解説者のプロフィール

野呂隆彦(のろ・たかひこ)
東京慈恵会医科大学眼科学講座講師。東京警察病院眼科、麻生総合病院眼科、東京都医学総合研究所視覚病態プロジェクト研究員、米国Stanford大学眼科Spencer Vision Research Center研究員を経て現職。
世界中から期待を集める長寿物質「スペルミジン」
徐々に視野が失われていく緑内障は、日本人の失明原因の第1位です。既存の治療法は、症状の進行を遅らせる効果はありますが、失った視野を取り戻すことができず、長年、「不治の病」の一つとされてきました。
ところが近年の研究の進歩により、病状が改善する可能性のあるいくつかの治療候補が見つかり、緑内障治療に希望の光が差し込みました。日本人にとって、そのカギとなる食品が、納豆とチーズです。
緑内障の発症・悪化の要因として、眼圧や血液循環障害と並んで挙げられるのが、細胞の受ける酸化ストレスです。
実は、日本人の緑内障の多くは、眼圧が高くない正常眼圧緑内障です。酸化ストレスは、こうした「眼圧は低いのに病気が進行する」タイプの緑内障の原因の一つとして、有力視されています。
酸化ストレスとは、生体内に発生した活性酸素(老化や病気の原因物質)が細胞の機能低下を引き起こす現象を指します。活性酸素の働きを抑えるには、抗酸化成分を多く含む食品をとることも有効です。
そこで注目を集めるようになったのが、スペルミジンという物質です。
スペルミジンは強い抗酸化作用を持つたんぱく質の⼀種で、主に成長や増殖などの生命活動に関与しています。2016年にマウスなどで寿命を延ばす効果があることが確認され、長寿物質として世界中から期待を集めています。
チーズと納豆の有効成分は非常に多い
緑内障の治療にも、この物質が役立つかもしれないと考えた私は、正常眼圧緑内障を引き起こすマウスを使い、実験を行いました。
スペルミジンを混ぜた飲み水を8週間与えたところ、マウスの緑内障の進行が抑制されました。さらに、視神経を傷つけたマウスにスペルミジンを与えたところ、わずかですが、視神経の再生が認められました。

Aは、視神経が傷んだマウスの網膜神経節細胞。障害により損傷している。
Bは、視神経が傷んだマウスにスペルミジンを投与。わずかではあるが、目から脳に向かう視神経(網膜神経節細胞の軸索)の再生効果が認められた。
実はこれは、驚くべき成果といえます。「死んだ神経細胞は再生しない」というのが、昔の医学界の常識だからです。
この実験では、スペルミジンを口から摂取することにより傷んだ視神経が再生する可能性が示されました。この研究結果は、2015年の英国学術誌などに発表しました。
スペルミジンは多くの食品中に存在しますが、肉に含まれる量を1とすると、マッシュルームに25倍、大豆に50倍、ブルーチーズに70倍、納豆にはなんと、100倍もの量が含まれています。
つまり、チーズや納豆は、スペルミジンを効率よくとるのに非常に優れた食品といえます。
しかも、緑内障マウスに有効とされた摂取量を、ヒトが納豆を食べる量として換算すると、ちょうど1日1パックに相当します。
食品からのスペルミジン摂取は、「発酵」がキーワードになります。発酵食品にはスペルミジンが多く含まれる傾向にあり、特に納豆や熟成されたチーズに多く含まれます。
⼀般的なプロセスチーズのスペルミジン量は熟成の進んだチーズに比べ少なく、スライスチーズなら、1日に5枚程度が目安となります。
一方、スペルミジンはとり過ぎもよくありません。
スペルミジン摂取が目的でチーズ納豆をとる場合は、全体量を減らして調整しましょう。またチーズと納豆のタレには、塩分が多く含まれています。塩分過多は高血圧や動脈硬化を招き、緑内障にも悪影響なので、要注意です。
スペルミジンの臨床研究は、まだ緒についたばかり。難しい緑内障治療に、きっと新たな風を吹き込んでくれるでしょう。
基本的なチーズ納豆の作り方

【材料】(作りやすい分量)
納豆…1パック
粉チーズ…適量

【作り方】
納豆に粉チーズを加えて、よく混ぜるだけ!
※チーズは好みのタイプでOK。
※好みにより添付のタレなどで調味してもよいが、塩分過多にならないよう量を控える。

この記事は『壮快』2020年11月号に掲載されています。
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