インスリンとグルカゴンは、ブレーキとアクセルのように、血糖値の上がり過ぎ・下がり過ぎを防ぎ、適正範囲になるようにコントロールしています。ところが、糖尿病の場合、グルカゴンが過剰に血糖を作り続けてしまうことが分かってきました。【解説】稙田太郎(さとやま整形外科内科院長)

解説者のプロフィール

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稙田太郎(わさだ・たろう)
さとやま整形外科内科院長。1941年、大分県生まれ。九州大学医学部卒業。テキサス大学SWメディカルセンターに留学し、グルカゴン研究の第一人者であるR.アンガー教授に師事。九州大学医学部第3内科講師、東京女子医科大学糖尿病センター准教授を経て東京女子医大特定関連病院である栗橋病院副院長、同大学特定関連診療所である戸塚ロイヤルクリニック理事長・所長を歴任。2017年より現職。『糖尿病はだから早く治しなさい』(廣済堂出版)、『糖尿病はグルカゴンの反乱だった』(星和書店)などの著書がある。

インスリンの働き不足だけが原因ではない

1924年に「インスリン」が発見されて以来、長らく糖尿病はインスリンというホルモンが不足したり欠乏したりすることによって、発症すると考えられてきました。

すなわち、血液中のブドウ糖(血糖)を筋肉や脂肪細胞、肝臓に取り込むインスリンの働きが不足するために、血液中にブドウ糖が余って高血糖になり、血管が傷害される病気と理解されてきたのです。

そのため、これまで糖尿病の主たる治療法といえば、インスリンの分泌を促したり、インスリンそのものを追加したりと、インスリンの不足を補うことばかりでした。

しかし、ここにきて、もう一つの血糖値をコントロールするホルモン「グルカゴン」に大きな注目が集まっています。


血糖は、私たちの体の働きを維持する最も重要な燃料です。

そのため、糖質をとり過ぎたときには、余剰の血糖をグリコーゲンに変えて肝臓に蓄えておき、空腹などで低血糖に傾いた際には、蓄えたグリコーゲンをブドウ糖に戻して血液中に供給するというように、体内の血糖を一定に保つ働きがあります。

高血糖になったときに、血糖を下げるように働くのが、膵臓のβ細胞から分泌されるホルモンである「インスリン」です。

それに対し、空腹時など低血糖になったときに、血糖を上げるように働くのが、膵臓のα細胞から分泌されるホルモンである「グルカゴン」です。

インスリンとグルカゴンは、ちょうどブレーキとアクセルのように互いに影響しあい、食事や活動による血糖値の上がり過ぎ・下がり過ぎを防ぎ、常に血糖値が適正範囲になるようにコントロールしています。

健康な人では、血糖が上がるとインスリンの指示を受けて、グルカゴンは引っ込み、肝臓で血糖を作り出すのをストップします。

車の運転で速度を落としたいときには、アクセルから足を離して、ブレーキをかけます。それで速度が落ちないのは、ブレーキが不調だから。つまり血糖が下がらないのは、インスリン不足が原因だと考えられてきたわけです。

ところが、糖尿病の患者さんの場合、高血糖になってもグルカゴンが引っ込まないどころか、暴走して肝臓で過剰に血糖を作り続けてしまうことが分かってきました。

いわば、車の運転で速度を落としたいのに、アクセルをベタ踏みしながらブレーキをかけているようなものです。

アクセル(グルカゴン)の問題を解決しない限り、たとえサイドブレーキ(インスリン分泌促進薬など)を追加しても、正常な運転に戻れないのは当然と言えるでしょう。 

画像: 正常なグルカゴンは高血糖時には血糖を作るのをやめる

正常なグルカゴンは高血糖時には血糖を作るのをやめる

画像: 糖尿病ではグルカゴンが暴走し血糖を作り出し続ける

糖尿病ではグルカゴンが暴走し血糖を作り出し続ける

血糖値を上げるホルモンを抑制する

2009年に、ある画期的な薬が登場しました。インクレチン関連薬の一つ「GLP-1」です。インクレチンは消化管から分泌され、インスリン分泌を増やすホルモンの総称です。

このGLP-1が「インスリン分泌を増やす」と同時に「グルカゴンの分泌を抑える」働きを持っていたのです。

そしてGLP-1は、インスリンを分泌できない1型糖尿病でも血糖値を下げる効果がみられることから、インスリン分泌の増幅のみならず、グルカゴン抑制による血糖値降下作用が大きいことが判明しました。

さらに2011年、グルカゴン受容体を持たないマウス(グルカゴンに反応しない実験用ネズミ)が開発され、「インスリンが欠乏しても、グルカゴンの働きがなければ糖尿病にならない」という革命的な研究が発表されました。

こうして、インスリンの欠乏が糖尿病の唯一無二の原因だという、およそ1世紀にわたる「常識」が覆ったのです。

こうしたグルカゴン研究をリードしてきたのが、私の恩師であるテキサス大学のR・アンガー教授です。

今後は、グルカゴンのコントロールが、糖尿病の治療において新たな重要ポイントとなるでしょう。すでに開発が進んでいるグルカゴン抑制を主眼とする薬剤の登場が待たれます。


では、グルカゴンの暴走を抑止するために、現段階でできることはあるでしょうか。

現在、2型糖尿病の治療では、インクレチン関連薬が広く使われています。代表的な善玉インクレチンである「GLP-1」は、下部腸管(小腸下部、大腸、直腸)にあるL細胞から分泌されるホルモンです。

これはインスリン分泌を増幅するとともに、グルカゴン分泌を抑制する他、脳を介して食欲を抑えて食後の過血糖を防ぐ働きがあります。マウスの実験ではβ細胞の増生・保護作用も見られ、糖尿病の治療にとってまさに理想的なホルモンです。

このGLP-1の分泌を促進させる食物として見直されているのが、食物繊維です。

食物繊維は、糖質と同じく炭水化物ですが、糖が吸収される小腸までは消化されずに素通りします。そして、大腸に届くと腸内細菌によって発酵し、短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸など)に変わります。この短鎖脂肪酸が、GLP-1の分泌を促してくれるのです。

これまでも糖の吸収をゆるやかにすることから、食物繊維の摂取は勧められてきました。グルカゴンの暴走を抑える観点からも、食物繊維摂取の重要性が高まったということです。

現在、食物繊維とGLP-1の関係を調べた研究が続々と出てきています。

食物繊維が多い食品としては、野菜類、キノコ類、海藻類、ナッツなどの種子類、豆類、イモ類、大麦や玄米などの全粒穀物などがあります。

食物繊維などの腸内細菌叢を整える食品を十分にとり、腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸によってインクレチン経路を活性化し、インスリンとグルカゴンのバランスを取る。

それがこれからの時代の糖尿病の食事療法の基本的な考え方となっていくはずです。

[別記事:糖尿病を防ぐ!食物繊維たっぷりレシピ→

画像: この記事は『安心』2020年11月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2020年11月号に掲載されています。

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