透析と聞いて、ほとんどの人が思い浮かべるのは「血液透析」ではないでしょうか。「透析は大変で不自由そう。仕事や旅行も大きく制限されるだろう」と思っている人が多いようです。しかし、実は透析には別のやり方もあります。それは「腹膜透析」という方法です。【解説】古賀祥嗣(江戸川病院透析センター長)

解説者のプロフィール

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古賀祥嗣(こが・しょうじ)
江戸川病院泌尿器科主任部長兼透析センター長、移植再生医療センター長。東京女子医大泌尿器科助手を経て、アメリカのオハイオ州にあるクリーブランドクリニックに留学。その後、東京医大泌尿器科講師を経て現職。著書に『腎臓病が進行したら、私は腹膜透析を勧めます』(イースト・プレス)がある。

睡眠中や出先でも行える「腹膜透析」とは

腎臓病が悪化して「腎不全」になると、健康を維持して命を守るために「透析治療」が必要になります。

透析とは、腎臓の最も重要な働きである「血液中の老廃物や余分な水分・塩分の排泄」を代行する治療法。分かりやすくいうと、腎臓の代わりに血液をきれいにすることです。腎不全が進むと、腎移植をしない限り、透析治療が必須となります。

さて、透析と聞いて、ほとんどの人が思い浮かべるのは、「血液透析」ではないでしょうか。これは、ほぼ1日おきに医療機関に通い、腕に針を刺して、4時間以上、ベッドの上で過ごす治療法です。

このイメージから、「透析は大変で不自由そう。仕事や旅行も大きく制限されるだろう」と思っている人が多いようです。

しかし、実は透析には、別のやり方もあります。それは「腹膜透析」という方法です。

腹膜透析のお話の前に、両者についてご紹介しましょう。

血液透析では、一度血液を体外に出して透析器に通し、血液をきれいにします。透析器は、血液をきれいにするフィルター役をする装置で、いわば外付けの人工腎臓です。

血液透析を受ける際は、まず手術で血液の出入り口(太い血管)を作ります。そこに針を刺して一定量の血液を体外に出し、透析器を通して体に戻します。医療機関まで足を運ぶ必要があり、週3回4〜5時間かけて治療を受けます。

一方、腹膜透析は、自分の腹部にある「腹膜」を使って血液をきれいにします。

腹膜とは、肝臓や胃腸といった腹部臓器の表面や、腹壁(腹膜に囲まれた腹腔を作っている壁)の内側を覆う膜のこと。広げると1畳ほどの大きさがあり、表面には毛細血管が網の目のように通っています。

腹膜透析では、あらかじめ腹腔に透析液が入れられるチューブを留置し、そこから液を入れます。そのまま4〜6時間ほどおなかに透析液をためると、腹膜の毛細血管を介して、血液中の老廃物が液中ににじみ出ます。その液を排出することで、血液がきれいになるのです

透析液には、水分を集める成分も含まれているため、余分な水分も除かれます。

画像: 腹膜透析の方法

腹膜透析の方法

腹膜透析には、この透析液の交換を日中に手動で行うCAPD(連続携行式腹膜透析)と、夜間に自動的に行うAPD(自動腹膜透析)があります。

CAPDは1日数回、透析液の交換が必要で、1回にかかる時間は約30分。それ以外の時間帯は自由に過ごせる上、必要なものを持参すれば、職場や旅行先でも行えます。

APDは、透析液をセットして寝れば、睡眠中に機械が交換してくれます。そのため、日中は完全に自由に過ごせます。

食事制限が少なく血圧の変動も防げる

日本では、さまざまな理由から、腹膜透析の情報提供が不足しており、普及率が非常に低くなっています。透析患者さん約33万人のうち、血液透析が97%を占め、腹膜透析は3%に過ぎません。欧米諸国では、腹膜透析の普及率が10〜20%なので、大きな違いです。

しかし、情報不足から腹膜透析を選択肢に入れずに検討するのは残念なことです。なぜなら、腹膜透析には多くのメリットがあるからです。

通院回数が少ない

自宅で行うので、基本的に通院は月1〜2回でよく、生活の自由度が大きくなります。

腎機能を保てる

血液透析では、腎臓の機能を完全に機械に肩代わりしてもらうので、残った腎機能も失われます。それに対し、腹膜透析では、その人に残った腎機能を活かしながら、不足分だけを透析で補うことができます。

血圧の乱高下が防げる(心臓や血管の負担が少ない)

血液透析は、4時間ほどで一気に2〜3kgの血液を体外に出してから戻すので、血圧が大きく変動します。そのため、心臓や血管への負担が大きくなります。腹膜透析は、透析液を入れておくだけなので、血圧の乱高下を防ぎ、心臓や血管への負担も少なくできます。

食事制限が少ない

血液透析を行う患者さんの体内では、透析以外の時間帯にカリウムがたまるため、カリウムの摂取を制限されます。カリウムは、生の食品に多く含まれるので、刺し身や生野菜、果物がほぼ食べられなくなります。

腹膜透析では、透析液や腎臓からカリウムが抜けるので、むしろカリウムの摂取が勧められます。また、水の摂取制限も軽くなります。ただし、いずれにしても、塩分制限は必要です。

なお、腹膜透析で使う透析液には少量の糖が含まれるため、軽い糖質制限が必要になりますが、ご飯で言うと1日1膳ほど減らす程度で大丈夫です。

自分に合った透析方法を選ぼう

腹膜透析では、腹部膨満感が生じることがありますが、ほとんどは慣れます。腹膜炎などの合併症が起こる場合もありますが、現在は非常にまれですし、治療すれば回復します。

一つ注意が必要なのは、腹膜透析は、自分や家族がよく理解した上で、機械を操作しなければならないこと。

そのため、認知症の人や、自分で操作したくない人には向きません。他に、腹部の手術をしてひどい癒着がある人も不可となります。

それ以外の場合、特に、残った腎機能を保ちながら仕事や趣味を楽しみたい人には、腹膜透析をお勧めします。

腹膜透析をしていても、人によっては腹膜の透析能力や腎機能が徐々に下がり、血液透析の併用が必要になる場合もあります。しかし、もしそうなっても残された自分の腎臓を使い、前向きに治療に取り組めることには変わりありません。

なお、現在、透析の中に占める割合はわずかですが、自宅で血液透析を行う「在宅血液透析」もあります。これは、自宅で毎日2〜3時間血液透析を行う方法で、残された腎機能を維持しやすいのが特徴。血圧の乱高下も少なく、生存率も腎移植と同程度です。

ただし、自分で針を刺し、全ての操作を行わなければならないので、訓練が必要です。働き盛りの若い人で、腎移植ができない人に向いていますが、高齢者には、あまりお勧めできない治療法といえるでしょう。

最近は日本でも、少しずつ腹膜透析の認知度が上がっています。しかし、まだ多くの人が、透析と言えば血液透析だと思い込んでいます。他の選択肢もあることを知り、ご自分に合う方法を選んでいただきたいです。

画像: この記事は『安心』2020年10月号に掲載されています。 www.makino-g.jp

この記事は『安心』2020年10月号に掲載されています。

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