解説者のプロフィール

佐藤祐造(さとう・ゆうぞう)
愛知みずほ大学特別教授。1940年岐阜県生まれ。愛知みずほ大学特別教授。医学博士。専門は内科、糖尿病学(運動療法、血管障害)、スポーツ医学。糖尿病の運動療法の草分け的存在で、研究は40年以上に及ぶ。著書『糖尿病運動療法指導マニュアル』『スポーツ医学 基礎と臨床』など。コロナ禍による「ステイホーム」に対し、「ステイホームは娯楽施設や歓楽街に行くのは自粛するよう要請しているが、家でじっとしていろということではない」と、安静にし過ぎることでの健康面への警鐘を鳴らす。
▼専門分野と研究論文(CiNii)
1日6時間テレビを見る人は糖尿病発症率が3倍
私は同僚から、「糖尿病の運動療法研究の『元祖』」と言われています。実際、糖尿病患者さんには、40年以上前から運動を勧めてきました。
ところが、皆さん「時間がない」などの理由で、なかなか実践してくれません。
2009年の調査では、運動療法の実施率は52%。医療現場でも、運動を積極的に指導する医師は少ないのが現状です。
しかし、動かないでいると、糖尿病の発病や悪化を招くことは、さまざまな研究によって明らかになっています。
アメリカの『看護師健康研究』(2001年)では、「週40時間以上テレビを見ていると、糖尿病の発病率が2.87倍になる」という結果が報告されました。テレビを見ている時間とはつまり、「安静にしている時間」です。
2016年には、「座っている行動がよくない」という研究も発表されています。それを踏まえ、2020年には、アメリカ糖尿病学会が「30分に一度はコンピュータ作業やテレビを見るのを中断し、座位行動を減らしましょう」という勧告を行いました。
安静にしていると、ブドウ糖や脂肪が筋肉で消費されないだけでなく、インスリン抵抗性が起こり、糖尿病の発病リスクが高まるのです。
すでに糖尿病を発病している人は、安静にすることでさらに悪化し、合併症を起こす危険性が高くなります。
とはいえ、「運動しましょう」というと、どうしても苦手意識を持つ人は多いことでしょう。
以前は、息が切れるくらいの運動を、20〜30分継続して行わないと意味がないといわれていたので、「時間がなくてできない」というのも分からなくありません。
けれども、私の研究では、軽い運動でも、定期的に行えば糖尿病の予防に役立つことが分かっています。
こまめに体を動かすことが重要
前述した通り、よくないのは安静状態でいることです。
きつい運動をしなくても、30分に1回立ち上がり、トイレに行ったり、ストレッチをしたり、何か物を取りに行くなど、ちょっとした動きを積み重ねるだけでも、糖尿病予防に十分、役立ちます。
ニート(非運動性熱産生)といって、日常生活の中でこまめに体を動かすこと、それによって安静時間を少なくすることが重要なのです。特に、高齢者や定年退職を迎えた人は、運動量が減っている傾向にあります。
最近はテレワーク等で、仕事をしている人でも活動量が少なくなりがちです。エスカレーターではなく階段を使ったり、こまめに立ち上がったりするなど、日頃から意識して体を動かすようにしましょう。できる人はウォーキングなどの有酸素運動も行うと、さらに効果的です。
群馬県の中之条町で行われた『中之条研究』によると、1日4000歩以下の活動量だと、うつ状態になったり、心の健康が損なわれたりするそうです。
ところが、活動量を5000歩以上にすると、認知症・心疾患・脳卒中の予防に役立ち、8000歩以上だと糖尿病・高血圧・脂質異常症の予防に役立つといいます。
現在80歳の私も、歩数計をつけて1日最低5000歩、できれば8000歩を目指して歩いており、患者さんにもそれを勧めています。歩くスピードは少し早歩きで、1日何回かに分けて歩いても構いません。
さらに、サルコペニアなど筋肉量が低下している高齢者は、筋トレも必要です。下記で紹介する「ちょこっと体操」を、有酸素運動と合わせて行ってください。
なお、運動しても食べ過ぎると意味がないので、食事制限もほどほどに守ることが大切です。
「ちょこっと体操」のやり方
・①~⑥の「ちょこっと体操」に順番はありません。気がついたとき、こまめに実践してください。
・回数や秒数は目安です。ご自分の体力に合わせて、増減するとよいでしょう。
・①~⑥を、1日3セットを目標に行ってください。
① ひざ伸ばし

・いすに腰かけ、両手は座面を軽く握る。
・息を吐きながらゆっくりと片足をまっすぐ伸ばして上げる。
・太もも、ひざ、かかとの位置が同じ高さになったら5秒キープ。逆の足も同様に行う。
・これを10回行う。
② 片足立ち

・いすなどの背につかまり、片足を30秒間上げる。
・足だけの筋力で立つよう意識する。逆の足も同様に行う。
・これを5回行う。
③ ハーフスクワット

・いすの前に立ち、息を吐きながら5秒かけてゆっくりと腰を座面に近づける。
・このとき、ひざがつま先よりも前に出ないように注意。
・お尻が座面に着くスレスレのところで2秒キープし、5秒かけて立ち姿勢に戻る。
・これを10回行う。
④ もも上げ

・足を腰幅に開き、つま先とひざは同じ方向に向けて立つ。
・右ももをゆっくり上げる。
・このとき、ももが床と平行になるまで上げる。
・片足ずつ交互に行い、合計1分行う。
⑤ 腹筋

・あおむけに寝る。
・両手を頭の後ろで組み、息を吐きながらゆっくりと頭を起こす。
・へその辺りを見て5秒キープ。
・またゆっくり元の姿勢に戻る。
・これを10回行う。
⑥ 腕立て伏せ

・床に四つん這いの姿勢になる。
・息を吐きながらゆっくりとひじを曲げ、胸が床とスレスレのところで2秒キープ。
・またゆっくり元の姿勢に戻る。※ひざは床につけたまま行う。
・これを10回行う。
小さな積み重ねで数値は着実に下がる
今回、このコロナ禍で、動かないことによる弊害と、運動が糖尿病改善に役立つことが、改めて明らかになりました。
私の患者さんの症例をご紹介しましょう。3月にヘモグロビンA1cが7.3%だった80歳の男性が、4月のステイホーム期間、自宅にこもっていたら、間食も増え、5月には8.1%に上昇してしまったのです。
そこで、「自粛期間でも、密を避けて、外でウォーキングをするのは大丈夫ですよ」と説明したところ、1日6000歩のウォーキングと朝昼晩にスクワットを実践。間食もやめたところ、6月には7.3%、7月には7.0%に下がりました。
52歳の男性も、4月のステイホーム期間に、ヘモグロビンA1cがそれまでの8.5%から8.9%に上昇。1日8000歩のウォーキングと、「ゴルフもぜひやってください」と勧めたところ、5月には8.2%、7月には7.6%になりました。
そのほか、足が悪くて歩けないという76歳の女性に、器械を使った簡単な運動を実践してもらった例もあります。5月に8.3%まで上がったヘモグロビンA1cは、運動によって、6月には7.9%、8月には7.6%に下がっています。
こんな時代だからこそ、運動量の低下には注意して、安静時間を減らすよう心がけてください。
なお、運動をするときは、人の多い場所を避け、マスクは外して行いましょう。

この記事は『安心』2020年11月号に掲載されています。
www.makino-g.jp