歯周病が厄介なのは、「小さな炎症が延々と続くこと」です。炎症を起こした歯茎の組織からは、炎症性サイトカインが出て、血流に入って全身を巡り、インスリンの働きを弱めます。そのため血糖値が上がりやすくなり、糖尿病の発症や悪化が進んでしまうのです。【解説】西田亙(にしだわたる糖尿病内科院長)

解説者のプロフィール

西田 亙(にしだ・わたる)

にしだわたる糖尿病内科院長、医学博士・糖尿病専門医。広島市出身、愛媛大学医学部卒業、愛媛大学大学院医学系研究科修了。大阪大学での基礎研究と愛媛大学糖尿病内科での臨床研究を経て、2012年愛媛県松山市に、にしだわたる糖尿病内科を開院。糖尿病の予防と医科歯科連携の重要性を伝えるために、執筆活動や全国各地を回る講演活動を行っている。著書に『糖尿病がイヤなら歯を磨きなさい (幻冬舎)』がある。

歯周病治療で血圧も血糖値が下がった

年々進歩している糖尿病治療ですが、多くの医師も患者さんもあまり意識していない、大きな落とし穴があります。

それは、「糖尿病と歯周病の関係」です。私は、自分自身の体験を通じて、この問題の重要性に気づきました。

最初のきっかけは、大学病院に勤務していたとき、救急搬送されてきた糖尿病患者さんが、通常では考えられないような重い感染症を起こし、命を落としかけたことでした。

原因をよく調べたところ、重度の歯周病から、命に関わる感染症が起こっていたことが分かったのです。

その経験を、歯科医師会の講演会で話したことから、糖尿病と歯周病の関連を検証する研究会を立ち上げることになりました。

ところが、その研究立案者である私自身が、当時はリンゴをかじると、かみ口が血で染まるほどのひどい歯周病だったのです。

しかも、糖尿病専門医でありながら、176cmの身長に対して体重92kgという肥満体で、血糖値は境界域、つまり、糖尿病予備群の数値でした。

血圧も高めで、不整脈もあり、まさしく「医者の不養生」。危ない状態でした。

そこで、まず自分自身が歯周病の治療を受けることにしました。同時に、それまで、朝だけ3秒ほどしかやっていなかった歯磨きを、朝晩しっかりと行うようにしました。

すると、歯周病がよくなるとともに、体重が減り始めました。運動もするようになると、1年で18kg減って74kgになり、高かった血糖値と血圧も正常に。不整脈までなくなって、すっかり健康体になったのです。

画像: 糖尿病予備群だったころの西田先生。体重は92kgあり、リンゴをかじると血が出るほどの歯周病だった。 ↓

糖尿病予備群だったころの西田先生。体重は92kgあり、リンゴをかじると血が出るほどの歯周病だった。

画像: 歯周病を治療し、口腔ケアを習慣にしたところ、1年で18kg減。血糖値や血圧も正常になり、不整脈も消えた。

歯周病を治療し、口腔ケアを習慣にしたところ、1年で18kg減。血糖値や血圧も正常になり、不整脈も消えた。

延々と続く炎症が糖尿病を悪化させる

歯周病を治すことで、なぜ、このような劇的な変化が次々に現れたのでしょうか。それは、歯周病は全身の健康と関わっており、とりわけ糖尿病とはコインの裏表のような関係にあるからです。

口の中には、700種類近くの細菌が存在します。そのうちの悪玉菌が出す毒素によって、歯茎が炎症を起こす病気が、歯周病です。

炎症を起こした歯茎の組織からは、悪玉ホルモン(炎症性サイトカイン)が出てきます。悪玉ホルモンは、血流に入って全身を巡ります。

悪玉ホルモンは、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の働きを弱めます。そのため、歯周病があると、血糖値が上がりやすくなり、糖尿病の発症や悪化が進んでしまうのです。

歯周病に限らず、カゼや肺炎などの炎症でも、糖尿病は悪化しますが、これらは期間限定で、せいぜい1週間ほどしか続きません。

一方、歯周病が厄介なのは、「小さな炎症が延々と続くこと」です。それによって、絶えず糖尿病が悪化し続けることになります。

また、歯周病で味覚障害が起こることも、糖尿病を悪化させます。

糖尿病になると、口が渇いて、舌の味蕾(味を感じる器官)が衰えます。その上に歯周病があると、さらに味覚障害が悪化し、濃い味や脂っこい物を好むようになります。

その結果、肥満を招いて、糖尿病を悪化させてしまうのです。

糖尿病の患者さんが、体に悪いジャンクフードをやめられないのは、意志が弱いからではなく、その陰に歯周病が隠れていることが多いのです。

このため、歯周病のある糖尿病患者さんは、歯周病をきちんと治すだけでも、食事管理がしやすくなります

以上の理由で、歯周病は糖尿病を悪化させますが、逆に、糖尿病によっても歯周病が悪化しやすくなります。つまり、糖尿病と歯周病は互いに悪化させ合う関係なのです。

画像: 歯周病と糖尿病の悪循環

歯周病と糖尿病の悪循環

さらに大切なのは、糖尿病と歯周病は、悪化させ合う負の関係だけでなく、うまくコントロールすれば、互いに改善し合う正の関係もあるということです。

歯周病が改善できたら、血糖値が下がりますし、糖尿病を改善すれば、歯周病もコントロールしやすくなるのです。

ですから、歯周病のある糖尿病患者さんは、ぜひ歯科医院に定期的に通い、この「よい循環」を作り出していただきたいと思います。

画像: 歯周病の治療でよい循環を作りだそう

歯周病の治療でよい循環を作りだそう

糖尿病学会のガイドラインも歯周病治療を推奨

実際に、そのようなよい循環の波に乗ることができた患者さんの例を挙げましょう。

Aさん(42歳・男性)は、ヘモグロビンA1c(過去1〜2ヵ月の血糖値が分かる数値で、正常値は6.5%未満)が10%台になって、入院しました。

しかし、インスリン注射と食事制限を行っても、血糖値は200〜300mg/dl(正常値は110mg/dl未満)から下がりませんでした。

ところが、入院直後に重度の歯周病だと分かって、その治療をしたところ、急速に血糖値が改善。インスリン注射も不要となり、飲み薬1種類だけでコントロールできるようになったのです。

ヘモグロビンA1cも、たった1ヵ月の間に7.4%まで下がりました。退院後、Aさんは外来でこう話してくれました。

「以前は、脂っこい物や、味の濃い物ばかり食べていたけど、歯周病を治したら、野菜や納豆のおいしさが分かるようになった。自然にやせて、体を動かしたくなり、最近、フットサルを始めたんだ」

Aさんのように、歯周病がある糖尿病患者さんは、まずは歯科にかかり、歯周病をきちんと治療することがとても大切です。

以前から、日本糖尿病協会が『糖尿病連携手帳』というものを配布しています。歯科に行ったら、それを出して歯周病の状況を記載してもらい、内科で見せましょう。

こうして歯科と内科の連携の中で歯周病を治療すれば、糖尿病が効率よく改善でき、薬も必要最低限に抑えられます

日本糖尿病学会が出している2019年版の「糖尿病診療ガイドライン」には、「糖尿病患者への歯周治療を強く推奨する」と記載されています。

そこには「歯周病の治療によって、ヘモグロビンA1cは約0.3〜0.7%低下することが明らかになっている」と記されています。これは、糖尿病の飲み薬1剤に匹敵する効果です。

余計な薬で体への負担を増やさないためにも、歯周病をきちんと治療し、毎日の口腔ケアを心がけましょう。

画像: この記事は『安心』2020年11月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2020年11月号に掲載されています。

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