疲労改善効果」『日本食品科学工学会誌』2006;53(8).443-6.
原因不明な腰痛の約38%に
精神的なトラブルが
隠れている!?
腰は体のあらゆる動きを支える要であり、物理的に負担のかかる部位です。ぎっくり腰など突発的に起こる急性腰痛のほかに慢性的な腰痛があり、レントゲンやMRI(磁気共鳴画像)などの画像検査で原因がわかる場合(特異的腰痛)と、全くわからない場合(非特異的腰痛)があります。
後者の中で、とくに精神的な要因で起こる腰痛を「心因性腰痛」と言います。うつ病や不安障害、薬物の影響などのほか、幼少期の心的外傷(トラウマ)が引き金になっていることもあり、非特異的腰痛のある262人のうち99人に精神的な障害が認められたという報告(1995年)もあります。心因性腰痛は「また痛くなるのでは……」という恐怖心から腰をかばいすぎてしまい、症状を悪化させる傾向があります。ウォーキングやストレッチなどで体を動かし、楽観的に痛みと向き合うことを心がけましょう。
※出典 J Coste, et al. Clinical and psychological classification of non-specific low-back pain. A new study in primary care practice. Rev Epidemiol Sante Publique. 1995;43(2):127-38.
激しい怒りを感じた後は
心血管疾患の発症リスクが
4.7倍高まる
ついカッとなって怒ったときに、まわりから「血圧が上がるよ!」と言われたことはありませんか? 突発的に強いストレスを感じたとき、体の中では交感神経が優位になり、脈拍も速くなる〝戦闘モード〟に切り替わります。この状態はむしろ自分の体に強い負担を強いているもので、ヨーロッパの研究では「怒りを感じた2時間以内に心血管疾患が生じやすい」という報告があるほどです。
アメリカにも怒りの発生と心臓病との関係を解析した研究(2014年)があり、激しい怒りの後では心筋梗塞や脳血管疾患などを起こすリスクが4・7倍に高まると報告しています。
一般的に怒りのピークは6秒間だと言われています。カッとなったら深呼吸をして6秒待って、怒りの感情を上手にやり過ごしましょう。
怒りを抑える6秒カウント法
こらえられないような怒りでも、数を数えながら6秒やり過ごしてみると、怒りは次第に収まる。

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※出典 Elizabeth M, et al. Outbursts of anger as a trigger of acute cardiovascular events: a systematic review and meta-analysis. Eur Heart J. 2014;35(21):1404-10.
森林浴にはストレス
ホルモンを減少させ、
免疫力を高めてくれる
効果あり!
緑豊かな森の中を歩くのは気持ちが良いものですが、予防医学の観点から森林浴による免疫機能への影響について検討した調査報告(2007年)があります。
この調査は37~55歳の健康な男女12人を対象に実施。長野県の森林地域に3日間滞在し、森林遊歩道を午前と午後に2時間ずつ散策してもらい、その前後に免疫の指標を測定しました。結果はほぼすべての参加者において、NK(ナチュラルキラー)細胞の数とNK細胞内の抗がんタンパク質の増加によってNK活性が上昇。つまり、免疫力が上がったのです。また、この効果は1カ月ほど持続すること、さらに日帰りの森林浴であっても1週間くらいその効果が持続することも明らかになりました。
これらの効果は樹木が発散する揮発性の化学物質「フィトンチッド」によるものです。殺菌性があり、爽やかさを感じさせる芳香成分で、リラックス効果や安らぎをもたらします。精神衛生上だけでなく、実際に健康増進やがんの予防にも役立つものだと言えます。
※出典 Q Li, et al. Forest bathing enhances human natural killer activity and expression of anti-cancer proteins. Int J Immunopathol Pharmacol. 2007;20(2 Suppl 2):3-8.
自然にあふれる音は
リラックスをもたらし、
心身のストレスを軽減させる
川のせせらぎや鳥のさえずりなどの自然の音に触れ、心がほっとした経験は誰にもあるでしょう。こうした音のリラックス効果を実際に検証した調査(2017年)があります。
イギリスの研究チームによる調査で、21~34歳の男女17人に自然の環境および人工的な環境で録音された音源を聞いてもらい、脳の活動をMRI(磁気共鳴画像)測定し、自律神経の状態などをとらえました。すると安静状態での脳の働きである「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」が音の種類によって変化することを確認しました。
人工の音を聞いているときは、不安症やうつ病などの状態で見られるように、意識が内へと向かい神経がピリピリと興奮した状態が引き起こされます。一方、自然の音を耳にすると緊張が解けて心身がゆるみ、まわりへの関心が広がるような状態になります。こうした傾向は強いストレスを感じていた人ほど、効果が高いこともわかったのです。ストレスフルな現代にぜひ活用したい研究成果だと言えるでしょう。
※出典 Cassandra DGP, et al. Mind-wandering and alterations to default mode network connectivity when listening to naturalistic versus artificial sounds. Sci Rep. 2017;7:45273.
花の画像を数秒見る
だけでストレスが
軽減するだけでなく、
血圧も安定する
花を見るだけで、しかも本物ではなく花の画像を見るだけでも、ストレスがやわらぐことを調べた研究報告(2020年)があります。
農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)による研究で、精神的なストレスを感じた後に花の画像を観賞した際の血圧やストレスホルモン(コルチゾール)の数値の変化を調べました。平均24.4歳の男女35人に、事故の場面や虫などの不快さを与える画像を見せ、その後で花の画像を見せたところ、不快な画像によって上昇していた血圧が3.4%低下したのです。また、快・不快に影響されないイスなどの画像を見たときと比べても、花の画像を見たときには大きな変化が見られました。
さらに、唾液に含まれるストレスホルモンのコルチゾール量の変化は、不快な画像を見た後で花の画像を見ると21%低下することも確認できました。そのほか、fMRI(機能的磁気共鳴画像)で脳の活動も確認し、花の画像を見ることで情動を司る扁桃体の活動が抑制されることも突き止めました。
森林浴や川のせせらぎなど、自然環境における癒やし効果は科学的に証明されています。コロナ禍の巣ごもり生活でたまったストレスを花の画像観賞で解消させてはいかがでしょう。

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※出典 Mochizuki-Kawai H, et al. Viewing a flower image provides automatic recovery effects after psychological stress. Journal of Environmental Psychology. 2020;70.101445.
楽観的な人は
体の痛みを感じにくい
あなたはストレスフルな環境で楽観性を保てますか? アフガニスタンやイラクなど、過酷な最前線現場に配備されたアメリカの陸軍兵士ら2万734人を対象に、楽観性の高さと派兵後に発生した体の痛み(頭痛、腰痛、関節痛など)を訴えるかどうかとの関連性について尋ねた調査があります(2019年)。
楽観性は1〜5点で評価され、楽観性の度合いに応じて低度・中等度・高度の3グループに分け、痛みの度合いと比較して解析したところ、楽観性の度合いが1点増加すると体の痛みを訴える人が11%低下。楽観性が低度の人は高度の人に比べて、体の痛みを訴える割合が35%高いという結果になりました。
楽観主義が体の痛みを訴える頻度を低下させるかについてはさらなる研究が必要ですが、この調査結果は日常のメンタルケアにヒントを与えてくれます。痛みや苦しみを正しくとらえるだけでなく、必要以上に深刻にとらえない工夫も、心身のコンディショニングには大切と言えるでしょう。
※出典 Afton LH, et al. Association Between Predeployment Optimism and Onset of Postdeployment Pain in US Army Soldiers. JAMA Netw Open. 2019;2(2):e188076.
自分の気持ちを
文章に表すことが
ストレスやトラウマの
解消に役立つ
心のうちを文章にしたためてみると、単に記録的な意味合いだけでなく物事を客観的にとらえられたり、意外な発見があるもの。それは精神的なストレスや過去のトラウマに苦しめられている人にも大きな効果をもたらすという研究結果(※1)(2005年)があります。
自分にとって重要な出来事やそのときの心情について15~20分ほどかけて書き出し、同じことを3~5回繰り返します。書いたものは誰かに見せるわけではなく、書くことそのものが心身に良い影響をもたらすことが確認されています。
通常、精神的な問題を抱えている場合には、セラピストやカウンセラーなどがさまざまな手法で問題を患者から引き出し、表面化させてじっくりと見つめ直すことで問題の解消を目指します。しかし、患者本人が文章として綴ることで、抱えている問題に自分で折り合いをつけられ、がんなどの重篤な病気をもつ人にもある種の癒やし効果をもたらすと言われています。
また、アメリカのアイオワ大学の研究(※2)では、継続的に日記をつけることも有効であり、その場合は出来事のストーリーと感情の両方を書き出すことが良いとしています。文章を綴るためには否が応でも自分自身を冷静に見つめる必要があり、習慣化できれば慌ただしい日常の中で心を整えるヘルスケアになると言えそうです。
※出典 ※1)Karen AB, et al. Emotional and physical health benefits of expressive writing. Advances in Psychiatric Treatment. 2005;11(5):338-46. ※2)Philip MU, et al. Journaling about stressful events: effects of cognitive processing and emotional expression. Ann Behav Med. 2002;24(3):244-50.
ボランティア活動をしている
シニアは早期死亡リスクが
44%低い
ボランティア活動をする人は、全くしない人に比べて早期に亡くなるリスクが44%低いというハーバード大学の報告(2020年)があります。
アメリカで50歳以上の1万2998人を対象に4年間追跡した調査で、ボランティア活動をする人は、ほかにもさまざまな身体活動を実践している割合が何もしていない人より12%高く、将来的に介護が必要となるリスクも低いというデータも示されました。さらにボランティアに勤しむ人は〝孤独を感じにくく、幸福感を得やすい〟という傾向も見られました。
新型コロナウイルス感染症の問題でも、あるいは毎年繰り返される災害現場でも、互いに苦しい中で協力して助け合おうとする行為は、お互いの心と体を元気づけることでもあるのでしょう。ボランティア活動とは、まさしくことわざの「情けは人のためならず」と言えそうです。
※出典 Eric SK, et al. Volunteering and Subsequent Health and Well-Being in Older Adults: An Outcome-Wide Longitudinal Approach. Am J Prev Med. 2020;59(2):176-86.
なお、本稿は『最新医学でわかった新健康常識 カラダに良いこと 悪いこと』(永岡書店)から一部を抜粋して掲載しています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※㉒「うつ病と労働時間の関係」はこちら