解説者のプロフィール

平野薫(ひらの・かおる)
ひらの整形外科クリニック院長。1987年、九州大学医学部卒業、同整形外科教室入局。新日鐵八幡記念病院整形外科主任医長・リハビリテーション科部長などを経て、2010年、北九州市小倉北区にひらの整形外科クリニックを開院。日本整形外科学会認定専門医。東洋医学や天城流湯治法などを加えた独自の治療法を駆使し成果を上げている。
慢性痛の原因は炎症ではなく筋肉のこわばり
整形外科では、痛みに対して、消炎鎮痛剤の処方や関節内注射、湿布、温熱治療などを行うのが一般的です。私も、以前はこれらの治療と、最新の理学療法を取り入れた運動療法を行っていました。
しかし、薬で痛みを抑えたり、温めたりしても、けっきょくはまた痛みがぶり返すことが多いのです。筋肉を鍛える運動療法を行っても、効果が出るまでに時間がかかりますし、逆効果となることもあります。
そして、私はなるべく手術をしない主義ですが、保存療法でよくならなければ手術というのが、通常の現代医学の考え方です。
私は2016年に、健康プロデューサーの杉本錬堂氏が考案した独自のメソッド(天城流湯治法)と出合って、従来の治療法と全く違う理論を知りました。
錬堂氏によると、痛みの原因は血液やリンパ液などの滞りによって、筋肉がこわばっているせいだといいます。かたくなった筋肉が骨に張りつき、その先につながっている組織(筋肉や線維)が引っ張られることで、痛みが起こるとのこと。
つまり、炎症が生じて痛みが起こっているわけではないのです。
確かに、慢性的な痛みを訴えて来られる患者さんの患部を見ると、多くの場合、熱を持っていたり、赤く腫れ上がったりはしていません。一時的に炎症が起こっていたとしても、それ自体は数日で治まります。
痛みの原因が炎症でない以上、消炎鎮痛剤で治るわけがありません。
また、痛みの疾患には筋力の衰えが原因といわれているものも多くあります。しかし、錬堂氏の理論でいくと、筋肉を鍛えるようなリハビリを行っても意味はなく、かえって筋肉がかたくなり逆効果となります。
痛みを取るには、その場所に影響を与えている筋肉のこわばりをほぐすことが必要だということです。
今回紹介する「わきもみ」は、数ある筋肉のなかでも、大胸筋をほぐす手当て法です。
大胸筋は、胸についている大きな筋肉です。この筋肉がこわばってかたくなると、肋骨に張りつきます。それによって起こる代表的な痛みが、「五十肩(正式名称=肩関節周囲炎)」です。
また、大胸筋は手首とつながっているため、かたくなった大胸筋に引っ張られて手首の痛みが起こることもあります。特に多いのは、手首の親指寄りに痛みが生じる「腱鞘炎」です。
さらに、大胸筋は股関節の前側にもつながっています。大胸筋がこわばり、その先の組織が引っ張られると、股関節に圧がかかって軟骨がすり減り、「変形性股関節症」を引き起こします。
ですから、わきもみで大胸筋をほぐせば、五十肩や腱鞘炎、股関節痛の改善に役立ちます。
わきもみのやり方
腱鞘炎は「基本のわきもみ」のみ。
股関節痛は①ひざの裏もみを、
五十肩は②わきの奥もみと③肩甲骨もみを加えて行うと効果的です。
基本のわきもみ
※行うのは痛みのある側。両方痛む場合は両側行う。
※行う目安は、それぞれ1〜2分を、1日3〜4回以上。

わきの下の肋骨部分に、反対の手の親指以外の4本の指を当てます。肋骨と大胸筋の間に指を入れる感じで大胸筋をつかみ、骨からはがすように内側に動かします。指を少しずつ下にずらし、バストの下辺りまではがしていきます。

最初は、肋骨と大胸筋の間に指が入りづらいかもしれませんが、やっているうちにだんだん奥まで入るようになります。
わきの奥もみ・肩甲骨もみ
五十肩には大胸筋のほかに、肋骨の外側についている前鋸筋、肩甲骨についている棘下筋・小円筋・三角筋の三つの筋肉も関係します(下の図参照)。
大胸筋が肋骨に張りつくと、かたくなった大胸筋がじゃまをして、腕が前方に上がらなくなります。前鋸筋がかたくなってわきの奥の肋骨に張りつくと、腕が横から上がるのをじゃまします。肩甲骨周りの筋肉がかたくなると、腕を背中に回す動きがやりづらくなります。
ですから、大胸筋とともに、これらの筋肉も骨からはがすようにほぐしておきましょう。
■わきの奥もみ
五十肩で腕が横に上がりにくい場合

わきの下のくぼみの奥に、反対の手の人差し指を入れると、肋骨に触れる。その上に前鋸筋が張りついているので、骨からセロテープをはがすつもりで、指先や爪でカリカリともむ。

■肩甲骨もみ
五十肩で腕を背中に回しにくい場合

わきの下から背中に、反対の手を回して、肩甲骨に張りついている筋肉を指先ではがすように、まんべんなくもむ。


背中から見ると

反対の手でひじを引くと、肩甲骨まで手が届きやすい。
ひざの裏もみ
股関節痛の場合は、わきもみとともに、ひざ裏に張りついている腓腹筋の上部をはがすと、より効果的です。腱鞘炎には、わきもみだけでけっこうです。

ひざ裏のすぐ下にあるふくらはぎ上部の筋肉や腱を、左右の手の親指の先で、左右に割くようにほぐす。

いずれも1回1〜2分程度を、1日に3〜4回以上行ってください。痛みが片方だけの場合は、痛みのある側だけ行います。最初はもむ場所に痛みを伴いますが、無理のない範囲で続けてください。
筋肉をほぐして関節への圧を逃す
私のクリニックでは、天城流湯治法を取り入れて、治療効果が劇的に上がりました。わきもみでは、変形性股関節症が改善した人もいます。
●Aさん(50代・女性)
Aさんは、先天性股関節脱臼があり、7年前から変形性股関節症の症状が出ていました。2015年2月に当院に来られた当初は、かなり痛みが強く、杖を使っておられました。
レントゲン写真を見ると、左右ともに軟骨がすり減り、股関節にほとんどすきまがありません。骨の変形もあり、一般的な整形外科では、ほぼ間違いなく手術を勧められる状態でした。
ところが、2016年2月からわきもみを始めたところ、3月には痛みが軽減。7月には杖を使わずに歩けるほど改善しました。それどころか、Aさんのレントゲン写真を撮ると、股関節に薄いすきまができて、軟骨が再生していたのです。かたくなった筋肉をほぐし、関節にかかる圧を逃したことで、軟骨への負担が軽減されたのでしょう。
腱鞘炎にも、わきもみの効果は絶大です。
●Bさん(30代・男性)
美容師のBさんは、はさみを持つのもつらいほどの手首の痛みを訴えて、当院に来られました。しかし、わきもみを中心としたリハビリを1〜2回行っただけで、すっかり治りました。腱鞘炎の人は皆さん、1〜2回で来なくなるので、治りは非常に早いようです。
五十肩の患者さんも、わずか1〜2ヵ月でよくなっているケースが少なくありません。自分でもわきもみをしっかり実践している人は、きちんと効果が現れています。
●Cさん(60代・男性)
Cさんは典型的な五十肩で、肩の高さより少し上までしか腕が上がりませんでした。わきもみを教えると自宅で熱心に実践し、翌日には腕が真上まで上がるようになりました。それ以来、痛みは出ていないそうです。

この記事は『壮快』2020年10月号に掲載されています。
www.makino-g.jp